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彼と彼の事情

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彼と彼の事情

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◆カーニバル点検
 その場に歓声が沸いた。
 大通りを様々な仮装をした人たちが歩いている。メインイベントともいえる、パレードだ。
 観光客の飛び入りも可能な行進の中に、ふさふさの耳と尻尾・ぷにぷにの肉球をつけた狼女――佐々布 牡丹(さそう・ぼたん)がいた。笑顔で道を歩く彼女の隣には丸い物体が浮いている。
「あ! 土星くんだ!」
 道を歩いていた子どもが笑って丸い物体、土星くん――に扮したレナリィ・クエーサー(れなりぃ・くえーさー)に駆け寄る。レナリィの身につけている仮装――着ぐるみ? は牡丹のお手製だ。まったく同じ素材は用意できなかったが、似たような質感に仕上がっている。
「とりっく・おあ・とりーと!」
「これはこわいこわいお化けさん。悪戯をされてはかないませんね。
 はい、こちらをどうぞ」
「わー!」
 つたない声の合言葉に2人は笑って(レナリィの笑顔は見えないが)、お菓子を手渡す。
 また歩き始めた牡丹たちだったが、笑顔の牡丹の目が揺れた。レナリィが視線を追いかけると、そこには不自然な点滅を繰り返す電飾があった。
「ちょっとすみません」
 牡丹は周囲へ断りを入れてからそこへと駆け寄る。カーニバルに参加しているのは、こうして機器の点検も兼ねていた。
 現場ではすでに運営委員が駆けつけており、ちょうど連絡を取ろうとしていたところだった。話しかけ、腕につけた腕章を見せる。
「ああ、助かります」
「気にしないでください。脚立などありますか?」
 差し出された脚立に乗り、近くで様子を見る。
 ……ふむ。
 牡丹は1つ頷く。どうやらこの場で修理できそうだと判断したらしく、レナリィに道具を頼む。
「分かった。はい、これだねぇ〜」
 渡された工具で電飾をいじっていた牡丹だが、すぐに手を止め、電飾のスイッチを入れる。すぐさまパッと明るい光を放ち始めたのを確認し、地面へ降りる。
「これで大丈夫だと思います。また何かあれば無線で呼んでください」
「はい、ありがとうございました」

 再び列へと戻ろうとした2人だが、目の前から見知った顔が現れて足を止めた。
「ん? お前さんは――」
 額にクリスタルを輝かせた人々と先頭を浮いて案内している丸い物体。本物の土星くんだ。
 レナリィははわわっと慌てた。なぜなら彼女の格好は土星くんそっくりだ。新しい仲間が現れたと誤解されたら大変だ。
「ぼ、僕は――」
「その声は、たしかレナリィやったか。久しぶりやな」
 説明しようとした声を遮り、土星くんは笑って声をかけてきた。そこには驚きの感情は見えない。
「しかしようできとるな。誰が作ったんや?」
「ぼ、牡丹が作ってくれたんだけど……えっと、土星さんはどうして」
「ん? ああ。
 わしらは近くにおったら互いの存在は認識できるからな。まあ、目に見える範囲やけど、スーじゃないのはすぐ分かる。そう、気ぃつかわんでもかまわんで」
「そうなんだぁ〜」
 レナリィはホッと息をつく。
「ところで、みなさんはこれからどちらへ?」
「いや、知り合いと後で待ち合わせしとるんやけどな。時間があるからちょっとぶらついとるんや」
「あ、だったら一緒にパレードで回ろう。飛び入りできるんだよぉ〜」

 その提案に、土星くんたちは少し迷った後に頷き、ともに町を練り歩く。

「トリック・オア・トリート!」
 合言葉と笑顔を振りまきながら。


◆その笑顔が何よりの
「見てみて、パレードよ! ふふ、みんなとても楽しそう」
 衣装に溢れた建物内から外を見た綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は、そう笑ってパートナーであり恋人であるアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)を振り返った。和ゴス風の魔女とシックな吸血鬼の組み合わせは合いそうにないが、2人が並ぶとまったく違和感はなかった。
 2人はコスプレアイドルデュオ、シニフィアン・メイデンの仕事でアガルタに来たのだが、知り合いに貸衣装屋の手伝いを、と頼まれてここにいる。

「わたし達も、あの笑顔をたくさん作りたいな」
「そうですわね……いらっしゃいませ」

 アデリーヌも微笑んで頷いたところで、入口の扉が開いた。やってきたのは一組の男女。どこかぎこちない様子の2人の様子に、さゆみとアデリーヌは互いに目線を送った。
「さあ、男性の方はこちらへ」
「あなたはこっちね」
 2人それぞれ離し、さゆみは女の子を。アデリーヌが男の子を担当する。
 さゆみはおどおどした女の子を落ち着かせるようににっこりと笑い。
「どんな感じになりたい? なんでも言ってね」
 女の子はその優しい笑顔に後押しされたのか、勇気を振り絞ったように告げていく。
「あ、あの、私、こんななんですが、か、可愛くなれますか?」
「もっちろん!」
 自信なさげな声に、さゆみは力強く頷いた。
 さゆみにできることはコーディネートだけだ。それだけだが、服装が変われば心も変わるもの。
 
「任せて! 彼が言葉を失うぐらい可愛くしてあげる。だから――頑張ってね」

 まだ恋人になれていない2人の背中を、さゆみとアデリーヌは優しくおしたのだ。
 あとでさゆみが話を聞けば、彼のほうも似たようなことをアデリーヌに言っていたらしい。

「上手くいくといいけど」
「きっと大丈夫ですわ。だって2人とも、とても素敵な笑顔でしたから」
「うん! そうよね」
 後でまたやって来るだろう2人の未来に頬を緩めつつ、また開かれた扉に、笑顔を向ける。
 いらっしゃいませー!


「もうすぐ休憩だから、わたし達も遊びに行かない?」
「そうですわね。そう遠くへはいけませんし……近くのカフェはどうですか?」


◆にゃあカフェでの邂逅
「いらっしゃ……おや、久しぶり」
「お邪魔します」
 来客を告げる音にエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が入口へ向かうと、仮装をしたジヴォートたちがいた。
 時刻は3時。少し腹の空いた彼らが休憩にと立ち寄ったのだ。
 笑ってエースに応えたジヴォートだが、エースもまた、その笑顔に違和感を覚えた。
 だがそのことには触れず、ハロウィンカラーの店内へと案内する。下手に慰めるより、猫たちに励ましてもらうのが一番だろうという判断だ。
「にゃあ〜ん」
 出迎えてくれる猫たちもまた、ハロウィンということで蝙蝠風ミニ羽根付きの首輪を装着していた。
「お前達も久しぶり」
 ジヴォートがほうっと息を吐いた。
「……いらっしゃいませ。ご注文は?」
「あ、ああ。っと」
 奥から出てきたエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が微笑みながら聞くのに、ジヴォートたちは悩みながら答える。
「それと、トリック・オア・トリート、で」
 どこか恥ずかしげに言うジヴォートに、エオリアは「分かりました。少しお待ちください」とまた奥へと姿を消す。
 メニューがやってくる間、エースに促され、猫たちの遊戯スペースへと案内される。
 店内にたくさん飾られたカボチャの飾りを潜り抜け
(……あれ? 今なんか丸いのがあったような)
 ちょっと違うもの――土星くんに似ていたような――に首を傾げつつ、手作りの玩具がたくさん置かれたそこにたどり着く。
 するとすぐに一匹の猫がジヴォートの肩へ登り、頬を摺り寄せる。
「どうやら待ちきれないみたいだね」
 くすくすとエースが笑みを浮かべ、猫用の玩具が詰まった箱をジヴォートに渡す。
「よーしっ! 遊ぶか!」
 張り切った様子で受け取ったジヴォートに、猫たちが「おう!」と答える様に鳴いたのを聞いて、こちらは彼らに任せて良さそうだとエースは判断し、部屋を後にする。
「どうぞ、イキモさん。外は寒かったでしょう?」
「ありがとうございます。そうですね。『外』に比べればましですが」
 温かい紅茶をイキモ前へと差し出す。イキモはエースへ微笑んだが、すぐに視線を息子がいる部屋へと移す。
 視線の先では、ジヴォートが笑いながら猫たちと遊んでいた。見つめるイキモは、少し安堵したように笑っていた。
「……すみません。お待たせしました」
 そこへエオリアが帰ってくる。手には、アイスのようなもの。
「合言葉限定のメニュー。にゃんこアイスです」
 現在商品開発中のアイスだ。シャンバラ山羊のミルクアイスを元に作ったものだが、より濃厚で甘さは控えめになっている。
 甘いものが苦手である方にもお勧めです、とエオリアは言った。
 説明を受けたイキモの目が、父親から商売人へと変わる。にゃんこの顔が印刷された蓋を開け、一口。
「この香りは――」
「太陽の香り、って僕らは言ってるんだけど。こだわったところだね」
 にゃんこのお腹をくんかくんかした時の、あの太陽の香りが楽しめます! というのがキャッチコピーだ。

「まだ商品化にはいたって無いんだけど、今回は特別に」
「いいですね。これはまた食してみたいもので……う〜ん、よければ商品化のために何か協力させていただきたいですね」
 何か困りごとがあればお気軽に言ってください。見返りはこのアイスで結構ですので。
 イキモはそう笑った。そうとうアイスを気に入ったらしい。
 エースもエオリアも喜んでもらえたことに笑みを返す。そこへ使い魔がエースへと駆け寄り、ちょんちょんと足をつついた。
 そして尻尾で1つのテーブルを指し示す。そこには女性が2人座っている。
 さゆみアデリーヌが、談笑しながら優しい目で猫たちを見つめている。
「エオリア」
「ええ、分かりました」
 エースの言葉に頷いたエオリアは、その2人の前にハート形のパンプキンパイを置いた。
 それはカップル限定のスイーツ。使い魔は聞こえた会話からカップルと判断し、エースに報告したのだ。
「こちらからのサービスです。よければどうぞ」
「わあ、ありがとう! すごく可愛い」
「ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」

 また再び来客のベルがなる。
『ギャー! だからここはあかんゆうたのにー』
 そんな悲鳴に、エースもエオリアも来客が誰だか分かり、急がず慌てず、ゆっくりと出迎えに向かう。
 訪れた土星くん一行は、どうやらここにジヴォートたちがいると聞いてやってきたようだ。猫たちの遊び道具へとなってしまった土星くんの代わりに、ニルヴァーナ人たちがイキモへ支援の感謝を述べた。
 重体だった3人は、今はもう意識を取り戻しているらしい。まだ安静にしていなければならないが、少しずつリハビリもしているとのこと。
 順調な経過にみんな良かったと安堵した。


◆たまたまここを歩いていただけ、と主張する!

 そんな和やかな店内を、親の仇のごとく睨みつけている人物がいた。
「――ト言ウコトデ、ジヴォート様ハ猫ト楽シク遊ンデ ラッシャルヨウデス」
 淡々とその人物の横で報告しているのは緑の髪の女性。機晶姫のイブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)。ジヴォート一行の中にまぎれている辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)からの情報を伝えていたのだ。

(ふむ……今回は特に悪意を持った何者かの存在はないようじゃな)
 ハロウィンの仮装にしてはやや地味な色合いの和服――どこか魔女を思わせる、比較的動きやすいもの――を身につけた刹那は、出された紅茶を怪しまれない程度に飲みながら静かにジヴォートを観察している。
 一応指示があればいつでも妨害できるように準備はしているが……。
(まあすべては依頼主しだい……、かの)
 
「そうか」
「ドウナサレマスカ? 妨害ノ準備ハ 整ッテ オリマス」
「……いや、今はいい」
「ソウデスカ」
 何か悩むような素振りを見せたドブーツを、イブはただ見つめる。ただ機械のごとくそのままを観測する。――機械のごとく観察するがゆえに、思うところもあるのだが。
 ドブーツへ向いていたイブの眼が、ふいに後方へとずれる。

「? どうした、後ろに何か」

「あれ? もしかしてドブーツ君?」
「このようなところでどうかされたのですか?」
 話しかけてきたのは小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)だ。美羽の手に食べかけの土星くん焼き(ハロウィン仕様)、ベアトチリーチェの手に綿飴が握られているのを見るに、観光で街を回っていたのだろう。
「何やってるの?」
 美羽の純粋で素朴な質問に、ドブーツは
「こ、今度アガルタの特番を作る予定でな。そのために街を見て回っているだけだ」
 最初こそ噛んだものの、段々と平静を取り戻したのか。淡々と応える。
 しかしベアトリーチェは

(街を見て回る……にしては、一点だけを集中してみていたように思うのですが)

 メガネのずれを指で直し、ドブーツが見ていた方角へ目をやる。そこにあったのはカフェ。そして窓からちらと見えたのはイキモの姿。
 それでなんとなく察する。おそらくジヴォートがあの店の中にいるのだろう、と。直接その姿は見えずとも、ドブーツが心配そうに店へとちらちら視線をやることや、父親の顔をしたイキモを見れば分かる。
 そのことをそっと美羽に告げる。美羽は軽く頷いてから、ドブーツの手を引っ張った。

「ふぅ〜ん。じゃあ、まずは仮装しないと!」
「は、はぁっ?」
「だってハロウィン・カーニバルなんだよ? メインのイベントを楽しまなくちゃ、いい番組は作れないよ」
「え、い、いや、俺は」
「さっきね、私も貸衣装屋に行ったんだけど、いろいろあったよ。ドブーツ君にぴったりの衣装もあったし」
 やや強引だったが、実は前からドブーツに聞いてみたいことが美羽にはあった。だから良い機会だと、同行することにしたのだ。

 え? 今回の視察は社員には秘密? だったら顔出さない方がいいよね。ほら、これなんてどう? 結構これ着て歩いている人いるから違和感無いと思うよ。
 ……なんだこの丸い物体は。
 え、土星くん知らないの!? それは番組作る以前の問題だよ。ほらほら、着替えた。
 何で俺がこんな……おい、お前ら! 黙ってみてないで助けろ!
 シカシ、ドブーツ様。タシカニ仮装サレタ方ガ街ニ溶ケ込メルカト。
 そうそう。それにきっと似合うよ〜。
 そうですね。お似合いになられるかと。
 笑いながら言うな〜!
 ……あんまり大きな声出すと目立つと思うが。
 っ!! 〜〜〜〜〜!


 数分後。どうやら人気があるらしい丸い物体の着ぐるみが一つ増えた。