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第3章 校長に相談


 校長・桜井 静香(さくらい・しずか)の相談室は、彼の服装や雰囲気と似合う穏やかな配色がされた部屋だった。アイボリーの壁紙に、白と薄いピンクにささやかなフリルがカーテンや調度品を飾っている。
 上品ななかに可愛らしさを感じるソファに深く座った祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)は、ぴんと背筋を伸ばしている。
 静香は自分よりも年下で、祥子よりも幼いところがある。けれどこれは教育実習生としての礼儀でもあり、春からは正式に教師として採用される――学校と、雇用関係を結ぶためだった。
「……そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。いつも通りで」
 静香はにこにこ笑っている。ファイルを一瞥すると、
「来年からは祥子先生だね。宜しくね」
「宜しくお願いします。ですが……そのことなのですが、気がかりなことが幾つかあって……」
「心配なことがあったら、何でも聞いてね」
 静香はきっと、服装や髪型や、授業の進め方を悩んでいるのではないかと思っているのだろう。
 祥子にも教師としてうまくやっていけるのか、という心配がないわけではない。しかしそれよりももっと気になることがあって……、
「関連の清算や事件の解決と教師としての活動をどう両立させたものか、という悩みでして」
 学生の頃は、事件の解決のために休日は勿論、授業を休んでもそれほど問題なかった……というより、解決を推奨されるようなところもあった。しかし教師になって担当――新任でクラス担任はありえなくても、教科担任はありうる。
「パラミタはこれからが土壇場になります。また色んな地域で事件が起こるでしょう……そうした場合、当然協力の依頼をされることになりますが……」
 遠方の関わりのある人達が危機に瀕した場合、助けに行こうとすると長期間留守にしなくてはいけない。授業を放りだして、長期不在をしていいものだろうか。特に百合園は契約者ではない一般の生徒も多い。
「今まで関わってきた事件はいくつもあります。コンロンの世界樹西王母。マホロバの幕府や世界樹扶桑。エリュシオンの新帝……ただ助けに行くのではなく、進路の報告や清算になることもあると思います。けれど新任の身で、社会人として無責任ではないかと」
「うーん」
 静香は首をひねっている。
 祥子も解決策、というか、二足のわらじを履く方法は考えいる。暫くは非常勤という立場でなら何とかなるかもしれない。
 しかしそれを自分からは言い出せなかった。彼女が自身の立場を言葉で表すなら俎上の魚。
(紆余曲折とか学校側への負担を掛けて今に至る身だもの。個人的な問題でこれ以上学校に負担を掛けたくないしかけられない)
 そう思う一方で、深く関わった以上は最後まで見届けたいという気持ちがある。
「堂々巡り、です。誰かの人生に関わろうっていうのに、自分の人生も決められないでいます。桜井校長やラズィーヤ様になにか妙案があれば、と……」
「今更教員として不採用、っていうのは考えてないんだけど……僕が今幾つか考えた案を言ってみるね。一緒に考えてみよう」
 静香は畏まったままの祥子に紅茶を勧めると、わざと気楽な調子で言った。
「ひとつめは、教育実習を延長して、就職を来年に延ばすこと。
 ふたつめは、教師として勤めて、事件は授業に影響のない範囲で関わること。もしくは授業を放って事件を解決しに行くこと……これは祥子さんと百合園が無責任になっちゃうからあんまり好きじゃないけどね。
 みっつめめは……僕としてはお勧めなんだけど、事件が落ち着くまで非常勤で働くこと」
「非常勤で……いいんでしょうか」
「今のところ先生が不足していたりしないし、世界に事件だって、どっちも百合園に大事なことだからね。落ち着かないなら非常勤の方がいいと思う」
 ただし……と、静香は指を立てて言って。祥子はごくりと喉を鳴らす。
「場合によっては学校からの派遣や出張扱いになるからね。学校の承認を貰って、先生として恥ずかしくない行動をしてね。で、帰ってきたらレポート提出してもらおうかな」
 静香は、まだ時間はあるからゆっくり考えてね、と言って。
 祥子は頭を下げると立ち上がって、ドアノブに手をかけた。