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機工士少女奮闘記

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機工士少女奮闘記

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「さて、俺も隔壁解除の手伝いだ」
 湯浅 忍(ゆあさ・しのぶ)は隔壁全体を見回し、袖をまくりあげる。
 データ上の解析は甲斐たちに任せて、自分は物理的な機構の確認を行おうと動き出す。
 どういう仕組みでロックがかかっているか分かったとして、小石が引っかかって動かないなんてことになれば片手落ちだ。
 機工士だって考えるばかりが能ではない。
 邪魔になりそうな瓦礫を撤去し、機晶技術の知識を駆使して隔壁の駆動部分に問題がないか確認する。
 一つ一つ丁寧に、見落としをしないように。
 やはり非常に古いものであるからか、小さな石や埃などが詰まっている。
 隔壁のサイズは身長よりかなり高いため、強化した脚力と周囲の瓦礫を上手く使って体を支え、細かい作業を重ねる。
 小さな砂粒一つに至るまで、確認できる限り徹底的に取り除いていく。
 この作業の内ほとんどは無駄な努力になるのかもしれない。
「……ま、地味には違いないな」
 しかし、だからといって手を止めるわけにはいかないだろう。
 機械が問題なく稼働するためには、その無駄とも思える作業をいくつも重ねる必要があるのだから。


「ごめんなさいね。 あなた達は与えられた仕事をしているだけなのに」
 佐々布 牡丹(さそう・ぼたん)は強力な磁場を展開し、警備ロボたちを攻撃していく。
 金属を吸引し、反発させ、計器を狂わせる強烈な磁束密度によってロボたちは遺跡の床や壁に叩きつけられた。
「はーい、大人しくしててくださいねぇ」
 さらにレナリィ・クエーサー(れなりぃ・くえーさー)の発生させる冷気によってその動きが封じられる。
 警備ロボはがちがちと機構を軋ませ、文字通り『凍結』させられていった。
「今回は絶対に失敗するわけに訳にはいかないので……少しの間眠っていてくださいね」
 大好きな機械たちを傷つけることに、牡丹の心がちくりと痛んだ。
 目的のためとはいえ、私たちにもこのロボたちにも相手を疎む感情はないはずなのに、と。
「全部終わったらこの子達も修理してあげましょう。手伝ってくれますよね?」
「は、はい! もちろんです!」
 牡丹の言葉に、隔壁の解除を手伝いながらリーナが答える。
 例え襲ってきた敵対者とはいえ、警備ロボたちは与えられた役割を果たそうとしているだけだ。
 見習いとは言え、機工士であるリーナにもその想いは理解できるものだった。
「全部終わったら一緒にお茶にしましょ。お土産に自家製のモンブランを持ってきたから」
「えへへ、楽しみにしてますね」
 成功した後の幸福なひとときを想像し、リーナと牡丹は笑みを交わす。
「さあ、それじゃあ一気に終わらせちゃいましょうねぇ」
 レナリィもまた気合を入れなおすように、元気な声を上げた。
 彼女たちは自身のモチベーションを高め、自らのやるべき役割へと向かい合うのだった。


「――ふう」
 近場の警備ロボたちが動かなくなったことを確認して、酒杜 陽一(さかもり・よういち)は大剣を納めつつ息をついた。
 周囲への警戒は巡らせつつ、高根沢 理子(たかねざわ・りこ)の傍へと歩み寄る。
「それにしても相変わらずだね、理子さんは」
「陽一もね。これは『私用』なんだからわざわざそんな格好しなくたっていいのよ」
 理子の影武者として身を整えた陽一の姿は、傍目から見分けがつかないほどに瓜二つだった。
「ああ、だからこれも俺自身の個人的な意向だよ。念には念を、ってね。迷惑だったかい?」
「……別にそういうわけじゃないけど」
 理子は唇を尖らせてぶーたれる。
 嬉しくない訳ではないが、微妙な乙女心というやつなのだろうか。
「影武者としての義務感でって言うなら、わざわざ」
「言っただろ。俺がそうしたいからだって。それに、自分たちの居場所を守りたいってリーナさんの気持ちにも共感できるしね」
「……はあ。人のこと言えたものじゃないけど、陽一もつくづくお人好し――」
 その会話を途切れさせたのは、高らかに響き渡る哄笑だった。

「おーっほっほっほっほっほ! まったく暇人が雁首揃えていらっしゃいましですわ!」

 部屋の片隅に唐突に現れた派手な服装の女性。
 幾人かは気配を探るために気を張り詰めていたはずだが、その接近に気付くことができなかった。
 陽一が剣の柄に手を伸ばし、他にも武器を手にする者たちが。
 けれど派手女は気にした風もなく、戦いの場特有の空気が生まれない。
 ぱちん、と扇子を閉じる音。
「こんな場所でガソリンスタンド経営する暇があるなら人類のファンタスティックな未来のための労働に従事すべきではなくて?」
「やあ主任。『油を売る』という慣用句の油とは女性の髪油のことだからその改変はどうだろうと愚考するのだが」
「ぼっちゃ、手下A! 余計なツッコミはいらないですわ! そしてリーダーと呼びなさい!」
「…………」
 微妙な空気の漂う中で漫才を始める優男と派手女、そしてその傍に無言のままで腕を組み立ち尽くす大男。
「……芸人?」
 理子の呟きが的確な人物評になりそうな三人組であった。

「あら、イイ男」
 ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)が口にした台詞に優男が反応する。
「おやおやまた一人僕の美しさに囚われてしまったのかな、しかし申し訳ないね僕の愛は狭く深くが信条で具体的には女性として花開く直前の」
「アンタじゃないわ、軽薄な男はタイプじゃないのよね」
 決めポーズで長台詞の途中で一刀両断されずっこける優男をニキータは完全にスルーして大男に視線を向ける。
「……吾は仕事でここにいる。茶番に付き合う義理はない」
 閉じていた目蓋を薄く開き、低音で淡々と話す大男。
「あら、ますます素敵。でもそうね、こちらとしても譲る気はないの。リーナの邪魔をする気なら相手になるわよ?」
 ニキータは腰を落とし、獣のように身構えた。
 フラワシの力によって冷気を放ち、拳に雷を纏わせる。

「ふん、邪魔虫はそちらですわ。周囲一体は我が社の所有地となるのですから、『付随物』の権利も我らにあるのが道理というもの」
 派手女は開いた扇子で口元を覆い、微妙に理不尽な屁理屈をのたまう。
「敵対するならば排除を。とはいえ多勢に無勢、切り札を切らせていただきましょう」
 高々と振り上げた扇子をパチンと鳴らすと、偽装された壁面が崩れ落ち、三機のアンズーが姿を現した。