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ナイトメア・カレイドスコープ

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ナイトメア・カレイドスコープ

リアクション

 巨大結晶の輝く丘で。
「リーナ、見つけた!」
 倒れ伏すリーナ・ブリーゲル(りーな・ぶりーげる)の姿を見て、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が駆け寄る。
「大丈夫? 助けに来たよ、リーナ! ――リーナ?」
「…………」
 答えはない。力なくだらりと落ちた腕、その身体からはまるで生気というものが感じられない。
 ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)がその容態を確認する。
「……怪我はありませんし、脈も問題ありません。意識が戻らない原因は――」
「多分、“アレ”でしょうね」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が巨大結晶とその前に立つ影を示す。
「魂の収集機――『夢を見る匣』。もう少しマシな使い方もあるだろうに」
 陽動を突破した獣を撃ち抜いた銃を下ろし、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は嘆息するように呟いた。


「……現れたか、不純物。我が箱庭に何用か」
 漆黒のローブを羽織った人のカタチをした“魂の逸脱者”が口を開いた。
 低く、地の底から響くような声。
「君は何故このようなことを? 死者を弄ぶような真似をする必要があるのかい?」
 堀河 一寿(ほりかわ・かずひさ)が問いかける。
「死者の絶望。それ以外の感情で代替は効かないのかな」
「…………」
 逸脱者は答えず、沈黙したまま。
「他者の絶望を糧とする。それは君が『君自身』を持てていないからではないのかな」
「…………」
「君は元からそんな存在だった訳じゃないだろう? 他者の死を願うような存在から変わりたいと思うのなら――」

「――何やら。認識の齟齬があるようだが」

 一寿の言葉を聞いていた逸脱者は、ゆっくりと口を開く。
「死の蒐集は我の嗜好ではなく――食事のようなものだ」
「……食事?」
「共食いではあるが。『既に骸となった』身体の維持に死者の魂を必要とするだけのこと」
 自分もまた、死者であるのだと。
「即ち我が身は亡霊と同じ。死に依る絶望を蒐集し、容を保つだけの残り滓だ」
 “魂の逸脱者”、そのオリジナルとされるものには様々な性質がある。
 彼のそれは、既に死亡した自分の肉体を、他者の死と絶望のエネルギーによって稼働させるものであった。

「気に入りませんね」
 ヴォルフラム・エッシェンバッハ(う゛ぉるふらむ・えっしぇんばっは)が口を挟む。
「死の恐怖、絶望、ですか。一度、死を経験した身としては。アレは絶望に値するほどのモノとは思えないのですが」
「然り。死と絶望は別個の概念である――清廉なる同類よ」
 ローブに包まれ暗闇となった表情は伺えないが、その声には羨望のような響きが混じる。
「為れば問おう。貴公は死によって喪うものが何一つなかったと騙るのか」
「……無かったとは言いません。しかし私には理想が、共に歩む仲間がいた。『自己』に拘泥しなければ、死は絶望たりえるものではありません」
「――それは傲慢だ。幸運なる者の。例えば、ただ父に会いたいと願った娘がいた。それは死によって永劫に叶わない。
 論を並べようと、それが純然たる事実だ。死は絶望ではないが、絶望は死者にしかない」
 語るほどに、その声に秘められた混濁する感情が姿を見せる。
 それは怒り。呪い。悲哀。そして。

「渇望を抱え死す者は、死という断絶によってそれを奪われる。我を保つのは、奪われた者の嘆きだ――!」

 逸脱者の周囲より影が湧き出す。
 死してなお餓え続け、渇き続けるもの。
 その慟哭が、幻影の箱庭に木霊する。