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一会→十会 ―領主暗殺―

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一会→十会 ―領主暗殺―

リアクション

「――ええ、勿論仕事はちゃんとやりますよ?」
 言葉の剣呑さと同じく乱暴に段ボールから荷物を出しながら、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は独り言をぶつくさ吐いていた。
 彼女が此処に居るのは、彼氏の飛鳥 馬宿(あすかの うまやど)の手伝いをする為だ。
 歌姫をしていても基本は劇団員、こういうイベントでは裏方に回るのがリカインのポリシーだったし、況して馬宿の発案ともなれば気合いが入ると言うもの。
(……そう、明らかに様子のおかしい領主様と、セテカ君がその領主の傍に居ない事に気づく迄は!)
 怒りに任せてグイっと勢いを付けて装飾品を引き抜いた所為で尻餅をついてしまい、リカインは溜め息をつく。
 リカインにとってセテカ・タイフォン(せてか・たいふぉん)は様々な経緯を経て今は心友とも言える関係であったし、アレクは妹分の兄と言うか旦那様だから義理の弟……とでも言えば良いのだろうか。
 兎に角皆が大切に思う存在だと言うのに、誰一人リカインに何にも教えてくれなかったのだ。それぞれに立場があるのは分かる。分かるが納得出来るかと言えば別だ。
「ああー……、言いたい事が山ほどある!!」
 思わず叫んでしまうが、お説教タイムはあくまでも事件が無事に解決した後だ。一応魔法少女だからと連れてきた禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)はぐうたら悪魔のウェイン・エヴァーアージェ(うぇいん・えう゛ぁーあーじぇ)と同じく全く役に立ちそうに無い、結局スタッフとして一人忙しく動き回りながらリカインは吼える。
「どうしてこんな支離滅裂な状況に成ってるのよ。
 アレ君が領主の替玉で暗殺だなんて!」
 その時何かがドスンと落ちる音が後ろで響きリカインは振り向く。そこには荷物を落としたポーズのまま表情を固まらせたリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)が立っていた。
「あ……、ア、アレクさんが暗殺!?」

* * *

 貴賓室。やってきたリースは驚きと狼狽を背負いつつも、視線が意志の強さを示していた。リースはアレクのパートナーの友人であるし、父や姉二人のようなボディーガードになろうと努力している彼女には、要人が暗殺されるかもしれないという状況に余計に思うところがあるのだろう。
「私がな、なんとかして、暗殺者さんからアレクさんを守ります!」
 と、暗殺者にまで『さん』付けするリースの律儀さに内心苦笑しつつ、アレクはリースの考えを聞いた。空飛ぶ箒に乗って会場の上から暗殺者を探す。その際の詳細についても色々と考えているリースは、ただの酔狂で作戦に参加しようと思っている訳では無いのだとアレクは納得し下司官を呼びつけ何かを持って来させた。
「あ、ありがとうございます!」
 礼を言いながらリースは兵士に手渡されたスタッフジャンパーを着込む。
 これも会場の上に飛び回る事に際して、ヤウズや組織側から妙に思われない為にとリースが提案してきたものだ。
 アレクが連れてきていた部隊は全てが男性だった為、スタッフジャンパーは小柄な女性のリースが着るとブカブカだったが……。
「まあ、可愛いからいいか」
 そう納得して踵を返そうとするアレクに、リースは声を掛ける。
「アレクさんが怪我を負わない様に願ってます」
「――問題無い。心強いボディーガードなら他にも居るからな」
 アレクが顔だけ振り返った時、まるでその影が揺らめく様にフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)が現れリースは息を呑むのだった。


 如何なる経緯で彼女が此処に居るのかは省くとして、親友の大事な人の命が――本来は領主の命が、なのだが――狙われる状況に、フレンディスが黙っていられる筈も無い。パートナーのベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)レティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)らと共にアレクの警護をしようと、彼女はイベント開始前から彼の傍に文字通り影のように身を隠して控えていた。
 行動を開始する前に、フレンディスはパートナー達に丁寧に頭を下げた。
「アレックスさんはお強い方ですので暗殺者の排除程度ならば大した問題ではないかと思いますが、替玉をしている立場故、無闇に動けない事もあるかと存じます。
 マスター、そこは私達の手で助太刀致しましょう。
 ポチとレティシアさんも宜しくお願い致します」
 グッと拳を握りしめるフレンディスに、ベルクは溜め息をつく。確かにプロの手によって髪型や肌の色などを変えたアレクは、東カナンの人間に見えない事も無かった。
 だがどうなのだろう。アレクと本物の領主には様々な差異が違和感となって存在する。誤摩化したとはいえ所詮は他人なのだ。領主を初めて見る人間ならいざ知らず他ならぬ東カナンの民衆まで気づかないという状況はベルクの目に滑稽に映った。
「……いやあれ絶対無理あるだろっつか誰も気づかないとかどんだけだっつの」
 お得意のツッコミを入れてしまいたいが、つい先日も本音全開で口に出した結果、アレクにマジカル50口径で銃撃される経験をしたばかりだ。そこは口を噤んで抑えた。本音のツッコミはどうしても言いたい時までとっておく。この規律は守られるべきだ。
(その時はその時で! って考えても絶対ぇ何か起こるんだよな。このまま何も起きねぇといいがってのがそもそも無理な話なんだろうな……)
「お任せ下さいご主人様。この超優秀なハイテク忍犬であり警備犬の僕としてもアレクさんの危機的状況は見過ごせません! このキュートな姿を利用してアレクさんを無事守りきってみせますよ!」
「ありがとうポチ、頼もしいです」
 フレンディスに褒められてキュンキュンと甘えた声を出すポチの助を見下ろして、ヴァルキリーのレティシアは口をへの字に曲げながら開く。
「ふむ……警備である以上、ベルクの言う通り何も起きないに越したことはないのは理解出来るが……。
 それでは我が暇のままではないか」
 折角戦えそうなチャンスなのだ。レティシアとしては「機会の有る内にやっておく」が本音そのままなのだろう。
(アレクサンダルといつか戦いたい。それに此処は東カナンだ、ヤツは来ないのだろうか)
 レティシアが頭に思い描いた『ヤツ』とは、過去数回殺りあった因縁の仲である男の事だ。男は東カナンに現れると聞いた事があるから、会えるのなら会いたいのだ。会って何をするのかといえば無論、死合いである。
(ていうか誰かと闘いたいのだが、とりあえず平和を望むベルクを斬って捨てておくべきか?)
 不謹慎というか何と言うかな危ない考えを抱きつつ、レティシアは大好きな猫――もといニャンルー兄妹を両手に抱いて移動を開始する。
 その動きに、遠くで反応するものが居た。


「うん、感度良好だな」
 ゴールデンレトリバーのような超感覚の耳をピクリと動かして、椎名 真(しいな・まこと)は自らが会場内――特に人通りの少ない場所に張り巡らせた不可視の糸の反応を追っている。
 その隣で、原田 左之助(はらだ・さのすけ)は思いを含んだ視線を会場の外へ向けていた。
(カナン、か……)
「場所は違えど――」
 左之助が手に握りしめているのは、ダフマの欠片だ。マナフやアストレース、ドルグ達を忘れぬようそして悔しさを、悲しさを消さぬよう常に持ち歩いている。
 そんな左之助を、真は心配そうに横目で見る。 
「……兄さん」
「ん、ああ悪ぃ、柄にもなく感傷的になった。仕事はちゃんとする、なんかざわつくだけだ」
 弟分に心配される等、本当に柄にも無かった。しかしそれだけ、左之助にとってカナンが思い出深い場所であるのだろう。
 真の視線に苦笑で返す事で気持ちを切り替えて、左之助は考えを口に出す。
「暗殺ってことは射撃の外か近接の内か……。
 一人とは限らねぇし警戒しすぎて悪いこたねぇだろ。正直、暗殺なら内に敵が混じっていてもおかしくねぇし」
「内部犯か……。居ないといいけど、心配しておくに越した事は無いね」
 左之助の考えに、真は頷いてステージ側へ向かおうと踵を返す。と、目の間に現れたのはピンク色の房々した壁だ。
「おっと!」
 思わずぶつかりそうになったのは、女の子と手を繋いだ小さくて可愛らしい兎のきぐるみだった。
「ごめんね」
 と謝罪すると、兎の方もぺこりと頭を下げる。
「可愛いね、兄さん」
 笑い合いながら去って行く真と左之助の背中を見送って、兎の着ぐるみ――次百 姫星(つぐもも・きらら)鵜野 讃良(うの さらら)から姿を変えた高天原 姫子(たかまのはら ひめこ)と再び会話を始める。
「姫星、そのような格好で暑くはないのか?」
「まあ、確かに暑いですけど、慣れたものです。それに、子供が喜んでくれるのを見ると、暑さも吹き飛んじゃいますよ」
 そう話す姫星に、姫子は流石だな、と素直に感嘆の意を示す。
「な、なんか褒められると照れますね……。
 そうです姫子さん、込み入った事情ってなんですか? 今日はバイトはオフですから、お手伝い出来ますよ!」
 照れ隠しに話を変える姫星に頷いて、姫子は状況を姫星に分かるように噛み砕いて説明する。それでも姫星は分かったような分からないような顔をしているので、姫子は苦笑して貴賓室の方を指して言う。
「まあ、百聞は一見にしかず、だ。まずは領主と対面してみるといい」
「わ、私なんかがそんな偉い人に会っていいんですか?」
「会えばからくりも理解できる」
 言って、姫子は姫星を貴賓室へと案内する。恐る恐るといった仕草で中に入った姫星は、奥の長椅子に腰掛けている領主の姿をまじまじと見て、しばらくうーん? と首を傾げて、ハッとする。
「気付いたか?」
「はい。あの人……アレクさんじゃないですか?」
「そうです、皆のお兄ちゃんアレクさんですよ」
「あ、やっぱりそうでしたか」
「その声ピンク頭だな。乾電池のキャラクターみたいだ。小せえからよく似合ってるよ」
 肘掛けに凭れたまま答えるアレクに手招きされ、姫星はそちらへ近寄っていく。
「彼は今、東カナン領主の影武者をしている。『MG∞』イベント中は彼が東カナン領主だ」
「影武者ですか……。そういうのを聞くとちょっと不安になりますね。
 でも、姫子さんと豊美ちゃんがいれば問題ないですよね! 私も頑張りますよ!」
 うんうんと頷いている姫星に、アレクは「そんなことより」と椅子の横を叩いて姫子と姫星に並んで座る様に示して、黒い盛装の重く多い布をかき分け端末を取り出すと、背面を姫子たちの方へ向ける。
「お前、何をしている?」
「否、いいからピンクの毛玉にもっとくっついて」
「ははーん。なるほど理解しましたよ。
 姫子さん笑って笑って、ポーズも取ってあげてください!」
「こら姫星、何をするっ。は、離しなさいよー」
 アレクの指示の意図を理解して、姫星は姫子の肩を抱いてポーズを取る。
「Ha―ha! What a darling little bunny.(はは! なんつー可愛いうさちゃん)」
 ノリノリの兎とそれに為すがまま付き合わされる魔法少女の写真を数枚撮影して満足したのか、アレクは端末の画面を見ながら誰かにメールするのかいそいそ文面を打ち込んでいる。
 歳若いバァルより更に10程下の影武者は、会ってみれば年齢にそぐわない空気を持った人物で、ある種頼もしくも思えた。しかしピンクの兎を前に突然テンションを上げてケラケラ笑いだした男を前に、12騎士は冷静になり心に一抹の不安が過らせるのだった。


 こんな風に微妙な空気になっている貴賓室の前で、豊美ちゃんこと飛鳥 豊美(あすかの・とよみ)はスタッフから受けた相談に指示を出したり、時には一緒に向かったりと、忙しくしていた。
(ウマヤドの負担を、ちょっとでも減らしてあげたいですしねー)
 心に思う豊美ちゃん。元々今回の企画は、豊美ちゃんから話を受けた馬宿が手配を進めたものだ。それが偶然とはいえ、密会だの暗殺だのきな臭い舞台に利用されてしまったとあり、馬宿はいつも以上に力が入っていた。豊美ちゃんとしてはそんな馬宿を頼もしく思いつつ、彼が全て背負い込まぬよう力添えするつもりでいた。
「あら、誰かと思えば、こんな所で会うなんてね」
 そんな折、一仕事終えた豊美ちゃんに声がかかる。振り返ればセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の姿があった。
「セレンさん、セレアナさん、こんにちはです。
 お二人は観光ですか?」
「そう、秋休みで遊びにきてたのよ。
 でもそのせっかくの秋休みにトラブルが起こるなんてね。聞いたけどきな臭いことになってるそうね」
 セレアナの言葉に、豊美ちゃんは事情を説明する。
「私たちはイベントを無事に進行させながら、事件を解決に導きたいと思っています。
 その、良ければセレンさんとセレアナさんにも、力を貸して欲しいのです」
「ふうん、なるほどね。
 まあ、暗殺事件なんて起きたらそれこそ秋休みどころじゃなくなるんだし。いいわよ、手伝ってあげる」
「セレンの言う通りね。私達に手伝える事はあるかしら」
「ありがとうございますー。あちらの撮影班の方でグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)さんたちが色々やっている事があるので、そこで手を貸して下さると助かりますー」
 豊美ちゃんにそうお願いされて、セレンフィリティとセレアナは了解して撮影班の方へ歩き出す。
「それにしてもセレアナ」
「何?」
「お祭りの日に人殺そうなんて、犯人はよっぽど根性ひん曲がってるのね」
 セレンフィリティの皮肉に、セレアナは苦笑した。


 セレンフィリティとセレアナが去って行った後、ある男が豊美ちゃんの前に現れる。恐らく友人の真から連絡を受けたのだろう。
「俺さ、アレクおにーちゃんの弟の瀬島 壮太(せじま・そうた)ってんだけど、……分かるかな?」
 少々自信の無さそうな彼に、豊美ちゃんはニッコリ微笑んだ。
「はい、分かりますよー。アレクさんがとても気を使っているのを見てましたから」
「そっか。うん、良かった。
 あ、こっちは俺のパートナーのフリーダ・フォーゲルクロウ(ふりーだ・ふぉーげるくろう)
 壮太は言いながら左手を豊美ちゃんの前に出した。その人差し指に嵌まっているアーマーリングが機晶姫フリーダだ。
「フリーダさん、こんにちはですー」
「こんにちは。今日は壮ちゃんと観光にきてたのよ。二人きりで出掛けるなんて最近じゃ滅多にないから楽しんでいたらこれだもの。
 無粋な組織の人たちにはさっさと捕まってもらって、早く観光の続きを楽しみたいわね」
「はいー、皆さんが安心して観光を楽しめるように、私たちも頑張りますー」
「それじゃあ俺はステージの方で警備するよ。何かあったら宜しく。
 あ、ステージの方、頑張って」
「ありがとうございますー。壮太さんもどうか、お気をつけて」
 応えるように手を挙げ、去っていく壮太を見送って、豊美ちゃんは心に思う。
(本当に多くの方が、手を貸してくれてます。
 不安な気持ちはありますけど……この企画が、『MG∞』が皆さんに力を与えてくれる、そんなイベントになればいいですね)
 イベントの無事を願い、豊美ちゃんは会場の外を見つめる。


 イベント会場の外。人混みの中を茶色いポニーテールを揺らして、進む少女が居た。レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)にとって、東カナンは所縁のある地だ。
かつてここアガデにザナドゥの魔族が攻め入った時、圧倒的な兵力差が有りながらも彼等を相手に果敢に戦った。
またザナドゥへ攻め入った時に、東カナンの軍の一隊を客将として率いた事もある。
「……って事で一肌脱ごう、って事ですねぇ」
 セテカらから事情を聞いて、レティシアは動き出した。
 すでにイベントの場外で作られている列の中で、サポートにあたるパートナーのミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)に目配せする。彼女が私服警備という形式を選んだのは、『あちきが目立ってはダメでしょうから隠密でね』という考えからだ。
(テロの未然防止が主ですけれど……)
 有事には犯人確保に動くつもりで覚悟を決めながら、レティシアは思う。
(まあ、何も無ければ一番なんですけれどもね……。そんなわけにもいかないんでしょうからねぇ)