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【逢魔ヶ丘】結界地脈と機晶呪樹

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【逢魔ヶ丘】結界地脈と機晶呪樹

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終章1 絵解き


『だいぶ判明したな』
 冬竹の声音には満足感があった。
 擬似ナラカ空間通路から出た冬竹の姿は人には見えず、声も聞こえない。話し合いには不便だが、彼の公認する「憑坐」である人物はここにはいないので、彼は適当に空京警察の下っ端捜査官を捕まえて了承の上に憑依して、契約者たちや捜査官、島民代表らと話をしている。傍目には、下っ端捜査官が捜査指揮官と対等な口をきいているようで、奇妙な風景でもある。
 仮の捜査本部のテーブルの上には、契約者とマティオン・ルマたちが旧集落跡から持ち帰った資料が山積みにされている。
 それらに目を通して満悦という風な冬竹の様子には、内容の悲惨さには全く関せず、ただ「知る」ことができたということへの純粋な満足があった。彼には、知りたいという欲求を満たすことが何より重要なことなのだろうか。



『その昔、この島に時空の歪みを通ってやって来た悪魔というのは、バルレヴェギエ家の嫡男でまたバルレヴェギエ学派の中心人物でもあったとされるオーブル・バルレヴェギエ。
 彼はユクシアという守護天使と恋におち、タァメリカという女児をもうけたが、その2人は同族の天使によって殺された。
 乳飲み子のうちに殺されたタァメリカはナラカで奈落人として蘇り――コクビャクと結託してこの島に復讐しようとしている、と』



 島民の守護天使たちが二の句を告げぬ事実の言葉を紡ぐ冬竹の声音は、明らかになった事実を、上質のワインをちびりちびりと味わうように楽しみながら口に含んでいる様子を連想させた。



「なぜ、オーブルという悪魔は、研究成果を託した石版をわざわざこの島に送り込んだんだ」
 指揮官の言葉に、冬竹は事もなげに答える。

『“偶然”と書いてあるではないか。無理からぬことよ。
 何千年も昔に、いかに科学者とはいえ恐らくは一悪魔が単独で製作した時空転移装置など、きっちり正確に作動すると思うか?
 ましてやザナドゥ。封じられた世界から、その封じを破って外の世界に送ろうというのだ。
 機械の転送エネルギーと不正確さとザナドゥを覆う封じ――それらがぶつかって化学反応を起こした結果、時空に歪みが生じた。
 その歪みの下にたまたまこの島があった
、それで説明はつこう。

 ……そんな行き当たりばったりな結果になることは恐らく予想済みだったはず。それでもその石版を、ザナドゥの外へ放出すべき理由が彼にはあった』

「それは?」

『当時のザナドゥの情勢と、バルレヴェギエ学派の主旨――
 この学派の学問は当然我もナラカでかじっておる。
 魔族を魔族たらしめる「原本能」の存在の証明――ひいてはそれを与奪することで、生者を自由に魔族・非魔族と変えることも可能であるという理論。
 コクビャクはその理論から「黒白の灰」を作り、パラミタにばらまいてすべての非魔族を魔族化することを目論んでおるそうではないか。
 だが、この灰によって魔族は原本能を奪われることにより、生存本能までも奪われて命の危機に瀕する場合があるとか』

 以前、キオネの知り合いの貴族悪魔の女性が生体実験でこの灰を投与され、不治の病に侵されたという例は、もちろん警察も、それから一部の契約者も知っている話だ。


『つまりだ。この理論により原本能を魔族から奪う装置あるいは薬品ができれば、それは魔族の大量虐殺が可能となることを意味する。
 寿命のない悪魔を、だ。

 我の予想だが、恐らくこの時点でオーブルは、黒白の灰の試作品……プロトタイプくらいのものは、完成させていたのではないであろうかな。

 戦乱時代のザナドゥで、そのようなものが製作可能だという話が伝わればどういうことになるか。
 当然、時の権力者には目を付けられる。必然的に、対抗勢力からは命を狙われることになるだろう。

 つまり、オーブルがすべての研究成果を石版に封じ込めてザナドゥの外に放出したのは、身の安全のためであろうよ。当然の話だ。
 それでもすべてを破棄したわけでなく、単に一時手放すだけ……というのが、学者の執念というやつだな。
 おそらく権力者たちには、研究は行き詰ってすべて破棄したとか何か、まことしやかな言い訳をして諦めさせてのであろう』



 テーブルの上、資料の横には、例の石版が置かれている。
 一応ダリルが一通り調査したが、中には確かに記録用のメモリ領域はあったが、データは何もなかったという。
 それを聞いても冬竹は平然として、

『タァメリカが擬似ナラカ空間通路を使い、結界の地脈動力源まで近づいたのだとしたら、
 石版はそのままにしてロックを解除して中のデータだけを何か別の記憶媒体に移し、石版の方の記録を消去していたとしてもおかしくはない』
 恐れ気もなくその石版を手に取りながらそう言ったものだった。

「石版はそのままに? 父の形見の石版を、何故?」
『石版の持つ機晶動力としての力を、そのまま都合よく拝借する為だろう。
 厳重な結界も、大樹を使ったギミックで反転させることで「丘」の周辺を自分たちが占拠するのには却って都合よく使えるし。
 そのギミックで自分たちは島に侵攻できるのだから、却って結界はそのままにしておいた方が、万が一天使たちが外部から援軍を呼ぼうと思ってもその妨げになるからやはりコクビャクにとって都合がいいと考えたのだろう。したたかよの』

 話を聞いている守護天使たちはぐうの音も出ない。



『しかしそう考えると、単なる記録媒体ではなく、機晶石の石版に研究成果を託した理由も分かる。
 どこに飛ばされるか分からない石版を、後になって回収するためには、自分にその位置を知らせる信号を放つ装置を併設することが必要だ。
 また、信号を長時間放つためのエネルギーも。
 それにはこのように加工した機晶装置が最適だったのだろうよ』



 そう言うと、別段それ以上の興味はない、とでもいうように、冬竹は再び石版をテーブルに戻した。
『それで、その信号を元に、自分も同じ転移装置で時空の歪みを越えて、島に辿りついた、というわけだ。
 その転移の途中で傷だらけになったことからも、装置の機能の不完全さが分かるな』


「じゃあなぜ、その時空の歪みが今は、コクビャクの空中要塞の移動に利用されているんだ?」
 捜査指揮官の言葉に、冬竹は「そんなことも分からないのか?」とでも言いたげな口調ですんなり返す。



『当の時空転移装置が、現在コクビャクの制圧下にある、ということでしかなかろ。
 タァメリカは殺され奈落人になったとはいえ、オーブルの唯一の子なれば、バルレヴェギエ家の嫡子に相当するのだからな。
 おそらく、バルレヴェギエ家そのものが、今はコクビャクによって管理されておるのだろうよ。そのくらい想像できないものか?
 ――警察の捜査権がザナドゥにまで及ぶのだったら、そちらに手をまわして確認するのを我ならお勧めするがな』



 その言葉であたふたと、捜査官たちが動き回る。通信機器のある天幕の方に何人かが出ていったところを見ると、空京の本部に連絡を入れて、この冬竹の見解を伝えて対処を考えようというのだろう。ザナドゥの(今は零落したとはいえ)名門旧家を捜査するというのはさすがに、空京警察には荷が重いはずだ。
 手に余るなら知人を紹介するぞ、『男爵』の知人にはザナドゥまで行き来する商人がいるからな、と楽しそうに言う冬竹に、ダリルが近付いた。


「協力に感謝する。おかげでこの機晶地脈による結界を解除できたのだから。
 ……しかしまだ不明な点がある。『丘』の上の大樹。
 あれにも機晶エネルギー反応が見られた。地脈のエネルギーから引き込んだ以外の、微弱ではあるが、樹自体の持つエネルギーだ」
 冬竹は黙って、ダリルの話を聞いていた。
「あの樹そのものに機晶エネルギーがあるということは……機晶エネルギーを有機化して種子に組み込んだ、ということなのか?」


『そのとおりだ。大した解析だな』
 冬竹は素直にうなずき、称賛する。
「何のために?」
『おそらく、作ったのはオーブルであろ。種子を植えたのは何やら、守護天使の少女だと聞いたが……
 亡き者の思いまでは、我には分からん。だが、あの樹の種子は、目印とするために作られたのではないだろうか』
「目印?」

『これは我の推測でしかないが……
 オーブルは、ユクシア・タァメリカとの新生活のために、己の故郷であるザナドゥとこの島とを自由に行き来する手段を開発しようと思ったのではないだろうか。

 この島では己はもちろん、ユクシアらまでが肩身の狭い思いをする。
 親子3人幸せに暮らすため、島を出ることを考えたのかもしれん。
 そうでなくてもオーブルは零落したとはいえ旧家の跡継ぎ。帰らなくてはならないという思いもあったのではないか。

 それでも、この島はユクシアの故郷。唯一自分たちの味方になってくれたユクシアの両親もいる。
 できることなら行き来するすべが欲しい。
 バルレヴェギエ家にあるあの時空転送装置をいずれは改良し、この島と家とを自由に行き来できるようにするためには、何かこちら側からザナドゥに向けて目印となるものが必要だったはず』

『石版は見つからないし、あれはもし見つかったら回収して再び研究に使うものだから、恒久的にこの島の目印としては使えないと思ったのだろう。
 そこで、石版に施した信号と同じものを施した機晶種子を作り、木として育てようと考えたのではなかろうか。
 ……それを植える前に、本人は島の天使に襲撃されてしまったようだがな』

「ではなぜ、タァはその木をわざわざ機晶地脈に接続した?」

『タァメリカとオーブルとでは、この樹を育てる目的が違っていた。
 ――ただ単に、木の結晶エネルギーの微弱さを補うつもりだったのではないかな』
「微弱?」

『種子に有機エネルギー化して組み込まれた機晶エネルギーは、樹木の成長にも消費されるからな。
 警察の話では、コクビャクの空中要塞が現れた時、樹が光ったというではないか。
 それが機晶エネルギーなら、樹は単なる要塞を導く目印ではなく、それ自体が何らかの引力を持って要塞を誘導していた可能性が高い。
 島の空間結界を破って導くくらいだから、考えられない話ではないだろう。
 タァメリカは、父が単に目印兼信号発信機として開発した機晶樹木に、その要塞牽引の力を加えるため、強力な結界を形作る機晶動力を拝借して引き込んだのではないか』


 冬竹は再び石版を手に取り、無遠慮にじろじろと眺めた後、おもむろにダリルを見やった。
『で? あんたらには、この中の消去されたデータを復元する算段はあるのかねぇ』

「――当然だ」
 凛然として言い切ったダリルに、冬竹はにやぁっと笑って、石版を彼の手に押しつけた。
『それは結構なことだ。
 ことによると、このデータから、黒白の灰に侵された人間を救うワクチンのようなものが作れぬとも限らないからの』
 笑う冬竹を横目に、ダリルは手の中の石版にじっと目を落としていた。




「じゃあ、樹が折れてしまった今、その力はなくなり、空中要塞が時空の歪みを通ってこの島に出現することはなくなるのか?」
 エヴァルトが冬竹に尋ねた。だが、冬竹は難しい顔で首を横に振る。

『確かに樹は折れ、機晶エネルギーは微弱な信号に戻ってしまったが、その代わり、結界自体がなくなった。
 当然、この島や丘の位置は、向こうは座標済みだろう。
 時空転移装置も向こうが押さえているということは、今もまだ奴らは時空の歪みを通過できる可能性が高い。
 装置自体にあのタァメリカが改良を加え、オーブルが使った時よりも精度を上げている可能性だってあろうしの。
 ――要するに、今までよりは余計な座標計算や出力確保が必要となろうが、向こうはまだまだ要塞で出撃してくることも可能だ



 皆が沈黙する中、黙って、持ち帰られた資料に目を通していたルカルカが、この時口を開いた。
「オーブルの正確な消息は、分かっていないのね」

 ――旧集落跡で、ユクシアの両親の手記を見つけた弥十郎は、その家の裏庭に4つの墓を見つけた。ユクシアとタァメリカの名が刻まれた2つ、それは両親が作った墓だろう。少し離れた所に並んである2つには、ユクシアの両親・アンディスとユリスの名前があった。この墓は誰か他の家の者によって作られたのだろうか。彼らの最後ははっきりとは分からない。愛娘と孫を失い絶望で心中したかも知れなかったし、希望を失ったまま嘆き暮らして老いて死んだ可能性もあった。

 しかしオーブルは、「自警団によって私刑にあった」のではという“推測”と、その跡と思しき大量の血痕の目撃以外には、何の記述もない。
 他の資料の中にも、『丘』の異変以降の彼の名は出てこなかった。

 ルカルカは、過去の悪魔と天使の恋の真実、または本人や子が封印されてる可能性を考えていた。ひいてはそれが、タァとの対話の糸口にならないか、とも。だったので、これらの明かされた真実はショッキングではあったが、その中でも何か希望はないかと、縋る気持ちで資料を熟読していたのであった。
 だからだろう、オーブルのその後がはっきりと分かっていないことに、引っかかったのは。
 その場にいたダリルやエヴァルト、冬竹の視線を受け、ルカルカは口を開いた。
「もしかして……生きている、っていう可能性は……?」

 しばらく間をおいて、おもむろに冬竹が口を開いた。
『悪魔だからな。命あれば今まで生きていてもおかしくはない』


『しかし、タァメリカは彼に遭遇していないのだろう。会えていたら、また違う行動をとっていただろうからな。
 島の天使も、彼の姿を見ていない。誰の眼の前にも現れていない。
 生きていたとして……
 一体彼は、どんな状況に現在、在るのだろうか?』


 問い返しながら、冬竹は、ルカルカの目を見た。
 それに対する、確たる返事は、ルカルカにはすぐには見つからなかった。