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機工士少女奮闘記

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機工士少女奮闘記

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「こういう状況になってしまってから言うのもなんですけれど、二百万ゴルダくらいなら即金で融資できましたよ?」
「いえ、返すアテのないお金を借りるわけにはいかないです、はぁ、結局、ふぅ、『宝物』を見つけるかして街のみんなの仕事がみつからないと、同じことです、から」
 派手女の乗るアンズーの注意を引きつけながら遺跡内を駆け、リーナはユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)の提案を申し訳なさそうに遠慮した。
「そっかー、じゃあリーナを買いたい場合は幾ら必要だ?」
「は、はぇっ?」
 隣を駆けるフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)の言葉に動揺し、リーナは妙な声を上げてしまう。
「……少しは真面目にやりなさいな」
「痛って! わーってるよ、ちょっとフザケただけだろー?」
「ちょっと、ちゃんと後に付いてきてよね! 味方が罠にかかったりしたら元も子もないんだから!」
 先導するヘリワード・ザ・ウェイク(へりわーど・ざうぇいく)が注意を促す。
 ヘリワードはあらかじめ敵の襲撃に対応するため、遺跡内のそこかしこへとトラップを仕掛けていた。
 その主な目的は敵の誘導である。
 罠の配置にあえて「穴」を作り、目的となる戦いやすい場所へと誘導するための。
「……と。それはそれとして、少し野暮用が出来ましたわね」
「?」
 ユーベルが呟き、脇道へとその身を躍らせると、片手剣を振り上げる。
「――チィッ!」
 姿を隠していた辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)はその一撃を回避して後ずさる。
「ここは引き受けますわ! みなさんは姿勢を低くして駆け抜けてください!」
 迷っている暇はない。
 残りのメンバーはその言葉に頷いて、通路を駆け抜ける。


「……気配は完全に消していたはずじゃがのぅ」
「あなたのような方が妨害に現れる可能性を警戒していましたのよ。毒の粉とは随分と迂遠な手を使うのですね」
 ユーベルは口元を覆いながら、刹那の姿を睨みつける。
「悪いがかまけているヒマはなくてのぅ。わらわも忙しい身での、見逃してくれると助かるのじゃが」
「構いませんわ、さっさとお帰りなさいな。恥を上塗りしたくはないでしょう?」
「……とはいえ、このまま逃げ帰ったのでは面子が立たんのじゃがな」
 刹那の身がゆらめく。
 攻撃のため? 否。直感に従い、ユーベルは足を止め、身を躱す。
 半歩先を銃弾が通り抜けた。
『マスター刹那。離脱ヲ援護シマス』
 通路にイブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)の声が響く。
 こちらも身を隠しているのだろう、その姿を肉眼で捉えることはできない。
「イブ。わらわは妨害と封鎖を優先しろといったはずじゃが」
『オーダー、理解。シカシ、マスター刹那ノ安全ガ最優先デス』
「まったく、融通のきかん……」
 刹那は舌打ちすると、踵を返してユーベルに背を向ける。
「――妨害に失敗した以上、早々に退かせてもらうでの。成功とはいかんが、依頼料分の義理は果たしたじゃろう。失礼させてもらうのじゃ」
「……なんですって? 待ちなさい! この――っ」
 その背を追いかけようとして、ユーベルはたたらを踏んだ。
「少し、吸い込んでしまいましたかしら」
 動けないほどではないが、指先に多少の痺れを感じる。
 しばらく休んでいれば毒も抜けるだろうが……
「確か封鎖、と言っていましたわね。あの様子ならリーナさん達の妨害に向かう可能性は低いでしょうけど」
 遺跡の入口を崩されたとしても、時間をかければ脱出は可能だろう。
「とはいえ、無駄な手間を増やすというのも億劫ですわ」
 呟き、ユーベルは遺跡の入口に向けて歩き出した。
 任せろ、と言ってしまったのだから、最後まで責任を持つことにしよう。
 間に合うだろうか。いや、間に合わせるのだ。
 隔壁の向こうにある『宝』を見つけて、地上げ屋たちを懲らしめて。
 どうせなら、ハッピーエンドにけちをつけることもなく。


     /


「――さて、ここまではほぼ想定通りね」
 遺跡内の比較的開けた場所にたどり着き、リネン・エルフト(りねん・えるふと)は立ち止まってそう言った。
「でも、大丈夫でしょうか、ユーベルさん」
 毒粉の舞う通路を駆け抜けて、流石に疲労も限界なのだろう、リーナは座り込んで心配そうに言う。
「当然でしょ。私たちを誰だと思ってるのよ」
「『シャーウッドの森』……気になってたんですけど、凄い空賊の皆さんがリコっちさんと知り合いなんですか?」
「まーね。ウィルフレッド・アイヴァンホーとロバート・ロクスリーみたいなものよ、ねぇ?」
「……そんな感じね」
 言葉を引き継いで目配せするヘリワードに理子が応える。
「ロビン・フッド、ですか?」
「よく知ってるわね」
「どんな本でも読んで損はないって師匠が――あの、その場合どっちがどっちで」

『……ようやく……追いつきましたわ……もう逃がしませんわよ……』

 閑話に耽り始めたころ、ようやく派手女のアンズーが追いついてきた。
 心持ちボロボロに見えるのは、狭い通路の強引な進撃に加えて罠をいくつか踏み抜いたせいか。
「そういう台詞はもう少し格好のつく状況で使うべきね」
 リネンが苦笑しながら挑発する。
『お黙りなさい……少し名の知れた賊風情が、見下してんじゃねえですわ』
「私たちを知っててその言い草は上等よ、三下。ま、地上げ屋相手に別の賊に協力をってのが死亡フラグっぽいのは否定しないけど。死なない程度に、身の程ってやつを教えてあげるわ――フェイミィ」
「あいよっ!」
 リネンの合図を受けて、フェイミィは天馬にまたがり大部屋の天井を駆け巡る。

「私たちもっ!」
「はいっ」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が戦闘態勢をとり、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が体内から巨大な光の剣を取り出す。
 美羽は自分の体よりも大きなその剣の柄を握り、軽々と抱え上げる。
「行くよ、リコっ!」
「オッケー、合わせるわ!」
「私が後ろから援護します!}
 美羽と理子は床を踏みしめて走り、アンズーの足元へと急襲する。
 派手女のアンズーは意外にしぶとく立ち回っていたものの、フェイミィによる上空からの連撃に加えてベアトリーチェの攻撃魔法を受け、対応しきれずに足を止める。
 二筋の刃が奔った。
 両の足を切り裂かれ、アンズーは姿勢を保てない。
『くっ、こんな……負けるはずがないのですわ、こんな、馬の骨たちに』
 派手女はそれでも悪あがきしようとするが、振り上げたドリル付きの腕をフェイミィの大斧が切り飛ばす。
「何を勘違いしてるのかしらないけど」
 大剣を掲げたまま、美羽は派手女の罵声を親切に訂正してやる。
「そこにいるあんたたちが戦ってる相手、西シャンバラの代王だよ。『馬の骨』はそっち。確かに身の程を知るべきだったね?」
 柔かに語る美羽の言葉に、派手女が絶句する。
「え、そうだったんですか!?」
 初耳の事実にリーナは驚いて理子の顔を見つめる。
「あー、まあね。話すタイミングがなくて。ごめんね、黙ってて」
「えーと、その、えーと」
 リーナは色々と混乱しつつも一生懸命に考えて、
「でも、リコっちさん、理子さんは親切で、優しくて、そのだから、お友達です! よね?」
「……リコっちさん、でいいわよ」
 理子の赤く染まった頬と照れ混じりの声に、リーナは満面の笑顔を返した。