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白い機晶姫との決戦! 機甲虫・イコン型を撃墜せよ!

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白い機晶姫との決戦! 機甲虫・イコン型を撃墜せよ!

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六章 機晶と機甲


 風森 巽とティア・ユースティが駆るサイクロンに、ザーヴィスチからのメッセージが届いた。
 ザーヴィスチのメッセージ内容を読み取ったティアは、巽に自分の考えを告げた。
「確かサタディは、『自分は白機の王と共にある』というような事を言ってたよね」
「ああ。恐らく、白機の王とやらがサタディの感情を増幅させているんだろう。しかし今は――」
 巽はサイクロンを一気に前進させた。目指すは、前方に立つホワイトクィーンだ。
「――下手にかわさず、一直線で一気に進む!!」
 サイクロンの突撃を見て取ったホワイトクィーンが拳を引き、背面の翼を広げる。
 拳を繰り出す気だ。サイクロンは旧型機、直撃を受ければ破壊は必至だ。
「ここまで危ない賭けに出たんだから、絶対に成功させてよねーーー!!??」
 絶叫と共に、ティアはサイクロンを【高速機動】させた。対するホワイトクィーンは翼からエネルギーを放出し、サイクロンを迎え撃つ。
「笑止ッ! 単なる突貫では我らを倒せぬ事を知れッ!!」
 裂帛の勢いと共に、ホワイトクィーンが繰り出した。降り注ぐ雨を弾き、純白の鉄拳がサイクロンに迫る。
「わりぃな、サイクロン……もう少しだけ持ってくれよ!!」
 巽の胸中で燃え上がる不屈の闘志に応え、サイクロンが躍動した。相手の拳が命中する瞬間に合わせて機体の『軸』をずらし、ダメージを大きく軽減する。
「眠りから覚まし、仲間を傷つけ、攫った我らの言を信じられないのは判る! だからってここで完全に敵対したら、例え仲間を取り戻せても、静かな日々を取り戻せるっていうのか!?」
「くっ……! 戯れ言をッ!」
 ホワイトクィーンは続けて左の拳を放った。サイクロンは上体を右に逸らし、すれすれで回避。勢いそのまま、ホワイトクィーンのバリアに組み付く。
 接触に反応してバリアから稲妻が迸り、サイクロンを弾こうとする。たちまちサイクロンの装甲が焼け焦げていく中、構わずティアがサタディに語りかけた。
「静かな眠りにつきたいの!? 目が覚めたからこの世界で生きていきたいの!?」
「それはッ……!」
 ホワイトクィーンの挙動に僅かな逡巡が見られた。
 サイクロンのコクピット内を埋め尽くす計器類に小さな稲妻が迸り、破損していく。巽は覚悟を決めると、己の魂を賭けて言葉を放った。
「何でもは聞けない……けど、我に出来る事であれば尽力する! だから、復讐はもう止めてくれッ!」
「っ……! 私を……私を、惑わすなッ!」
 微かな動揺を見せながらも、ホワイトクィーンは拳を見舞った。
 巽は咄嗟に回避を試みるが、間に合わない。サイクロンの肩部が鉄拳に貫かれ、粉々に砕け散った。
「終わりだ、我らの寝床を破壊せし者よッ!」
 ホワイトクィーンが至近距離から膝蹴りを放った。怨念を込めた一撃がサイクロンに襲いかかる、その瞬間――
「貴女の恩讐は、私が引き受けます……!」
 急速加速したアンシャールがホワイトクィーンに激突した。横合いから加えられた一撃がホワイトクィーンを弾き飛ばし、両者はもつれ合って泥の中を転がった。

 これまでの戦闘でバリアを維持できるエネルギーを喪失したのか、ホワイトクィーンからバリアが消失した。
 アンシャールはホワイトクィーンを組み伏せると、機体の全重量をかけて相手を拘束した。
「離せ! 私から離れろッ!」
 サタディの叫びを乗せ、泥に塗れたホワイトクィーンが拳を振るう。零距離から放たれた拳がアンシャールの肩部を砕き、顔面の装甲にひびを入れた。
 歌菜はアンシャールの頭部とホワイトクィーンの頭部を接触させると、己自身の言葉をサタディに投げかけた。
「聞いて下さい! 傷付いたアルト・ロニアを見て、サタディ、貴女と遭って……私はこう思うんです。今のままじゃ、お互いに傷付けあって……残る物は、憎しみと痛みしかないと……。
 ……お願いです! 償う機会を私達にください!」
「償う、機会だと……?」
 ホワイトクィーンは尚も暴れる。アンシャールのサブパイロットを務める羽純は、自機のマニピュレーターを操作して、ホワイトクィーンの両腕を掴んだ。
 これで相手の拳は封じた。羽純はアンシャールをぐっと前方に押し込め、歌菜の言葉がより深く、より届くように、自機の位置を調整する。
「お前たち人類に、償うだけの力があるのか!?」
 サタディが問う。犯した過ちを撤回できるだけの能力が、今の人類にあるのかと。
 歌菜は深呼吸をすると、サタディに告げた。
「私達から皆さんにお願いして、奪ってしまった機晶姫さんは元に戻すようにします。分かって欲しいのです。決して、誰かを不幸にする為に、大廃都から発掘を行った訳じゃない事を」
「ならば……なぜ、大廃都に踏み入った! なぜ私たちを目覚めさせ、戦闘に駆り立て、殺戮の道具として扱うのだ……!」
 サタディの言葉には強い感情が籠もっていた。戦いに利用された者の悲しみが、そこにあった。
 歌菜は静かに、出来る限りの優しさを込め、答えた。
「――ただ、知りたかったから……。そこにあったの過去の出来事とか、住んでいた人とか、そこから学ぶ事があれば、知りたい。そんな思いだけ、だったに違いないのです」
 そして、己の命と魂を賭け、語りかける。
「勝手な事だって思うけど……私達はサタディ達と友達になりたいのです……!」
 ホワイトクィーンが拳を握った。あまりに強く握り締めたためか、マニピュレーターが破損し、構成する部品が辺りに砕け散った。
「我々は多くの人間を殺してきた! 今更、許されるはずがない……! 友達など……そんなもの、許されるはずがない……!
 なのに……」
 ホワイトクィーンは震えていた。搭乗者たるサタディの感情に反応してか、ホワイトクィーンの全身は微かに震えを見せていた。
「――なのに、なぜこうも魂が安らぐのだ……!?」
 ホワイトクィーンの頭部、人間で言う所の『目』からオイルが流れ落ちた。

 ホワイトクィーンの目から流れ落ちるオイルは雨粒に掻き消され、瞬く間に消えていった。
 しかし、その場に集う契約者たちは見た。確かに、ホワイトクィーンが涙を流したのを。
 成り行きを見守っていたサイクロンが、スピーカー越しに告げた。
「力になれるなら、力になるよ! また眠りに就くとしても、この世界で生きていくにしても、ボクたちが力になる!」
「ああ、約束する。復讐がお互いの命を奪ってきたのは確かだ……。人と機晶姫、そして機甲虫が元の鞘に収まるために、我も力となろう」
「ヒーロー大原則ひとーつ! ヒーローは約束を破っちゃいけない! って知ってるわけ無いよね……」
 続けて、サイクロンの隣に佇むザーヴィスチが静かに見解を述べた。
「人類を敵視しないのであれば、それで構いません。……あなたたちが多くの人々の命を奪ってきたのを、決して忘れないで下さい」 
 最後に魂剛。傷ついた魂剛のコクピットから、唯斗が這い出してきた。
 唯斗はコクピットから出るなり、降りしきる雨の中、こう叫んだ。
「サタディ! まずは俺と友達にならないかぁぁぁぁぁぁ!」
 直後、魂剛のサブパイロットを務めるエクスが唯斗の頭をはたいた。
「やれやれ……。サタディよ、この馬鹿の言う事は気にするでない」
 唯斗とエクスのやりとりに、ザーヴィスチが肩を竦めた。
 イコン各機の反応を確認したアンシャールは立ち上がり、ホワイトクィーンの拘束を解いた。
「サタディ、貴女を知りたい、友達になりたいって人は沢山いると思います。だから……もういいんですよ」
 歌菜の言葉に応えるかのように、ホワイトクィーンのコクピットハッチが開いた。
 コクピットの奥底から現れたのは、白い機晶姫ことサタディその人だった。
「………………」
 サタディは俯いていた。雨に遮られてよくは分からないが、悲しみを堪えているようにも見えた。
 殺気の類は無い。戦う意志は無いらしく、サタディはじっとイコン各機を見据えていた。
 誰もが沈黙を通す中、アンシャールに乗る歌菜が静かに、しかし確かな声で告げた。
「私たちを……信用してくれるんですね?」
「……さあな」
 サタディはそっぽを向いた。これまでの戦闘で失われた命を思えば、簡単には首を縦には振れない。彼女の態度はそういう風に思えた。
 何にせよ、サタディにこれ以上争う気が無いのは確認できた。ここに至るまでに苦難はあったが、サタディの説得には一応成功したのだ。
 事件の収束を感じ取り、皆が警戒を緩めた――その瞬間だった。
『とんだ見込み違いだったようだな』
 サタディの背後から、不気味な轟きを伴う電子音声が響き渡った。
「ぐっ……!?」
 サタディがその場に蹲り、苦悶の声を上げる。イコン各機が各々の反応を返す中、サタディの背中から小さな虫が飛び出す。
 それは、とても小さな虫だった。通常型の機甲虫をカブト虫に例えるなら、その虫は幼虫とも言うべき姿形だった。
『人間などに感化されるとはな……。貴様を選んだのは間違いだったようだ』
 電子音声の発生源は、その虫だった。サタディの足下に転がる虫が蛇のように鎌首をもたげると同時、地中から機甲虫・通常型が湧いて出て来た。
 1匹2匹という数ではない。地面の下に潜んでいた無数の機甲虫が一斉に目を覚まし、宙に飛翔を始めたのだ。機甲虫の大移動によって地が震え、巨大な震動としてイコン各機に襲いかかった。
「何が起こっている……!?」
 羽純の問いかけに答えるかのように、機甲虫が群れ集い新たな姿を形作っていく。機甲虫が歯車と化し、動力管と化し、電子回路と化し、次々と組み合わさって、腕を、足を、腹部を、胸部を、首と頭部を形成していき、遂にそれは誕生した。
 ――全高300メートルを超える機械の巨人。この場に集うイコンの特徴を全て取り込んだ、キメラじみた巨人だった。
 イコンを遥かに上回る威容を前にして、契約者たちは呻いた。
「あれも機晶テクノロジーが生み出した生物なのか……!?」
 問いかけに答えたのは、サタディの足下に居座る虫だった。
 その虫は――明確な人の言葉を以て契約者の問いに答えた。
『貴様らは何か勘違いしているようだな。私たち【機甲】の一族は、機晶テクノロジーと並行して共に開発され、産み出された存在だ。機晶テクノロジーとは、いわば異母兄妹とも言うべき間柄になる』
「何だと……!?」
 契約者が視線を返した瞬間、虫の姿がかき消えた。
 空間跳躍だ。小さな虫は瞬時にして巨人の手の平の上に移動すると、イコン各機を睥睨した。
『人間は我ら【機甲】の一族を捨て、【機晶】の一族を選んだ。私たちを失敗作として扱い、大廃都に投棄したのだ。
 失敗作の烙印を押された我々の恨みが、貴様ら人間に分かるか……?』
 殺気看破やティテクトエビル、超感覚などのスキルを持つ契約者たちは瞬時に理解した。
 ――あの虫だ。あの虫こそが、サタディの脳に取り憑き、彼女の感情を異常なレベルに増幅させていたのだ。
「サタディ……名前から思い浮かべるのは曜日。そして語源となった七曜の一つ、土星。白機の王に寄り添う……」
 佐那がザーヴィスチ越しに呟く。
 巨人の手の平に乗る虫は、明朗な声で応えた。
『ご明察。私の名は、【サイクラノーシュ】。人間は私を白機の王と呼んでいたようだがな……』
 サイクラノーシュと名乗った虫は、再び空間跳躍した。
 直後、全高300メートルの巨人に明確な殺気が宿った。恐らくは、サイクラノーシュが巨人のコクピットに跳躍したのだ。
『我々と戦え、人間』
 ブゥゥゥン……という重い駆動音を立てて、機械巨人の瞳に緑色の光が灯った。雨が降り注ぐ暗い空を、緑色の輝きが照らし出す。
 あまりの威容にイコン各機が再び武器を取る中、サイクラノーシュは淡々と告げる。
『貴様らと戦い、我らは学習する。人類の作り上げた環境に適応し、我々はより高次の存在へと生まれ変わるのだ。
 いつかは貴様らを追い越し、次世代の人類に成り代わってみせよう。現生人類に失敗作の烙印を押し、歴史の闇に葬り去ってやろう』
 機械巨人には静かな殺意が宿っている。この巨人を野放しにしては、危険……いや、危険すぎる!
「抗わせて貰おうか……!」
 羽純が声を上げ、アンシャールが【暁と宵の双槍】を繰り出す。ザーヴィスチが機体脚部の爪先に内蔵した【新式ダブルビームサーベル】で旋風回し蹴りを放ち、サイクロンがパイルバンカーを放つ。唯斗とエクスも魂剛を乗り直すと、布都御霊を振り上げた。
 4機による攻撃だ。効果はあった。イコンの攻撃によって巨人の脚部装甲が削れ、内部回路が露出した。
 だが巨人は意に介さない。己の損傷など知ったものかと言わんばかりに、余裕を見せている。
『その程度ではあるまい。もう少し、本気を出せ』
 サイクラノーシュが緩慢な動きで腕を前に突き出した。手の平から黒いエネルギー波が迸り、ホワイトクィーンに襲いかかる。
 誰もがこちらを攻撃してくると思っていただけに、ホワイトクィーンへの攻撃は予想外だった。漆黒のエネルギーは蛇の如くホワイトクィーンを締め上げ、空中に持ち上げた。
「ぐ、うぅっ……!?」
 コクピットのサタディが苦悶の声を上げる。エネルギー波に拘束されたホワイトクィーンは、とある方角に向けて空中で固定された。
 ホワイトクィーンの先にあるのは――アルト・ロニアだった。サイクラノーシュの狙いを察知した歌菜は、声を上げた。
「やめ……!」
『機晶姫も人間も、滅びよ』
 サイクラノーシュの淡々とした言葉と共に、ホワイトクィーンが射出される。黒いエネルギー波が強烈な推進力として働きかけ、ホワイトクィーンを弾丸のように弾き飛ばしたのだ。
 言うならばイコン型機甲虫を爆弾として投げるようなものだ。高速で発射されたホワイトクィーンの軌道に衝撃波が舞い、針葉樹が根本から吹き飛んで宙を舞った。
 その場に集う誰もがアルト・ロニア消滅を予感した時――駆け付ける者たちがあった。
「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
 それまでナイトの相手をしていたイコンたちである。高機動状態に達したノイエ13が、ウィンドセイバーが、クェイルが、ゴスホークが、マルコキアスが、閃電が、らいでんが、 ストーク強行偵察型が、そしてアイランド・イーリが、アルト・ロニアの前に回り込んだのだ。
 凄まじい爆発が起きた。純白のエネルギーが球状に膨れ上がり、破裂した。生じた衝撃波が雨風はおろか上空を覆う雲をも吹き飛ばし、空が晴れ上がった。
「イコン各機、損傷多大……! 任務続行、不可能……!」
 イコンたちが盾になったお陰で、アルト・ロニアにそれほどの損傷は無かった。だが、イコン全機はこれまでの戦闘と今の爆発により、戦闘行動が不可能までに破壊されていた。
「撤退するしか……ないのか……!」
 契約者の誰かが呟いた。それは、覆しようのない事実だった。
 イコン全機は残ったエネルギーを消費し、その場を離脱した。後に残ったのは、戦火の痕跡と、離脱できなかったイコンたちの残骸だった。
 威容を誇る機械の巨人――サイクラノーシュは、アルト・ロニアを見つめ、淡々と言葉を重ねた。


『貴様らに、少しばかりの猶予を与えよう。
 準備を整えておけ……我々の次なる進化のためにな』