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白い機晶姫と機甲虫

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白い機晶姫と機甲虫

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四章 白い機晶姫


 大廃都から少し外れた空域にて、ウィスタリアはジャマー・カウンター・バリアを展開していた。
 ジャマー・カウンター・バリアは、バリアとしての機能の他に、ジャミング攻撃に対してジャマーカウンターとして機能する。これにより、機甲虫・隠密型はウィスタリアに近づく事ができない。それでもなお接近しようとする機甲虫には、要塞砲と艦載用大型荷電粒子砲が火を噴いた。
 ウィスタリアとリンクするアルマが潜入組の撤退を知ったのは、アルト・ロニアに向かう機甲虫の群れを荷電粒子砲で吹き飛ばした後だった。
「了解しました。潜入組が遺跡より撤退しますので、イコン組は注意をお願いします」
 遺跡から撤退した潜入組がイコンの戦闘に巻き込まれては、厳しいものがあるだろう。
 アルマの眼前、モニター上に潜入組の姿が映し出された。吹雪、セレンフィリティ、セレアナ、巽、いずれも無事だ。
 4人が遺跡から出て来たところで、遺跡の奥から無数の機甲虫が現れた。4人を追ってきたのだろう。
 援護したいが、ウィスタリアの火力では4人を纏めて吹き飛ばしてしまう怖れがある。アルマは、イコン各機に伝達した。
「潜入組の姿を確認しました。手の空いている方は、潜入組の護衛をお願いします」

 一方、大廃都上空で旋回するブラックバードは、奇妙な反応を捉えていた。
 レーダー上に敵の反応が映り、一瞬にして消えたのだ。位置としては、大廃都からアルト・ロニアに至る森林の南東部だった。
 ブラックバードの情報処理を担当するアニスが首を傾げ、和輝に伝える。
「ん〜? ねぇねぇ和輝、変な反応があったよ?」
「変な反応とは、何だ?」
 問い返す和輝に、アニスはこう答えた。
「うん。一瞬だけレーダーに反応が出たの。一応、戦術マップに反応があった座標を表示させておくね〜」
 本当に、一瞬だけの――それこそ1秒足らずの反応である。アニスは万全を期し、奇妙な反応があった箇所を戦術マップに表示させた。

 戦術マップに表示された座標を見て、和輝は唸った。
 この位置は、イコンと機甲虫の戦闘から外れた場所だ。イコンと機甲虫がどれほど激しい戦闘を繰り広げようと、そうそう影響は出ない。
 もし、大廃都から出発した者がイコンと機甲虫の戦闘を避けてアルト・ロニアに向かうとしたら、このルートを辿るだろう。
 そして気になるのは、レーダーに一瞬だけ反応したという点だ。
(一度はレーダー波に反応したが、すぐにレーダー波を分析して逃れた……という事か)
 調査団の報告で、機甲虫・隠密型にはレーダーから逃れる強力なステルス機能があると聞いている。機甲虫・通常型にもステルス機能はあるが、隠密型ほどではない。
 加えて、レーダー上に表示された敵反応が1つだけというのも気になる。
(機甲虫は集団で行動するはず。1体だけで行動しているという事は……白い機晶姫か?)
 すぐさま決断すると、和輝はイコン各機に伝えた。
「ブラックバードだ。白い機晶姫と思われる反応が森林南東部で確認された。手の空いているイコンは、直ちに向かってくれ」

 レイに搭乗するルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、アルト・ロニアから大廃都に向かっていた。
 ルカルカはアルト・ロニアの住民の避難の手伝いを、ダリルはカールに埋められてた金属片を分析していたのだが、機甲虫迎撃の人手が不足しているとの連絡が届き、大廃都周辺に広がる森林の奥に踏み込んでいた。
(避難が上手く行っていればいいんだけど……)
 ――【レイ】を駆りながら、ルカルカは先ほどのアルト・ロニアでのやりとりを思い出す。
 ルカルカが教導団の兵を率いて避難住民をしていたところ、ヨルクと出くわす機会があった。その時、ルカルカは『教導を嫌ってるのではないか』と密かに探りを入れた。
 それに対し、ヨルクはこう答えた。
『シャンバラ教導団を嫌っているわけじゃない。だけど、怖れてはいる。教導団が自分の立場を利用して、弱い立場の人たちを苦しめる事はしないかと。……まあ、これも教導団に限った話ではないけどね』
 ルカルカがヨルクの言葉を反芻する中、【ブラックバード】から通信が届いた。
 この近くに白い機晶姫がいる。ルカルカはイコンホースの足を止めると、【レイ】のメインカメラ越しに辺りの様子を窺った。
 音は無い。静寂だ。周囲一帯に渡って無数の針葉樹が葉を生い茂らせており、人の身長ほどもある草がイコンホースの足をくすぐった。
 コックピット内に置いた炎のクリスタルを使うが、特にこれと言った反応は無い。少なくとも、炎のクリスタルの効果範囲に白い機晶姫はいないようだ。
「……下だ!」
 不意にダリルが叫び、ルカルカは【レイ】を横に跳躍させた。
 直後、振動が来た。空気がびりびり震え、足下の土が盛大に噴出した。
「重機型か……!」
 地下から現れたのは、機甲虫・重機型だった。それだけでなく、重機型を追って100匹の機甲虫・通常型が現れた。
 真に驚くべきはその後だった。機甲虫・重機型がこちらに向き直った瞬間、その背に乗る小さな人影が見えたのだ。
「――白い機晶姫……!」
 機甲虫・重機型の背中に乗っていたのは、純白の機晶姫だ。
 恐らくはあの機晶姫こそが、ヨルクの言っていた『白い機晶姫』なのだろう。
 ルカルカは【レイ】のスピーカーを通じ、白い機晶姫に呼びかけた。
「あなたが白い機晶姫ね」

 カールの身体から発見された金属片を巡って、ヨルクとダリルが見解を巡らせたのは20分前の出来事だ。
 ダリルは金属片の正体を『発信機や調査機器、コントローラー、あるいは自己増殖して機甲虫になるのではないか』と推測したが、ヨルクは首を横に振るのみだった。
『機甲虫は人類全体の敵に成り得るかもしれない。然るべき時が来たら、この金属片のデータはネットを通じて多くの人たちに公表したいと思う』
 ヨルクはそう告げたのだ。ダリルからしてみると、極めて甘い考えだと判断せざるを得なかった。
 ――何しろ相手は、こちらの想像の上を行っていたのだから。
(まさか、穴を掘って移動していたとはな)
 【レイ】のコクピットで、ダリルは白い機晶姫を捉えた。機晶姫の割に華奢で、武装の類は一切装備していない。ただ、ドレスのような形状の装甲が身体を覆っているだけだ。
 唯一分かるのは、白い機晶姫から『憎悪』にも等しい威圧感が発せられている事だけだ。
(白い機晶姫には心があるのか……?)
 【レイ】と白い機晶姫、睨み合っていたのはほんの数秒程度だったが、この一瞬は数時間にも匹敵する体感時間だった。
 睨み合いの末、両者は同時に仕掛け合った。

「ここは俺たちに任せろ。お前たちは白い機晶姫の下(もと)に向かえ」
 真司、佐那たちにその場を任せ、歌菜と羽純は白い機晶姫の下に向かった。
 同行するのは【魂剛】と巽だ。巽は【魂剛】の肩に掴まり、イコンの高速移動に必死に耐えていた。
 丁度【ブラックバード】から通信が入り、ルカルカの【レイ】が白い機晶姫と戦闘している事が判明。【アンシャール】たちは森林地帯を南東に進み、遂に白い機晶姫がいる座標へと到達した。
「あれが、白い機晶姫……!?」
 アンシャールのモニターに白い機晶姫の姿が映り、歌菜は驚きの声を発した。なぜなら、白い機晶姫はどう見ても戦闘用の機晶姫に見えなかったからだ。
 機甲虫・重機型の背中に乗る白い機晶姫の周囲には、機甲虫・通常型が群れて飛び回っていた。ルカルカが搭乗する【レイ】がエンドゲームとショックウェーブを併用し、機甲虫を吹き飛ばしていく。
 だが、白い機晶姫は動じない。その姿に某かの不穏な気配を感じ取ったのか、羽純が告げる。
「見かけに惑わされるな、歌菜。行くぞ」
「うんっ……!」
 歌菜は【機神高揚】で【アンシャール】の性能を高めると、敵陣中央に向け一気に加速した。壁のように遮る機甲虫の群れにマジックカノンを撃ち、【暁と宵の双槍】の波動で敵の急所を確実に貫いていく。更に【魂剛】と巽が援護し、【アンシャール】の死角から襲いかかる機甲虫・通常型を撃墜した。
「みんな、ありがとう! 白い機晶姫を……みんなで止めよう!」
 味方各機にそう伝えると、歌菜は【戦慄の歌】を歌った。聞く者の心を戦かせる歌声が周囲に響き渡り、機甲虫・重機型が苦しげに身を捩らせる。
 隙を突いてルカルカの【レイ】が重機型に取り付き、歌菜の【アンシャール】は白い機晶姫の近くに降り立った。
「機甲虫を操っているのはあなたなの? アルト・ロニアの人たちは今も苦しんでいるの……もうやめて!」
 白い機晶姫は答えない。憎しみに満ちた目を【アンシャール】に向けるだけだ。
 重機型を押さえ込む【レイ】に乗るルカルカが、続けて言った。
「貴女の目的は何? どうして、『今』になって出て来たの? 私たちは、どうしても敵対しなくてはならないの?」
 辺りに飛び交う機甲虫を追い払いながら、巽と【魂剛】に乗る唯斗が告げる。
「白い機晶姫さん! 戦わなくて済むなら、それが一番ってもんだ!」
「君がなんでここにいるのか、何がしたいのか俺たちに教えてくれ! 教えてくれなきゃ、どうしようもないだろう!」
 歌菜、ルカルカ、巽、唯斗の説得に心が揺らいだのか、白い機晶姫は口を開いた。
「私の名は……サタディ。『白機の王』と時間を共にしている者だ」

 白い機晶姫が腕を挙げると、残りの機甲虫・通常型が螺旋を描いて上空に集結した。
 殺気は感じ取れるが、仕掛けて来る様子は無い。羽純は警戒しつつも、白い機晶姫の様子を見守った。
「これは警告だ。お前たちは私たちの眠りを妨げ、あまつさえ略奪行為に走った」
 白い機晶姫が言い終えると同時、【レイ】が押さえ込む機甲虫・重機型がバラバラに解けた。重機型を構成していた無数の機甲虫が【アンシャール】と【魂剛】、巽の横を過ぎ去り、白い機晶姫の下に集まっていく。
 白い機晶姫を背に乗せると、機甲虫たちは上空を飛び交う機甲虫と連結し合い、巨大な蜻蛉に変じた。
 機甲虫・蜻蛉型とでも言うべきだろうか。蜻蛉型の背に乗る白い機晶姫は、憎悪の籠もった視線を向けた。
「許すわけにはいかない。覚悟をしておけ」
 一際激しく羽ばたくと、蜻蛉型と白い機晶姫は針葉樹林の奥へ飛び去っていった。
 誰も白い機晶姫を捕らえようとはしなかった。人が大廃都から機晶姫を発掘し、持ち出しているのは事実だ。その場に集う皆が、胸中で白い機晶姫の言葉を反芻していた。
 静寂が辺りを覆う中、通信が入った。和輝からだった。
「大廃都から湧き出ている機甲虫が撤退し始めた。現在、大廃都を監視しているが、機甲虫がアルト・ロニアに攻め込む兆候は見られない。そちらはどうだ?」
「白い機晶姫は撤退した」
 羽純が返すと、和輝はこう問うた。
「倒しはしなかったのか?」
「ああ。事情があった」
 和輝は静かに、いつも通りの口調で言った。
「巣を完全に破壊しない限り、再び機甲虫は攻めて来るぞ」
「分かっている」
 しばし間を置いて、和輝は「そうか」と言い、通信を切った。
 コクピットの歌菜が、ぽつりと言った。
「白い機晶姫……サタディは、復讐したいのかな? 沢山の人たちが機晶姫を勝手に自分の物にしちゃったから、怒ってるのかな……」
「細かい事ぁいいんだよ」
 歌菜は目をぱちくりとさせた。羽純は歌菜に手を伸ばすと、優しく告げた。
「次に会ったら、じっくり話をすればいい。それでいいんじゃないか?」
「うん……そうだね!」
 歌菜は手を取ると、羽純の頬に軽くキスをした。