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彼と彼の事情

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彼と彼の事情

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◆月下の庭園の研修? 観光?
 癒しのカフェ、月下の庭園内は戦争だった。
 穏やかに談笑しながら紅茶を飲んでいる客に笑顔を振るまいているのは、この店の割烹着ウェイトレスや天然ウェイターではなかった。
「いらっしゃいませー」
 貼り付けた笑顔で接客しているのは、レラ坊ことベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)の使い魔であるレライエ。他にも事務員であるはずのダイ・リーニンが、なぜだか注文をとっている。
「モーニング2つ。それとハロウィンセット1つ」
「はい。分かりました」
 ダイの声を聞いて店の奥で料理や茶を用意しているのは、丁稚である丁岳 稚夏(ひのとだけ・わかな)。マリナレーゼ・ライト(まりなれーぜ・らいと)の片腕のような存在であり、本来ならウェイトレスを命じられていたのだが、人数不足を理由に裏方に引きこもっている。
 いつものメンバーはいない。どこへ行ったのだろうか。

「マスター、アガルタのはろうぃんも随分と賑やかなのですね!」
「……そうだな」
 街を歩きながらフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)はベルクに笑顔で話しかけた。服装は割烹着ではなく、普段着だ。

(ようやく観光できたのはありがたいんだが、なんで急に研修なんて)
 ベルクは突如『よりよい経営をする為にも街を知るのも必要さね。今日は皆で研修さー』と言い出したマリナを訝しがる。
 そう。今日は月下の庭園の主力メンバーは街の研修に来ていた。
 ゆえに、店を任された3人は大変忙しいことになっているのだが。
(でもできれば2人きりで来たかった)
 まったく2人でのデートが出来ない事実に、ベルクは少し遠い目をした。

「グラキエスさん、早速あちらに楽しそうなものが御座いますよ。タコさんがタコヤキを焼いてます!」
 耳を立て、尻尾を揺らしたフレンディスの指が指した方角を見て、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)の目が興味深げに輝き

「もしかして自分の身を焼いてるんだろうか」
 そう呟く。
「ご自身の身を削ってらっしゃるなんて、お金にお困りなのでしょうか」
「そうかもしれない。……でも、どんな味がするか気になるな」
「では買ってまいりますね」
「ちょ、待った! タコヤキならさっきも買っただろ。それに良く見ろ。どこにも怪我はないだろ」
 飛び出て行こうとしたフレンディスとグラキエスをベルクが止めると、ウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)が賛同するように声を上げる。
「たしかにいろんな店のものを食すのも研修にはなるが、ものによっては添加物が多いものがある。
 ティラはともかく、グラキエス。また身体を壊したらどうする。これでも食べておけ」
「お、綺麗だな」
「わぁありがとうございます」
 いつの間にやら持っていた棒についた飴――動物の形を模している――を手渡された2人は、満足そうに落ち着いた。ちなみにその飴は職人お手製のもので、添加物は一切入っていない。
 2人は笑いながら飴を口にし、楽しげだ。

(はあ、まったく。研修ということを忘れているんじゃないのか?)
 暢気な2人に頭を痛めつつも、ウルディカは周囲を見回す。初めて来たときはもっと静かな街だったように思うが、今では人の声が聞こえない場所がない。
「街が発展するとは、こういうことか」
「だなぁ。驚くようなことじゃないんだろうが、不思議な感じがするな」
 ぽつりと洩れた独り言に、ベルクも同じような感覚を覚えていたのか、反応した。

 しかし。
 しかしである!
 この2人は、一行の貴重なツッコミ役。そんな2人がボケたちから目を離せばどうなるだろうか?
「グラキエスさん、見てください! こんなからふるなお人形さんがお菓子なんだそうです!」
「すごいな。うむ。砂糖菓子、ではないのか。どうやって作ってるんだ?」
「え、試食してもよいのですか?」
 添加物が入りまくっているお菓子を試食しようとしているのを見て、ウルディカがすぐにその手を止める。
「だからエンドロア、そう言う物を食うな! ヴァッサゴーも、黙ってみてないで止めろ!」
「フレイ。食べるのは構わないが、ほどほどにな」
 ウルディカがエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)へ目をやると、エルデネストは何かを考えているようだったが、緑の瞳をグラキエスへと向けた。
「グラキエス様が望むのならば、よいのでは?」
 呆れた目になったウルディカに冗談ですよ、と返したエルデネストだったが、

(ハロウィンか。
 去年はグラキエス様にまんまとやられたからな。今年は――)
 警戒しつつ、少しウルディカが目を離した瞬間に食べ物を口にし、咳き込んだグラキエスへと素早く駆け寄る。
「けほっか、は」
「……大丈夫ですか、グラキエス様。さ、あちらのベンチへ向かいましょう」
「すまない」
 せきこみ苦しむ様子を、密かに悦に浸って眺める。普段彼はこのような事態にならないよう止めるのだが、今回は治療・看病の見返りの支払いを、と思っていた。
 ベンチに座らせ早速治療を行う

「大丈夫ですか、グラキエスさん」
「ポチ……ああ、ありがとう」
 前に、水を持ってきた忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)に遮られる。
 そしてグラキエスがポチを抱きかかえると、エルデネストの額に青筋が浮かぶ。
「グラキエス様。お疲れなのですから、そんなものは捨て……いえ、下ろされた方がよろしいかと」
「でも暖かくて落ち着くし」
「ではどこか店に入りましょう。あそこなどどうでしょうか」
 指差した先にはペット入店禁止の文字。ポチの額にも青筋が。

 そんな一触即発のところでマリナがやってくる。
 その後ろにはカボチャの被り物を着たイキモと、ドラキュラの格好のジヴォート(いつもあげている前髪を下ろしている)、それと巨大な土星くん――プレジがいた。
「そこで偶然会ったさ」
 そう言うが実は情報を集めて出会えるようにしていたりするマリナである。
 この研修は、従業員たちの心身を休めることと、イキモとの交流をかねてマリナが企画したものなのだ。

「あとで寄らせていただこうと思っていたのですが、お会いできてよかったです」
「ん、何か用事でもあったさ?」
「はい。近々新商品の展示会を行うのですが、よければマリナレーゼさんにもと」
「へぇ〜、それは楽しみさね。どんなものがあるさ?」
「紅茶、お茶菓子と食器などかなり多種に……」
 仕事の話をし始めた2人とは少し離れた場所では、ジヴォートがグラキエス、フレンディスらと挨拶を交わしていた。

「今日は店休みなのか?」
「いえ、他の方に任せて僕達は研修なのですよ」
 どうだ、偉いだろと胸を張るポチに、ジヴォートは微笑んでその頭をなでた。
 いつもと少し違う感触に、ピクリ、とポチの尻尾が動き、すぐに垂れた。指先から伝わってくる感情に合わせたかのように。
「僕は超優秀なハイテク忍犬なのです」
 何を言い出すのかと首を傾げるジヴォートを、ポチの助は真っ直ぐに見つめる。

「だ、だからっ何か大変なことがあって、ど、どうしてもって言うなら僕が話を聞いてやってもいいのですよ!」

 ツンツンしながらの言葉ではあったが、ジヴォートは驚いたように目を見張った。
 誰か別の姿が、そこに被ったからだ。纏う色も大きさも違う。そもそも彼は『人の言葉』を話さない。
 だけどその瞬間、ポチの姿に彼の幻覚が見えた。

 ジヴォートの口許が歪み、開き、答える。

「……そうだな。その時は、よろしく頼む」

 もしも彼がこの場にいたならば、そんな風に『声』をかけてくれただろうかと、ありえない現実を夢想しながら。



◆SSSの治安維持活動!
「お祭りっていいよね! 美味しい食べ物の屋台とか、色とりどりの飾りとか……仮装も」
 考え込むルカルカ・ルー(るかるか・るー)に、真っ直ぐな目が向けられる。
「もうっ分かってるってば。
 ちゃんと動きやすい格好で出かけるわよ」
 パートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の無言の圧力に、ルカルカは頬を膨らませる。
 彼女の服はいつもとほとんど変わらないが、ハロウィンカラーで統一し、手には筍のようなものを持っていた。
「この筍里。ちゃーんと食べられるんだよ」
「……あ、コーンか?」
 筍里を舐めるルカにただ呆れた目を向けたダリルは、どこかへと電話をかけた。
「実は今ジヴォートたちがアガルタに来てるんだが……」
 しばらくダリルは電話越しに話し合ってから、じゃあまた後で、と微かに楽しそうな顔で電話を終えた。
「来れるメンバーで来るそうだ」
「そっか。仕事の後の楽しみが増えたわね」
 2人は笑い、それから顔を引き締める。


+++
 SSSが回る重点警備地区は、アガルトピア中央区(A)。アガルタの中心地。もっとも発展した地区。
 しかし発展しているがゆえに人口が多く、そして最も人口増加が激しい地区であるため、治安も悪化しやすい。
 それでも治安が良い基準を保っているのは、総司令部があるからだが、こういった祭りの時にはそう安心もしていられない。
 祭りの最中は出入りに関する監視もゆるくなる。人が集まりやすくなり、なんと言っても人々の気持ちが緩むため、犯罪がおきやすいのだ。
+++

 部下を地区に散らし、ルカ達もまた警邏に回る。
 いつもより明るい街は、平穏そのもの。だがそこに、平穏とは相容れない破裂音が響いた。
 タンっと力強く地面を蹴ったのは2人同時。常人にはありえない速度で現場にたどり着くと、そこは銀行。
 周囲の野次馬に話を聞けば、銀行強盗が起きたらしい。
「…………」
 中をのぞいたルカとダリルの目が合う。言葉は不要。
 多数のコウモリがどこからか表れたのが合図だった。
「なっなんだ!?」
 窓から入ってきた大量のコウモリに、強盗犯たちの意識がそれた。その瞬間、3−D−Eを駆使して2人は建物内へ。だがまだ犯人達はコウモリに気を取られて気づかない。
「くそっ」
 しかし犯人の一人が焦りから銃を取り出し、周囲へめちゃくちゃに撃ちはじめた。
 ほとんどは宙へ向けられていたが、一発だけ。人質の一人。幼い女の子へと放たれた。
 ルカの顔に汗が浮かぶ。距離が離れすぎている。

(ダリルも遠い。間に合わないっ? ううん。絶対守ってみせる!)

 ルカの伸ばされた手の先が、光り輝く。彼女の想いに応えるように、その光は形を成していく。見えてきたのは、鱗を持つ強靭な生き物。一匹のドラゴン。
 人一人が乗れるほどの大きさの、どこか見覚えのあるそのドラゴンは、シャンバラ教導団の校章に似ていた。

 そう。
 それは彼女が抱くシャンバラ教導団への忠誠心が生み出したそのドラゴンなのだ。

 ドラゴンは女の子を強靭なその身で、翼で優しく包み込む。
 守る、というルカの意志通りに。

 銃弾は、その翼に阻まれ、床へとむなしく転がった。女の子には傷1つ無い。
「気を抜くなっ!」
 ホッと息をつく間もない。ルカへと襲い掛かろうとしていた犯人を気絶させたダリルが声を上げる。
「分かってる!」
 ルカもまたダリルの背後から飛んできた銃弾を受け止め、言い返す。
 犯人の数はそう多くない。先に倒したほうがいいだろう。
「行くぞ」
「ええ、わたし達の目の前で事件を起こしたこと。後悔させてやるんだから!」
 ルカはヒプノシスを唱えた。


 事件が終わりを見せるまで、そう時間はかからなかった。


「ふえっうえええん」
 だが事件を解決しても、すべてが終わったわけではない。あの助けた女児が安堵からか。ようやく恐怖を思い出したのか。泣き止まない。
 ルカルカが傍によって膝を着く。
「よ〜く見ててね……はいっ!」
 ルカの手の中に現れた箱。ただ単に高速で取り出しただけだが、女の子の目には不思議なことだった。驚きで目を見張った彼女に、開けてみて、と言う。
 箱の中には――一体どうやって詰め込まれていたのかと思うほどのお菓子があった。
「わぁっ!」
 泣き顔が、笑顔に変わる。その笑顔を見ただけで体が軽くなる。

「ありがとぉ、お姉ちゃん! あのドラゴンさんにも言っておいてね」
「ふふ。うん。こちらこそありがとう」

 手を振ってその背を見送りつつ、普段より柔らかい表情のダリルが言った。
「いい土産話ができたな」
「そうね」

 よーし! 後もう少し、お仕事がんばるわよー!
 気合入れすぎてミスはするなよ。
 大丈夫よ! この筍里があれば!
 ……余計に心配なんだが。