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リアクション
生徒集め
『ここで、一つ私的? な宣伝になるんですが、皆さんはニルミナスという村を知っているでしょうか?』
綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)のそんな言葉がラジオを聞く人たちの耳に届く。
『そこは温泉とかあるのどかな村ですわ』
アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)もまた同じように言葉をラジオにのせる。
『そこについこの間音楽学校の校舎ができたんです』
『その開校があと一月後と迫っていますわ』
さゆみの後にアデリーヌはそう言う。
(……改めて思いますがむちゃくちゃですわね……)
そんな思いがラジオに乗らないように気をつけながらもアデリーヌは思うことをやめられない。
(開校一ヶ月前まで生徒を募集するのを忘れるなんて普通考えられませんわ)
パートナーであるさゆみはある意味大物なんじゃないだろうかと言っていたが、それはさゆみだから言えることで普通に考えたら『酷い』の一言だろう。
『いまなら、教師になった私たちがあなたの担任として、きっちり基礎からお教える予定です』
それでも、教師としての仕事を受けた以上、生徒がいないという状況は避けたいし、遅かろうが生徒集めをしようとさゆみの提案にのってこうして自分たちが出演するテレビやラジオで音楽学校の生徒を募集していた。
『入学はいつでもできるらしいので、来月に間に合わなくてもいつでも音楽学校にきてもらえると嬉しいですわ』
『温泉を楽しみつつ、歌や楽器演奏、作曲といったことを学べる……入学時期だけじゃなく在学期間も自由なので、時間に暇ができたら気軽に入学してもらって大丈夫です』
それととさゆみ。
『こっちは完全に私的な宣伝になるんですが、音楽学校の開校に合わせて私達<シニフィアン・メイデン>がミニライブを予定しています。音楽学校は入れないよって人たちもできれば見に来てくれたら嬉しいかな』
『音楽学校の開校に合わせて新曲も作っていますわ』
そこが新曲の初披露になるだろうとアデリーヌは言う。
『私達も教師ってことでどうなるか不安と期待でいっぱいだけど、音楽学校を盛り上げて行こうと思っているからよろしくね』
それを最後に音楽学校の宣伝を終えてもとの本筋に戻る二人。
(たくさん集まるといいですわね)
いろいろ思うところはあってもそこはパートナーと一緒なアデリーヌだった。
「うゅ……こどもたちからはなし、きいてきた……の」
ニルミナスの村の広場。話をするローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)と瑛菜のもとにそう言ってくるのはエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)だ。エリシュカは音楽学校の生徒を集めるのに当たり、村の子どもたちからどんなことに興味をもつかということをアテナと一緒に聞いて回っていた。
「ふむふむ……ありがとうエリー、アテナ。参考になるよ」
エリシュカたちの持ってきた話を受けて瑛菜はそう言う。アリス種である二人の聴きこみは子どもたちの目線に立ったものであり、子どもたちが音楽にどうやれば興味を持ってくれるかというのにとても参考になるものだった。
「うゅ……ぴーあーるにやくだつ……?」
「そうね。方向性は大分決まりそうよ。ね、瑛菜?」
ローザマリアの問に瑛菜は頷く。
「よかったね、エリー」
「うゅ」
アテナと一緒に嬉しそうなエリシュカ。
「それじゃ、そろそろゴブリンとコボルトたちの集落に行きましょうか。方向性も決まったしPR取りに行かないと」
生徒集め。その話を瑛菜に相談されローザマリアが出した案は以前にも言ったPR映像の作成だ。観光客たちから生徒を募集するための映像をPRの中に入れ込む。
そのPR内容の中で主軸となるのは音楽を介した異種族間理解。……つまりゴブリンやコボルトたちとの演奏だ。
「もういちど確認するけど……これは、様々な場所でのライブ、色々な音楽を経験した私達にしか出来ないビッグプロジェクトよ」
住んでいる場所が違うだけでも音楽というのは大きく変わってくる。それをすりあわせて一つの音楽とするのは酷く困難だ。
「……大丈夫? 瑛菜」
「今更。出来なくてもやるに決まってんじゃん」
それを最初にその案を聞かされたときと同じように即答する瑛菜。
「そうね。瑛菜にアテナ、それに私達が一緒なんだもの。出来なくてもできるようにするだけよね」
いろいろなことを一緒にやってきた。これくらいの困難であれば幾度と無く超えてきた。
「よろしく頼むよ。ローザ。エリー」
瑛菜の言葉にローザマリアとエリシュカは頷く。
後日、開校の2週間前になるが、PR映像はローザマリアたちが望むとおりに無事完成した。
「今度、ニルミナスで音楽学校が開口します。興味がある人はどうぞ」
ザンスカールの街。そう言って通る子供(小さな子から十代後半まで)に音楽学校のパンフレットを渡すのは赤城 花音(あかぎ・かのん)だ。
「リュート。いい感じだね」
パンフレットを一束配り終えたところで花音は一緒に配っていた相手リュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)にそう言う。
「花音の知名度があるから受け取ってもらっているというのが大きいと思いますよ。そこから実際に入学しようという人は大分少ないでしょう」
「うーん、そうなんだ」
残念そうな顔をする花音。
(といっても、その数は思ったよりも少なくはないと思いますが)
これも花音の影響とも言えるが、ザンスカールの街で潜在的にアーティストに憧れている人は少なく無いとリュートは思っている。そしてその憧れを形にする場としてイルミンスールはそこまで適しているとは言えない。近場にそのための学校ができるとなれば、それなりの数が見込めるだろう。
「でも、受け取ってくれる人の中に、絶対入学しますって人もいてくれたし……そういう人たちが楽しく学べる学校になるといいね」
花音は言う。
「もちろん、楽しいだけじゃなくて、音楽だけで生きていけるように技術を学べる場所でも行けないけどね」
「そのために、花音が臨時教師として音楽学校に所属するんでしょう?」
「うーん……そこまで自身はないんだけどね。でも、時間と実力が許す限り頑張るよ」
「花音なら出来ますよ。きっと花音が願う音楽学校に花音なら近づけさせることが出来ます」
音楽を楽しめる学校に。音楽を愛する花音ならきっと。
(もちろん、僕もそれを支えますしね)
「っと、そうだ。公演ライブはもうすぐだっけ?」
花音の確認。音楽学校の生徒募集を兼ねた小さな公演ライブはもうすぐだった。
「ええ。パンフレットもだいぶ捌けましたし、そろそろ準備に行きましょう」
音楽学校を盛り上げるため、二人は小さなことから大きなことまで頑張るのだった。
「♪〜」
ニルミナスの空き地。草の生える緑に囲まれたそこに作られた小さな野外パーティー会場。そこにあつまる村人たちに、歌うように、あるいは踊るように給仕をするのはロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)だ。歌に合わせてロレンツォは美味しい紅茶を淹れていく。
「熱いから気をつけて飲むネ」
そして小さな子供にそう言って飲むのを促す。
ミュージカルのように、楽しく旋律に合わせたスイングで優雅に給仕するさまは一つの芸術だ。
(音楽の楽しさ、少しでも分かってもらえるといいネ)
音楽学校の生徒集め。それの助けになるようにとロレンツォが思いつたのはこの優雅な音楽パーティーだった。この中で子どもや大人問わず音楽の楽しさを知ってもらいたい……そうすれば入学希望者も増えるんじゃないかと考えての事だった。
(少し行儀が悪いかもしれないけど……)
そして子供向けにやるのは打って変わって優雅とは少しばかり言えないパフォーマンス。
食器を楽器代わりにした『がちゃがちゃどんどん』とした『音楽』。
「これも立派な『リズム楽器』ね」
子どもたちはそれで奏でられる『音楽』に合わせるように体を揺らす。
(音楽を体で感じる……これは大事ネ)
そうして、ロレンツォは優雅でいてどこかのどかな雰囲気のするパーティーの中音楽の楽しさを村人たちに伝えるのだった。
「というわけで『オープンキャンパス』期間を作りましょうミナホちゃん」
ミナホの部屋。そこにやってきたレオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)は珍しく真剣な表情でミナホにそう詰め寄る。
「はぁ……オープンキャンパスですか?」
「ええ。今でも『ノクターン音楽学校』は入りやすいにやめるのも簡単で、他の学校に比べれば気軽に入学できると思うわ」
でもとレオーナ。
「それでも、本入学ってなると尻込みしちゃう子っていると思うのよ。そういう子が音楽学校の楽しさを知らずに敬遠しちゃうのはもったいないと思うの」
「そのための『オープンキャンパス』ですか?」
「ええ。どうかしら?」
「それだとこんどの開校には間に合わないことになりますよね?」
「ええ。でも、ノクターン音楽学校のその後を考えるなら必要だと思うわ」
「なるほど……確かに仮入学制度だけでは尻込みする人もいそうですね。こんどの開校には間に合いませんが開校と平行して募集をしてみましょうか」
「よかった。それでもう一つ提案があるんだけど――」
(うぅ……レオーナ様があんなまともに……)
はらりと一つ小さな涙をながすのはクレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)
(春の陽気のせいかレオーナ様は『状態異常:まとも』になっている様子……ずっと続かないでしょうか)
おもに自分の心労的な意味でそうあることを願うクレア。
「――っと、コホン」
感動しているだけじゃなく自分も話をしなければとクレアは一つ咳をする。
「もちろん、オープンキャンパスまで何もしないというわけではなく、わたくしとレオーナ様で観光客の方を丁寧に案内、その中で音楽学校への入学を誘おうとは思っています」
ただとクレア。
「流石に他の皆様がやっているような効果は出ないでしょうが……」
他の契約者はラジオやらなんやらで広範囲で行動している。村に来る観光客を捕まえてもそれらに比べれば効果は薄いだろう。
「十分ですよ」
とミナホ。
「……いいえ、十分すぎます」
なぜならとミナホは続ける。
「この村をよく知っているお二人が顔を合わせて入学希望者を探してくれる。これで足りないなんて言ったら怒られちゃいます」
ミナホは知っている。この二人がこの村を好きでいてくれていることを。
ミナホは覚えている。この二人が自分を支えてきてくれたことを。
「ミナホちゃん……うん。それなら期待に答えないとね」
「はい、レオーナ様」
頷く二人とともにミナホもまた地道に動くのだった。
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