イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

【逢魔ヶ丘】結界地脈と機晶呪樹

リアクション公開中!

【逢魔ヶ丘】結界地脈と機晶呪樹

リアクション

第1章 狙い


 パクセルム島の仮の捜査本部は、島の出入り口である飛空艇発着場の近くに天幕を張って作られた、いかにも急ぎづくりの感じの代物だった。
 魔族には居心地の悪い感覚がじわじわと身に迫ってくる、その天幕の中で、キオネ・ラクナゲン(きおね・らくなげん)は出発前、刀姫カーリアと2人だけで話をしていた。

「――ことによっては俺は、コクビャクに拘束されることになるかもしれない」
 その言葉にカーリアは不機嫌に目を上げる。
「そんなことさせない。あんたまでいなくなったらこっちは手詰まりだわ」
「卯雪さんを盾にされたら、俺は――要求を飲まざるを得ない」
 そう言ってキオネは口をつぐむ。カーリアも黙ったまま、じっとキオネを見つめた。
「……もしも」
 やや間をおいて、キオネは口を開いた。
「もしも、俺のスキルレベルで卯雪さんからエズネルの魂の欠片を、彼女を殺すことなく取り出せる――その可能性があるとしたら……
 ――その方法は、一つだと思う」

「……偶然ね。あたしもそれを考えてた」
 カーリアの言葉で、キオネは彼女を見た。気だるげな表情で、リボンで括った髪の下のはみ出した後れ毛をいじりながら、カーリアはぶっきらぼうに続ける。
「多分、同じ答えよね」



「ねぇ、がぁちゃん……」
 仮本部の片隅で、ネーブル・スノーレイン(ねーぶる・すのーれいん)は、不安そうな表情で鬼龍院 画太郎(きりゅういん・がたろう)に話しかけた。
「私ね……どうしても、分からないんだぁ……」
 そして続けて彼女がパートナーに投げかけてみせた自問と全く同じ疑問を、偶然にも――



「ところで何で、あの奈落人は今頃、エズネルの欠片を卯雪から取り出そうとしてるんだろう?」
 カーリアが口にしていた。
「エズネル――現ペコラ・ネーラが、奴らの言う『灰の娘』なるキーパーソンだったとして。
 その欠片を持つ彼女を攫ったのは、行方不明のエズネルのかわりにあの子にその『灰の娘』としての仕事をしてもらうためなんじゃないの?
 そんなこと、あの子を手に入れた以上、奴らは何らかの方法で完全に傀儡にして。思いのままに実行可能なんだと思ってた。
 なのに……何で今更?」



「卯雪さんが『灰の娘』の欠片って事は……ペコラさんが鍵って事なんだよね……?
 で、あの木を植えたのも…ペコラさん…だったら……
 いつからか、どこからかっていうのは判らないけれど……
 ペコラさんがこの結界の役割を担ってるって考えても……おかしくないよね?」
 今までに割り出された事実を一つ一つ確かめるかのように、ネーブルは口頭に並べる。
「もしそうなんだとしたら……
 なんでタァさんはペコラさんの欠片が欲しいのかなぁ……?」



「……あちら側に、予期せぬ計算違いがあったんじゃないかと、俺は考えている」
 カーリアの問いに、キオネはそう答えた。
「計算違い?」
「エズネルの欠片を持つ卯雪さんを手に入れさえすれば、すべて、かどうかは分からないが主なことは大概片が付くと、向こうは思ってたんだろう。
 けど、理由は分からないが、そうはいかなくなった。
 その結果が、今回の俺への呼びかけなんだろう」
 キオネはそう言って、指先で顎を捕えて、考え込む表情になった。
「そのことより俺が、まず根本的に分からないのは――
 何故、エズネルが『灰の娘』となりうるとコクビャクが断定しているのか、だ。
 他の誰か、では絶対に駄目で、エズネル……ペコラ・ネーラだけがそれに当て嵌まるとされている、その根拠だ」



「なんで……なのかな……?」
 考えても分からない。
 その言葉を繰り返すさまは、画太郎への相談というよりは自問になっているようだった。言葉も尽きて沈思するネーブルを、画太郎はじっと見つめていた。
「……。
 理由が…判らないから……ちょっと…怖い…よね」
 呟いたネーブルに、画太郎はいつもの如く紙にさらさら〜っと文字を書き、「かぱっ」と差し出した。
『確かに、圧倒的優位に立ってるはずの奈落人が、どうして今こうして魂の欠片を取りだそうとしてるのかが判り兼ねますね。
 取り敢えず、何が起きてもここに居る人達を守りぬけるように準備はしておきましょう』
 そう言って、画太郎は仮本部を振り返る。促されるように、ネーブルもそちらに視線を向ける。
 中では、結界を形作る地中のエネルギー脈を捜索するための、機器設営などの準備が始まっている。
「うん……そうだね……
 不安はあるけど……自分に出来る事……しないと…だね……」



「そろそろ……行くか」
 そう言って、キオネは羽織ったコートを翻した。
 カーリアは何も言わなかったが、髪を束ねたリボンをおもむろに解いた。たちまち、それは巨大な剣に姿を変える。
「もし、俺が何らかの理由で自由に動けなくなったら……」
 キオネはカーリアの方を向いて、言った。
「君が、“あいつ”を捜しにいってくれないか」
 それを聞いて、カーリアは、眉を顰めた。
「……はっきり言って、ヒエロを捜すより難しいわよね、それ」
「そうだな」
「分かってて、あたしに頼む!?」
 その言葉に、キオネはただ無言で苦笑しただけだった。



 キオネとカーリアが本部の天幕を開けて出ていくと、入ってこようとするネーブルと画太郎とすれ違った。
 カーリアは、何か物思う険しい顔つきでそのまま通り過ぎたが、キオネは足を止め、少しだけ不安そうに自分を見てくるネーブルに、微笑んで小さく手を振った。
「キオネさん…気を…付けてね……」
 ネーブルの言葉に、キオネは頷き、歩き出した。


(好きな人がいて、その人が手が届くのに一緒に居られないのは……
 凄く辛い事…だよね)
 キオネの背中を見ながら、ネーブルは沁み入るようにその思いを反芻する。彼についてずっと思っていた、そのことを。
(できるなら、キオネさんは…卯雪さんの傍にいてあげてほしい……)
 だから、卯雪を救えるように――キオネと彼女がちゃんと生きて会えるように、状況を整えてあげることが、自分に出来る一番の事ではないか。自分に何ができるのか、と、ずっと考えてネーブルの出した答えだった。

(好きな人が…まだ生きてて、生きる可能性があるのであれば……
 私は…諦めて欲しく…ないから……)

 だから、結界の調査をしようと決めたのだった。
(自分に出来る事を…するんだぁ……)
 ネーブルは画太郎とともに、結界調査隊の本拠地も兼ねている仮本部の天幕に入っていった。