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聖なる夜の、小さな奇跡

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聖なる夜の、小さな奇跡

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聖なる夜の、ケーキ販売  その1



 


「うう……なんでこんな格好」
 セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)は少し赤い顔で自らの衣装を見下ろす。
 彼女が着ているのはサンタクロースの衣装だが、その割にはスカートが短い。いわゆるミニスカサンタというやつだ。
「キミは普段から露出の高い服を着ているじゃないか。それと比べれば、大したことないよ」
 同じくミニスカサンタ衣装のアゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)が姿を現して言った。
「露出の問題じゃないの! 服装の問題なの!」
 セイニィは赤い顔で反論する。アゾートはそんな彼女の様子を見て、ふふ、と小さく笑った。


 ここは空京にある小さなケーキ屋、『くりむくりむ』だ。イルミネーションが飾られた少し大きな通りに面していて、今日はクリスマスイブということで、主にクリスマスケーキの販売を行っている。彼女たちは臨時アルバイトとして、お店の手伝いに来ていた。 
 ここのケーキ屋は、一月ほど前に騒ぎを起こしたおもちゃ工場の工場長と親しいと言うこともあって、騒ぎに巻き込まれた人には特に積極的に臨時アルバイトに参加しないかと声がかけられたらしい。工場の修理を手伝っていたセイニィはこの話を断ろうとしていたのだが、噂を聞きつけたアゾートに無理矢理つれてこられたのだ。
「大体、あたしがこんな格好しても、誰も集まってこないわよ」
「そんなことないよ。とっても可愛らしい。きっと、キミ目当てで店に来る人もいるくらいだよ」
「その通りニャ」
 うんうんと頷きながらやってきたのはクラウツ・ベルシュタイン(くらうつ・べるしゅたいん)だ。
 彼はいつも通りの猫の着ぐるみ姿だが、赤いマントを羽織って赤い帽子を被っている。サンタ衣装といったところか。
「なんか違うわねアンタ……」
「んにゃ?」
 皆の視線がクラウツに集まる。
 なんというか、ゆるキャラ的なマスコットにしか見えなかった。
「店先に置いておけばいいんじゃないかしら」
 シュネー・ベルシュタイン(しゅねー・べるしゅたいん)がスカートを翻してやってきた。彼女もアゾートたちと同じミニスカサンタの格好だ。
「シュネーさん、すごいわね……」
「……ちょっとサイズが小さくて」
 シュネーの衣装は体に結構密着していて、胸や腰のラインが惜しげもなくさらけ出されている。サイズが小さいというよいかは、彼女自身のスタイルの良さだろう。ものすごく扇状的な雰囲気を醸し出していた。
「ニャー、馬子にも衣装ニャ、シュネーもこういう格好をすれば、そこそこ色気というものがゴベバ」
「うるさいわよ」
 すれ違い際に脳天を叩いておく。
「うわー、みんなすっごい可愛いわねえ」
 同じくミニスカサンタ衣装でやってきたのはエイカ・ハーヴェル(えいか・はーゔぇる)だ。ぴょこぴょこ飛び跳ねてシュネーの前に立ち、セイニィの前に立ち、そしてアゾートの前に立った。
「可愛いなあ!」
 そしてアゾートを抱きしめる。
「ちょ、エイカ」
 アゾートが苦しそうにエイカの手をバシバシと叩いた。
「可愛いわ……ケーキじゃなくて、こっちを持って帰りたくなるわね。ね、弾」
 エイカは少し先を見て言う。
「うん、持って帰るのはどうかと思うけど、とっても可愛いよ」
「そうかい? ありがとう弾く……」
 アゾートが振り返って、後方からやってきた風馬 弾(ふうま・だん)のほうを向いた。……が、すぐさま口元を押さえて顔を背けた。
「……うん、予想通りの反応ありがとう」
 現れた弾はトナカイの着ぐるみを来ていた。鼻も赤い色に染まっている。セイニィたちも弾の姿を見て笑いをこらえていた。
「っていうか、男は全員トナカイの格好なんじゃないの!? 普通に着て出て来ちゃったけど、この格好って僕しかいないよね!?」
 その他の男性陣は普通にサンタクロースの格好だ。
「トナカイの着ぐるみが一個だけあるっていうから、そりゃあ受け取るしかないってことになって」
「受け取ったならエイカが着てよ!」
「ちなみに、鼻は油性マジックで塗りました」
「それもバラさなくていいから! っていうか油性だったの!? それしばらく落ちないよね!?」
「三日くらいはその格好でいたら?」
「いやクリスマス過ぎてるけど!?」
 やりとりに誰かがこらえられなくなり、笑い声をあげた。
「ふふ……弾くんといると退屈しないよ」
「ありがとう……この格好で言われても微妙だけどね」
 アゾートが笑いながら言って、弾は息を吐いて答えた。
「アゾートさんも、とっても似合ってるよ。なんだか、アゾートさんのために用意した衣装みたいにぴったりだ」
「そうかな」
 アゾートはくるり、と体を回転させて、弾に全身を見せる。そうして「どうだい?」とちょっとだけ上目遣いで彼に聞いた。
「とっても可愛いよ。まるでアゾートさんのために用意「今すぐそのスカートをまくりあげて、僕の大きいものをぶちこみたい」……って違う! エイカ! さも僕が言ってるように言葉をかぶせるのやめて!」
「弾くん、なんてことを言うんだっ」
 アゾートは少し顔を赤くしてスカートを押さえた。
「アゾートさんも乗らないで! 今のエイカだからね!」
「賑やかだね」
 そうやって騒いでいると、酒杜 陽一(さかもり・よういち)がやってきた。彼も普通にサンタクロースの衣装だ。
「ぬふふん、こっちも着替えたよん」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)もやってきて、皆の前に出てくるりと回転する。
「みんな似合うなあ。なんだか、視線のやり場に困るよ」
 陽一はそう言って、視線をさまよわせた。その視線が最後にトナカイに向いて、吹き出した。
「似合うね」
「ありがとうございます……」
 弾は息を吐いて答えた。


「みなさん、今日はよろしくお願いします」


 澄んだ声が聞こえて、視線はそちらへと向いた。
 店主の娘――ベロニカが、みんなと同じミニスカサンタの格好でやってきた。
「多くの来客があると思いますけど、大丈夫です。近隣の店に負けないように、売って売って売りまくりましょう!」
 ぐっ、と拳を握り締めて言う。
 ずいぶんと近隣の店、というのが強調された気がする。そういえば、通りの奥のほうにもケーキ屋があったような? と、一部メンバーは思い出していた。
「うふふふ……アルの悔しそうな顔が目に浮かぶわ……」
 ベロニカは怪しげな笑みを浮かべて言った。
「知り合いなのかしら」
 アリア・アルスター(ありあ・あるすたー)は小声でサーシャ・アルスター(さーしゃ・あるすたー)に聞く。
「近所で同業者だからねぇ。のっぴきならない関係、とかなんじゃないのぉ?」
 サーシャは手鏡で自分の姿を確認しながら答える。
「完璧ねぇ」
 にしし、と笑みを浮かべてサーシャは手鏡をしまう。
「この服……ほかの人と違う服よね?」
 衣草 玲央那(きぬぐさ・れおな)はかなりきわどいスカートを抑えてサーシャに話しかける。
「さあ? あたしはわかんないわねぇ」
 とぼけるようにサーシャは言う。アリアは大きく息を吐いた。


「ところでセイニィ、セイニィって接客できるの?」
 ルカルカが奥のほうに隠れるようにしているセイニィに話しかける。
「でで、できるわけないでしょう!?」
「うわー、堂々と答えたなー」
 セイニィの返答にルカルカは少し笑みを浮かべて答えた。
「大体、こんな服装でスマイル浮かべてケーキを作るなんて無理よ!」
「いや、制服だし?」
「作るのは中の人だからね」
 近くにいた陽一も、ルカルカと合わせて突っ込みに回る。
「いろいろな経験をしてみるのもいいかもしれない、と言っていたのはキミじゃないか」
 アゾートも口を開いた。
「言ったけど! うう、いざ本当にそういうことをせざるを得ないと思うとっ!」
 セイニィは近くに置かれているツリーに隠れた。
「じゃあ、なにごとも経験だ。ほら、おいでセイニィ」
 ルカルカが優しく彼女の手を取り、カウンターの前に立たせる。
「ほらほら、スマイルスマイル」
 そして、にーっと笑って見せた。


「いらっしゃいませー」


 笑みを浮かべて言う。「おおさすが」と陽一は感心した声を上げた。
「はい、セイニィ」
 ルカルカが言い、セイニィはカウンターの前でぎこちない笑みを浮かべ、


「い、いらっちゃいまへ!」


「噛んだ」
「噛んだね」
「噛んじゃダメだよ」
 陽一、アゾート、ルカルカが次々に口にする。
「ううううるさいわよ! ちょっと失敗しただけなんだから!」
 セイニィは真っ赤になって反論した。
「自然に笑って、意識しないようにするんだ。そうすれば、言葉だって普通に出てくるよ」
 アゾートも助け舟を出す。セイニィはしばらくカウンターに隠れるようにしゃがんでぶつぶつとなにかを口にしていたが、「よし」と言って息を吐いて立ち上がり、多少ぎこちなくも笑顔を浮かべて口を開いた。


「いらっちゃいませーっ!」


「惜しいな。もう少しだ」
「きゃぁぁぁあああっ!」
 目の前にいた武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)の姿にセイニィは悲鳴をあげて逃げ出した。
「ななななんであなたがここにいるのよ! 孤児院に行くって言ってたでしょ!?」
 セイニィはツリーの影に再び隠れて牙竜を威嚇するように息を吐く。
「今からね。その前に、ケーキを買っていこうと思って」
 牙竜はどうどう、とセイニィに近づきながら言った。
「そういう格好も、なかなか似合うよ、セイニィ」
 そして、彼女のサンタ衣装を見てそう口にした。
「〜〜〜〜〜〜」
 セイニィは顔を赤く染めつつも、ゆっくりとツリーの影から出てくる。そして、「ありがと」と小声で口にした。
「というわけだから、ケーキを少し多めに見繕ってくれないかな、可愛い店員さん」
「どこのナンパよ、もう」
 小さく息を吐いて、セイニィはケースの中からケーキを取り出し、それを箱の中へとしまう。
「倒れないようにね」
 ルカルカが言いながら箱を覗き込むが、セイニィの並べかたは丁寧で、無駄なスペースをほとんど作らない見事なものだった。「おお」とルカルカも感心する。
「はい」
 そして、三つの箱を重ねて大きい袋に入れると、牙竜に手渡す。
「ありがとう。じゃあ、いってきます」
「うん。子供たちによろしくね」
 そしてセイニィは手を振って、店を出ていく牙竜を見送った。
「っ……」
 ほんのちょっとだけ、笑顔。ルカルカは彼女の顔を覗き込んで、
「ほうほう」
 あごに手をやって笑みを浮かべた。
「なななななによ!」
 視線に気づいてまた慌てる。ルカルカは意地悪な笑みを浮かべ、
「バイトのあとはデートですかな?」
 そんなことを聞く。セイニィは再び顔を赤くして視線をそらし、
「……まだ決まってない。終わったらこっちに来るらしいけど」
 小さな声で、そんなことを言った。
「そっか」
 ルカルカはそれを聞いて笑顔を浮かべ、
「素敵なクリスマスになるといいね」
 そう、口にした。
「……うん」
 セイニィも頷いて、息を吐いてカウンターに戻る。
「さ、お店はもう開店してるのよ、みんな、よろしくね」
 店主の娘がそう言って手を叩き、ルカルカもカウンターに戻った。
 セイニィに接客のイロハを教えつつ、箱に入れるときのコツなどを聞き、
「いらっしゃいませーっ」
 お客さんが来ると笑顔を浮かべる。
 いつの間にか、セイニィの固さはなくなっていた。まだまだぎこちないが、それなりに自然な笑みを浮かべ、ケーキを買い求める人と話をしていた。



 厨房では、店主の女性を中心にした数人が、ケーキ作りを行っていた。
「いいか、二人とも」
「「はい!」」
 そこに、なぜか白衣姿の男が三人いる。真ん中の男はなにか大型の機械を取り出し、それをボウルへと向けた。
「この『マッハ回転マシーン』を使って、卵を泡立てる。君はこちらを、君は私と一緒に本体を抑えてくれ」
 そして三人がかりでそれを抑え、ボウルの中に入った黄身を取り除いた卵に向ける。
「いざ、」
「スイッチ、」
「オン!」
 そして三人で掛け声を上げるとものすごい音が鳴り響き、卵は一瞬にして大きなボウルいっぱいに泡立つ。
「博士!」
「見事です!」
「わっはっはっはっは! 大成功だ!」
 そしてボウルを、近くにいた黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)に渡す。
「耳がキーンとするぞ……」
 竜斗は頭を抑えていた。
「音が最大の問題なのだ。消音機能をつけたら重さが三倍になって、三人がかりでは持ち上がりもしなかった」
 店内の数人のメンバーも、なにごとかとこちらを覗き込んでいる。
「それは成功じゃないだろ」
 竜斗は黒崎 ユリナ(くろさき・ゆりな)にボウルを渡す。
「でも、ものの一瞬で本当に泡立ってますね……すごいです」
 ユリナはケーキ作りの心得があり、ケーキ作りの手伝いをしていた。
「ふんふーん♪ あ、竜斗さん、そこの棚にある紙パック、取ってくれませんか?」
 鼻歌交じりに材料を組み合わせ、てきぱきてきぱきと動く。竜斗は手を貸しながらも、その手際のよさに感心していた。
「ユリナ、すごい。料理にかけては天才的」
「そうねぇ」
 少し離れたところから見ているロザリエッタ・ディル・リオグリア(ろざりえった・りおぐりあ)シェスカ・エルリア(しぇすか・えるりあ)も、ユリナの動きを見て言う。二人とも、みんなと同じサンタ衣装だ。ロザリエッタ――ロゼは、下半身がサソリの形をしているため、それを隠すために少々大きめのスカートをはいている。
「ロゼもシェスカも、たまに手伝ったりしてるじゃないか」
 竜斗が近くまで来て言う。
「簡単なことだけ。あんなふうには無理」
「私はできなくもないけどねぇ。さすがに、あの子みたいには無理よぉ」
 二人は答えた。
「だから、ワタシはこっちで頑張る」
 ロゼはメモ帳にペンを走らせて言う。なにをしているのかと思えば、セイニィにいろいろと教えているルカルカの言葉をメモしているようだった。
「私もまあ、適当にねぇ」
 シェスカは椅子に腰掛けてあくび。退屈そうだ。竜斗は軽く息を吐いた。
「うん? ロザリエッタにも教えよっか? 基本的なことだけだけど」
 ルカルカがそれに気づいて声をかける。
 ロゼはこくこくと何度も頷いて、少し跳ねるように二人の元へと向かった。
「竜斗さーん、できたやつ持っていってくださーい!」
 ユリナの声が聞こえ、竜斗は奥へと入っていった。
 シェスカもやれやれといった感じで立ち上がる。途中、ガラス越しに外の景色を眺め、街頭のイルミネーションの前に二人で並び、記念写真を撮っている人を見た。
「シェスカー! たくさんあるんだ、手を貸してくれー!」
 竜斗の声が聞こえ、小さく息を吐いて、シェスカは竜斗の元へと向かった。



「恒例とはいえ……財布が寂しくなっちゃったわね」
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)は【『シャーウッドの森』空賊団】として恒例となっている、年末の寄付活動の帰り道だった。
 彼女は貴族というわけでもなく、日々の活動の身銭を切ってまで地域住民のために寄付を行っている。おかげで多くの人からの支持を得られているのだが、
「経理のスキルがある人、そろそろ探したほうがいいかしら」
 なにかと大変なのは事実だった。クリスマスだけでなく、年の瀬もある。そうでなくても、この時期は財布が軽くなりがちだ。
「ふう、ま、今年ももう少しだから、頑張りましょ」
 よし、と拳を握ってから歩き出す。飾られたいくつものイルミネーションと、街頭の色鮮やかな光、そして、いつもよりも浮かれている、通りを歩く人たちを見つめる。
 腕を組んで歩くカップルや、手を繋いで歩く親子。お店にはたくさんの人が足を運んでいて、レストランは人がいっぱい。
 そういう事実を改めて眺め、クリスマスだなあ、なんてことを考えたりする。
 偶然にも目に入ったケーキ屋さんも、人が並んでいる。みんなクリスマスケーキを買い求めて、列を作っていた。
「……あら?」
 そのお店の中に、リネンの見知った顔がいくつか並んでいる。というか、見事に見知った顔ばかりだった。
(そういえば、)
 以前、おもちゃ工場で騒ぎを解決し、その関係でケーキの発売を手伝わないかと声をかけられた。活動のために断ったのだが、もしかしたら、この店だったのか。


「ありがとうございましたー。いらっちゃ……」


 多少ではあるが、それなりに慣れてきたセイニィが声をかける途中で固まった。視線の先にはリネン。彼女はセイニィの格好を下から上までじっくりと眺め、頭の上にちょこんと乗せられたサンタの帽子を見、口元を押さえた。
「似合うじゃない」
「っ!」
「ああ、セイニィ!?」
 セイニィがダッシュでツリーの影に隠れる。ルカルカが追いかけていった。
「なななな、なんであなたがここにいるのよ!」
 レジをしばらく他に任せ、列から離れて声をかける。
「いつもの活動の帰りよ。なーんだ、ここのお店だったのね」
 うんうん、と頷きながら言う。見事に見知った顔ばかりだ。
「ていうか、あなたは絶対に断ると思ったわよ……なんなの、なにかの任務?」
「ふんだ。なにごとも経験よ」
 まだ恥ずかしそうな顔をしたままで、セイニィは答えた。経験ねえ、とリネンはしみじみと口にし、改めて服装を見る。
「なによ」
「なんでも」
 ニヤニヤしながら言う。
「そういえば自分たちのケーキ買い忘れてたわねー。一つもらえる?」
 そんな意地悪な表情のまま、リネンはセイニィに向かって言った。
 セイニィは軽く息を吐いて、「待ってて」とカウンターへと向かった。



「盛況だな」
 

 セイニィが選んできたケーキをリネンが受け取ったとき、近くから声が聞こえた。


「あ、アル!」
 ベロニカが反応する。彼女の知り合いらしい男は「よ」と手を上げて挨拶した。
「ふん、アル、今年は負けないわよ。見なさい、このスペシャルケーキ!」
 そして、カウンターのケースの中に並んでいる、一つのケーキを指し示す。
「人呼んで、ベロニカスペシャル! バージョン?!」
 スライスされたイチゴをふんだんに使ったスポンジと、上に乗っている赤いムース。その上にさらに、小振りだが形のいいイチゴが一つ、ちょこんと乗っかっている。
「へえ、お見事」
 男――アルは素直にそのケーキを賞賛する。見た目は可愛らしく、また、クリスマスという時期にもマッチしている赤い色を目立たせたそのケーキは、確かに人目を引き、迷っている客が選んだりするなどしていた。
「当然」
 ふふん、とベロニカは胸を張る。
「でも悪いな。今年も俺たち、『ドルチェ』が売り上げでは上を行くぜ!」
 聞き覚えのある名前に、数人が反応する。通りの少し奥にあるケーキ屋の名前だ。
「甘いわ! 今年こそはあたしたち、『くりむくりむ』が勝つわよ!」
 ぐ、っと拳を握ってベロニカも言う。
「上等!」
 アルも握り拳を作ってベロニカの手に当てる。
「今年もいつものルールな!」
「『負けたほうが勝ったほうの言うことを聞く』、でしょ? いいわよ。負けない!」
 二人はもう一度だけ拳をぶつけ合う。そして、ベロニカは厨房へ、アルは店の外へと出て行った。
「なんか、妙なことになったわね」
 セイニィが言う。リネンは立ち去ったアルを見た。時折、ちらちらと店内を眺めながら自分を奮い立たせるようにして握り拳を作る。
「そうね」
 セイニィに料金を払いながら、リネンはほんの少しだけ笑みを浮かべた。そして、セイニィに「じゃあねー」と言って、店を出て駆ける。
「ねえ、アルさん」
 そして、通りの途中にアルに向かって話しかけた。