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白い機晶姫との決戦! 機甲虫・イコン型を撃墜せよ!

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白い機晶姫との決戦! 機甲虫・イコン型を撃墜せよ!

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四章 ジョーカー


 一方、アルト・ロニア。
 水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)、ルカルカ・ルーの3名は住民の避難誘導を完了させ、ヨルクの説得に臨んでいた。
「あなたがヨルクですね?」
 ゆかりにとって、ヨルクと話をするのは初めてだ。薄暗い地下シェルターの入り口で佇むヨルクはこちらを振り向き、険しい表情で問うた。
「君は?」
「教導団の者です。話をさせて貰ってもよろしいですか?」
 ヨルクは無言で頷いた。
 ゆかりは咳払いをすると、まず最初に、機甲虫のデータ公開に関する真意を彼に問うた。
「あなたは、機甲虫に纏わる全てのデータを公開したいと発言していたようですが、それは本当ですか?」
「ええ。私の発言に間違いありません」
 ゆかりとは初対面だからだろうか。話に聞いていたよりも堅苦しい反応を、ヨルクは返した。
「では、私の見解を述べましょう。データを公開するのは控えるべきです。理由は、第一にあなた自身が狙われることになるからです。
 第二に――」
 ゆかりは、アルト・ロニアの街並みを指差した。
 アルト・ロニアの復旧は進んではいるが、完全な形で復旧した訳ではない。依然として瓦礫が山積みになっている場所もあるし、今なお後遺症で苦しんでいる人々がいる。
 機甲虫に責任を求めるのは容易いが、機甲虫がアルト・ロニアを復旧してくれるかと言うとそれはまた別の問題だ。仮に機甲虫やサタディの説得に成功したとしても、彼女らの罪が消える訳ではない。
 それに何より、機甲虫のデータを公開すれば各地より多種多様な人種がアルト・ロニアに詰めかけて来るだろう。礼儀を弁えている者ならまだいいが、機に乗じてアルト・ロニアで略奪を狙う凶悪な犯罪者が入り込んで来る可能性もある。もしそのような人種が侵入したら、アルト・ロニアは更なる荒廃を辿る事になるだろう。
「アルト・ロニアの街はまだ荒廃しています。完全な復旧すら見通しが立たないというのに、そのようなタイミングで一連の情報を公開したら、それこそ『お宝』を巡って数多くの有象無象が押し掛けてきます。そうなったら、収拾がつかなくなります」
 ゆかりが言い終えた頃を見計らって、マリエッタが補足した。
「ヨルクさん。情報公開するにも性急すぎるわ。性急すぎると、かえって信憑性が薄くなってしまう事もあるの。
 本当に真実を公表したいのなら、その時が来るのを待つ事も大事よ。真実は逃げないし、色褪せる事もないのだから」
 ゆかりはマリエッタの発言に頷くと、最後にこう告げた。
「一生口を噤めとは言いません。いずれは真実は表ざたになるでしょう。しかし、それは今では無いのです」
 ヨルクはしばし沈黙を保っていたが、やがて、ふぅと吐息を漏らした。
「……すまない。確かに君たちの言う通りだ。ああ、ちょいと失敬するよ」
 ヨルクはポケットに手を突っ込むと、コンピュータ用の小型メモリを取り出してみせた。
 恐らく、機甲虫の情報が入ったメモリだろう。ヨルクはメモリを地面に叩き付けて破壊すると、真摯な瞳でゆかりを見据えた。
「機甲虫のデータを公開するのはやめにしよう。私としても、これ以上の争いは真っ平御免だ。
 殺し合いは、もう沢山なんだ……」

 殺し合い。それはまさに、人類と機甲虫が現在進行形で辿っている道だ。
 ルカルカはヨルクに歩み寄ると、手を差し出した。
「殺し合う以外の道は無いのかな?」
 ヨルクはルカルカの手を見つめた。その視線には、複雑な感情が込められていた。
「殺し合う以外の道か。どうやって作るんだい?」
「それは、ヨルクとサタディにかかっているんじゃないかしら」
 ヨルクは顔を上げた。夜闇の中、ルカルカは告げる。
「だってサタディは、本来とても優しい人に思えるんだもの。ヨルクも、そういうサタディの姿に強く惹かれたんでしょ?」
「……どうしてそう思うんだい?」
「勘よ」
 ヨルクは、ふっ、と笑った。
「勘か。だが、君の言う事は的を射ているな。……初めて出会った時のサタディは、とても寂しそうだったからね」
 ヨルクはルカルカの手を握ると、頷いてみせた。
「分かったよ。全てを話そう」
 そして、ヨルクは語った。
 事の始まり、アルト・ロニアに訪れた経緯を。
「私は遺跡をほじくり返すのが大好きでね……歴史の闇に埋もれた古代の真実を見つけるのが、好きで好きでしょうがないんだ。
 勿論、そんな私にとって大廃都は格好のターゲットだった。大廃都の近くに位置するアルト・ロニアを拠点として定め、大廃都の発掘調査団に同行してひたすらに遺跡を掘り返した。各地で発掘調査のアルバイトをしてきた私には多少の蓄えがあったし、アルト・ロニアの人たちは私を迎え入れてくれた。大廃都で遺跡を掘り返している内に私はいつしか『研究者』として呼ばれるようになり、アルト・ロニアの人たちは様々な遺物を預けてくれるようになった。日が経たない内に私は興味本位で遺物を修理するようになり、本職の技術者とも肩を並べられるぐらいの腕にはなった。まあ、元々遺物に対して好意的な感情を抱いていたせいもあったんだろうがね。
 そんな時だったよ。サタディが現れたのは」
 ヨルクは踵を返すと、彼方を見つめた。
 彼の視線の先にあるのは、大廃都だった。
「初めてサタディと出会った時、彼女は酷く悲しげで、寂しげな雰囲気を漂わせていた。
 放ってはおけない。放っておいたら、消えてしまう気がする……そう思った私はサタディと話をした。彼女は幾らか私と話をした後、機甲虫の起動方法を教え、どこかに行ってしまった」
 後悔、それとも悲しみか。ヨルクの言葉には複数の感情が混じり、独特な響きを伴っていた。
「彼女が行ってしまった時、私の胸は痛んだ。なんだかよく分からないが、とんでもない罪を犯してしまったような気がした。名も無い少女を墓の中に葬って、そのまま放置するような……そんな後悔が私を襲った。
 私は、彼女をこの世界に呼び戻すには、機甲虫を起動させるしかないと思った……」
 ヨルクは泣いているようだった。
 なぜ涙を流すのか――その理由を追及する無粋さはルカルカにも無かった。
 ヨルクは白衣の袖で涙を拭くと、こちらに振り向いた。彼の瞳は、涙で腫れていた。
「……私が思うに、サタディには人を信じたいと思う気持ちがある。機甲虫を蘇らせる知識を持っているのなら、サタディ一人で出来たはずだ。
 なぜ、サタディは私に機甲虫に関する知識を与えたのか。それはつまり、せめて人の運命は人で決めるようにと……人類の代表として、私に全てを託したんじゃないだろうか」
 言ってから、ヨルクは「あっ」と目を見開いた。拳を握り、大廃都の方を再び見やる。
「ああ、そうか……! そういうことだったのか! 言葉にして、今ようやく分かった!
 サタディは、歴史の闇に葬られた自分たちを探してくれる光を求めていたんだ……!」
 ヨルクの言葉は、明確なイメージを伴ってルカルカに天啓を与えた。
 大廃都。歴史の闇に葬られた、古代の王国の墳墓。如何なる光をも届かない暗い墓に封じられた者たちが、自分に光を与えてくれる者を待ち侘びている……。
 ルカルカは、一語一語、確かめるようにして言った。
「それが、ヨルク、あなただったのね?」
「自分で言うのも何だが、そうだとしか思えない。世の中に光は沢山あって、私はその内のたった一つに過ぎない。だけど彼女は、他の光ではなく私を選んだんだ」
 ――機晶姫は契約者を求める。
 ふと湧いて出た閃きを、ルカルカは口にした。
「サタディは、自分を救ってくれる契約者を求めているんじゃないかしら?」
「契約者か……」
 ヨルクはしばし思案すると、こう答えた。
「機甲虫も、契約者を求めているんだろうか……?」