リアクション
大司書
「ようこそ、私のライブラリーへ。歓迎いたします」
そう言って一同を出迎えたのは、たくさんの少女たちと同じ顔立ちをした若い娘でした。
お屋敷に入ってからすぐの所にあった広間の奧で、大きな背もたれのある椅子にゆったりと座っています。椅子や床には赤い天鵞絨の布が何枚も敷かれ、たくさんの本が周囲に積みあげられていました。
「あなたが、大司書様ですか?」
グラキエス・エンドロアが、訊ねました。
「ええ。ここの司書長を勤めているパーラ・ラミと申します」
軽くうなずいてから、娘が名乗りました。ほっそりとした顔立ちは物静かで、長い銀色の髪が床の上に広がるようにのびています。
「ああ、その本は、そこにおいてください」
大司書が言うと、少女たちが壁際にある本棚やテーブルの上にせっせと本を整理し始めました。
「失礼しました。ここは、パラミタでのお話を管理する場所なのです。それは本となり、やがてあなた方の目にふれるものとなります。よろしければ、あなた方のお話もお聞かせください」
大司書が言うと、書記らしい女の子たちが幾人も現れました。
リース・エンデルフィアが、興味深そうに、少女たちの仕事を見つめます。
「もしかすると、魔道書はここで生まれるのかな?」
リリ・スノーウォーカーが、聞きました。その声を聞いたとたん、一人の書記が何やら本に書き込み始めました。
「そうとも言えますし、そうでないとも。全ての本が魔道書になるわけではないように、全ての本が魔道書になれないというわけではありません。それは、あなたたちも同じだと思います」
なんだか、分かったような分からないような返事です。
「あのう、もしかして、禁書ってもう一度封印できます?」
リカイン・フェルマータが、聞きました。えっと、禁書写本河馬吸虎が引きつりながらリカイン・フェルマータを振り返ります。今度は、別の書記が、別の本に書き込みを始めます。
「それはできますが、封印を解いたのであれば、それは最後まで責任を持つと言うことではないのでしょうか。本を愛さない人は、嫌いです」
嫌いと言われて、これはまずいとリカイン・フェルマータはその後の言葉を濁しました。
「ここに美味しい物はありますうさ?」
ティー・ティーが、聞きました。
「知識は、美味しい物ですよ」
「でも、それは食べられないですうさー」
「でも、何を食べていいのかは、本で分かることもあるでしょう」
大司書が、やんわりとティー・ティーを諭します。
たくさんの来訪者が嬉しいのか、大司書は皆とのたわいのない会話を楽しんでいるようでした。
そんな会話を、書記の女の子たちが白い本に書き記していきます。何か分類があるのか、せわしなく他の女の子たちが本棚から本を出し入れして書記の女の子の本を交換していきます。
どうやら、この女の子たちは大司書の分身か何かのようです。女の子たちがあちこち動く度、大司書の髪の毛の一筋が、ふるふるとふるえます。
「あら、あなたの本はずいぶんと傷んでいますね。こちらへ」
そう言うと、大司書はベリート・エロヒム・ザ・テスタメントの本体を女の子によってとりあげました。
「よし、そのまま返本よ」
思わず、日堂真宵が本音をダダ漏れさせます。
「ああ……」
ベリート・エロヒム・ザ・テスタメントがあわあわとあわてる間に、女の子はリース・エンデルフィアたちが見た修繕係の女の子に魔道書を手渡しました。
ここに出張してきた修繕の少女が、ベリート・エロヒム・ザ・テスタメントの本体を綺麗に修繕していきます。なんとなく、ベリート・エロヒム・ザ・テスタメントがお肌つやつやになりました。
「いい機会ですから、私たちもお聞きしたいことがあるのですが」
ショワン・ポリュムニアが、大司書に訊ねようとしました。
「分かっています。ですが、その前に、招待されていない者には帰っていただかないと」
大司書がそう言うと、広間の片隅の床に、突然魔方陣が現れました。
「しまった……」
その場に隠れていたコウジン・メレの姿が顕わになります。次の瞬間、床がせり上がって、巨大な本がコウジン・メレを載せたままバタンと閉じてしまいました。そのまま、スーッと床に吸い込まれて消えていきます。
「あれは、コウジン・メレ様。いったい何をなされたのですか!」
驚いて、テンコ・タレイアが叫びました。
「あわてないで。この空間の外へ、世界樹からも少し離れた場所へ追いやっただけですから」
「そんなことができるなら、こちらへ渡してくれればいいのに……」
大司書の答えに、テンク・ウラニアが不満そうに言いました。
「今、あなたたちにあの者を渡しても、剣の花嫁は開放されないでしょう。それに、ここで戦われても困ります。本を傷つける者は許しません」
きっぱりと、大司書が言いました。
「でも、それじゃあ、どうすればいいのぉ」
タイモ・クレイオが、困ったように言いました。
「いったい、あなた方が探している人は、どういう人なんだい?」
いいかげんはっきりさせてほしいと、キーマ・プレシャスが言いました。
「それでしたら……」
そう言うと、大司書が一冊の本を女の子に持ってこさせました。それを開くと、静かにページをめくります。
「この中には、ニルヴァーナでヴィマーナに寄生したイレイザー・スポーンと戦った者もいるはずですね。そのとき、母艦に囚われていた剣の花嫁たちがいたはずです。それがあなたたちですね」
そう言って、大司書が、ショワン・ポリュムニアたちを見ました。
「その戦いは知らないのですが。けれども、ニルヴァーナでイレイザースポーンに襲われ、ヴィマーナに避難したのは確かです。けれども、それはこのパラミタ大陸では五千年以上前のことですが」
リクゴウ・カリオペが、メモをめくりながら言いました。
「あなた方は、眠りについていたはずですから、知らなくても不思議ではありません。一万年近くの眠りの末に、あなた方を乗せたまま、ヴィマーナの艦隊がパラミタの艦隊とヴィモークシャ回廊で戦いを行ったのです。そのとき、母艦は回廊を外れ、時空の壁を越えてナラカへと落ちました。そして、母艦が再びこの世界に現れたとき、そこは数千年前のパラミタだったのです」
大司書が、本のページをめくりながら説明しました。
時空転移して過去へと現れたヴィマーナ母艦が墜落したのが、後に鷽の巣となる場所でした。
やがて、ヴィマーナ母艦の存在を知ったポータラカの調査隊がやってきます。
母艦の中から剣の花嫁たちを発見したポータラカ人たちは、彼女たちを保護してポータラカに帰還しようとしました。ところが、彼女たちが封印されていたコントロールカプセルの一つが破損していて、そこからイレイザースポーンが進入していたのです。そして、そのイレイザースポーンは、彼女たちがコウジン・メレと呼ぶ剣の花嫁に寄生していたのでした。
目覚めたイレイザースポーンによってポータラカUFOが墜落し、コウジン・メレは姿を消しました。直後に目覚めた他の剣の花嫁たちはコウジン・メレがいなくなったことは知りましたが、何が起こったのかは分からないままだったのです。そして、彼女たちを作ったポータラカ人もまた、目覚めました。ナノマシンに分散して、カプセルの中で彼女たちを守っていたのですが、再び一人の人の姿に戻ったのです。。
「それが、カン・ゼ様です。やがて、ゆえあって葦原島で陰陽師の散楽の翁様の跡を継ぐことになるのですが」
途中で、ショワン・ポリュムニアが大司書の言葉を補足しました。
「その前に、いろいろとありましたでしょう?」
大司書が、隠しても無駄だと言いました。
行方不明のコウジン・メレを探してポータラカからシャンバラにやってきたカン・ゼは、ソルビトール・シャンフロウの怨念に汚染されたヴィマーナ母艦がイルミンスールの森で撃墜された物の調査に協力します。
ヴィマーナの研究は、その後、星拳スターライト・ブレーカーなどに応用されました。
また、ストゥ伯爵と共同で作り出したのが、アストラルミストであり、その研究の途中で生まれたのが鷽と客寄せパンダ様なのでした。
そして、その応用として、光条兵器に逆に剣の花嫁を封印する方法を試作し、さらにその入れ物としてギフトを使い、メイちゃんたちが作られたのです。彼女たちが現在持っているマスターが入った魔法石も、そのときに開発された物なのでした。
「と言うことは、そのカン・ゼという人であれば、この魔法石の封印を解く方法を知っているのでしょうか」
大神御嶽の言葉に、大司書がうなずきました。
大司書の語りはまだ続きます。
その後、ソルビトール・シャンフロウに汚染されたイレイザー・スポーンに寄生されたコウジン・メレは、シャンバラにやってきます。そして、コウジン・メレは空賊と結託して、鷽と客寄せパンダ様を盗み出したのでした。客寄せパンダ様を持ったまま逃げたコウジン・メレでしたが、その影響から逃れることはできませんでした。やがて、葦原島の近くの島に村を作り、そこに囚われることになります。
そこへやってきたのが、先代の散楽の翁です。その力によって、客寄せパンダ様は封印され、コウジン・メレは開放されました。ですが、イレイザースポーンが寄生していることを見破られ、散楽の翁と戦いになります。その結果、散楽の翁は、コウジン・メレをパラミタ内海近くの祠に封印したのでした。
その祠が壊され、コウジン・メレが開放されたのがごく最近のことです。
それを知り、カン・ゼは、今は十二天翔と名乗っている自分の剣の花嫁たちを、その調査にむかわせたのでした。
夏合宿で戦闘となったコウジン・メレは、イレイザースポーンの力が弱まってきていることに気づきました。同時に、世界樹に対する抑えきれない欲求がわきあがります。それらを確かめるために、世界樹へと潜入してきていたのでした。
「あの娘を助けるためには、イレイザースポーンを祓うしかありません。その方法は、カン・ゼには分かるはずです。また、あの者はそこの三人の少女たちの正体にも気づき、その力を自らに取り込もうとも狙い始めています」
「でしたら、なおさら逃がさなかった方が……」
大司書のしたことに、ショワン・ポリュムニアはちょっと不満そうです。
「それは、あなた方の物語ですから。それに、私がイレイザースポーンを滅せば、宿主もまた死んでしまうでしょう。私には、剣の花嫁を助ける力はありません。ですから、ここから排除しました。いずれ、あの者はそこの少女たちを狙ってくるでしょう。そのとき、どうするかはあなたたち次第です」
大司書は、そう言いました。これ以上の助言も助力も、彼女から引き出すことは無理なようです。もともと、大司書にとって関係ないことですし、助けなければいけない義務もありません。
だとすれば、なぜ大司書は自分の許へ来られる道を開いたのでしょうか。もしかすると、大図書室に入ってきたコウジン・メレの存在に気づき、彼女としては最大限の助力をしてくれたのかもしれません。
「あなた方であれば、きっといい結果を導き出せるでしょう。私は傍観者にすぎません。だからこそ期待します。あなた方が、私に興味深いお話を聞かせてくれることを……」
大司書は、そう言って目の前の本をパタンと閉じました。次の瞬間、その場にいた一同は大図書室のあちこちに散らばって立っていました。元の場所に戻されたのです。