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リアクション
祝福が聞こえる
「「「「……ケーキ?」」」」
4人の声が不思議そうにハモる。
千返 かつみ(ちがえ・かつみ)、エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)、千返 ナオ(ちがえ・なお)、そしてナオのフードの中のノーン・ノート(のーん・のーと)が、テーブルの真ん中に現れた「ケーキ」を取り巻くような形になって見ている。
非常に小ぢんまりとはしたサイズだが、一応丸く設えられたホールケーキだ。周りをぐるりと赤いリボンで飾られ、上には蝋燭が1本立てられている。
一緒にジュースのコップも出てきた。オレンジのような何か赤っぽいような橙色っぽいような色の液体で満たされている。
「どうやら、『1歳の誕生日ケーキ』みたいだな」
かつみが呟いた。
「そうだね。でも」
その後を引き継いでエドゥアルトが言う。
「――誰の?」
それはこの場にいる全員の疑問だ。
『無人茶寮』の話を聞いたかつみは、何となく興味を持ち、パートナーたちを誘って試験営業に来てみた。
けれど、どんな料理が出てくるかは、全く予想がつかなかった。自分の来し方を振り返ってみても、これといったものが特に思い当らなかった。
何が出てくるか、は行ってみてのお楽しみだな。そんな感覚で来たのだった。
「……うーん」
クリームを纏った可愛らしいケーキを前に、かつみは首を捻る。
「俺は……違うだろうな。お祝いしてくれそうな人の心当たりはないし」
長い間独りで生きてきた。過去を振り返って、そんな風に記念日を祝福してもらったという心当たりがない。
「私も……違うと思う」
エドゥアルトも呟く。
生まれてすぐに一族を追放され、世話する人も最低限の接触しかしてこなかった。祝われてはいないだろう。
「私も違うな」
ノーンも続けて断言した。
ノーンが生まれた時にはもう、すでに持ち主は亡くなっていた。祝ってくれる相手に心当たりがない。
こんな風に列挙すると何だが哀しくなってしまいそうな事実だが、それはさておき、取り敢えず消去法で――
「とすると、ナオ?」
「……え?」
かつみに言われて、ナオは目を丸くした。
当惑したように、その目をケーキに移す。
「これ……俺の誕生日ケーキ? でしょうか?」
消去法で一番可能性が高い、となっても、彼にも覚えはないのだ。
ケーキを上から横から、矯めつ眇めつ眺めるが、何かこれと断言できるような記憶は出てこない。
「思い出せないです……」
「まぁ、何しろ1歳だからなぁ」
しっかりした記憶を求める方が無茶なのだろう、とかつみは腕組みした。
「とりあえず、みんなで一口づつ食べてみようか?」
実際食べてみれば何か思い出すものがあるかもしれない、と、エドゥアルトが提案した。
そこで、それに従ってみんなで、端からフォークで少し崩して一口食べてみる。
「……」
「……はっきりしない味だね」
もそもそと咀嚼し、嚥下する。
決定打は見つからない。
「記憶から魔法で情報を引き出して反映させて料理を作ってる、っていうシステムだったら……
元となる記憶が曖昧だから、魔法でもこれが限界なのかも。
1歳じゃ、あまり記憶に残ってないだろうし」
エドゥアルトがそんな見解を口にする。
「なるほど」
その横で、ケーキを食べたナオは、先程とは少し違う表情でこのケーキを見ていた。
「どうした、ナオ? 何か思い出したか?」
ノーンに後ろから訊かれると、ナオはそちらに首を向けて、
「……ジュースも、ケーキも味、分からなかったです。
でも。なんだか、あったかい気持ちになるんです。
不思議なんですけど、絶対美味しかったはずって思えるんです。味は感じないのに」
一生懸命言葉を選びながら、自分が感じる不思議な気持ちを伝えた。
「――やっぱり、ナオの誕生日ケーキのようだね。その反応だと」
「そうだな」
エドゥアルトが微笑み、かつみも頷いた。
「まだ1歳なら、話し始める前だ。
『いつ』とか『どこで』とかいう情報の認識は難しいだろう。
映像とそれに紐づく感情が残っているだけでも上出来だ」
ノーンもうんうんと頷きながらそんなことを言う。
「これだけ覚えてるくらいだから、赤ん坊のナオは食いしん坊だったみたいだな」
ナオは、嬉しさ半分、戸惑い半分といった表情をしていた。
「1歳の誕生日のお祝い……俺の親が、祝ってくれた……んでしょうか?」
その事実が意外すぎてすぐには飲み込めない、とでも言いたげな顔だった。
「きっとそうだろうな」
その戸惑いを断ち切るように、かつみが言った。
ナオが強化人間の研究所に送られる前に一緒にいたはずの彼の両親に関しては、ナオの救出後、かつみたちも一通り捜索してみたのだが、情報が少なすぎて断念せざるを得なかった。
ナオの捜索願が出された形跡もなかった。
ナオ自身もまた、家族に繋がるめぼしい記憶がなかった。
それだけに、突然こんな形で家族との繋がりを示すものが出てきたことに驚いているのだろう。
ケーキとジュースをテーブルに用意して、幼い我が子の誕生日を祝う両親。
見知らぬその姿を空想しながら、かつみは言った。
「残りはナオ食べていいぞ」
「え、けど……」
「あったかい気持ちになるんだろ?」
「そうだな、これはナオのためのケーキだからな」
ノーンも同意する。横でエドゥアルトも頷いた。
ナオは少しの間、遠慮するような皆に悪いような気持ちだったに違いない。当惑するような表情で一同の顔をケーキとを見比べていた。
だが、しばらくして「じゃあ…」と、ゆっくりした動作でフォークをケーキに伸ばした。
「仮定だが、初めて食べたケーキの印象が強かったのかもしれないな。
そういう意味では『何より強く心を引きつけた食べ物』とも言えるな」
ノーンがフードの中で話しているんを聞きながら、ナオはゆっくり、丁寧に、味わってケーキを食べていた。
――味はぼんやりとしかしないのだけど……
「ずっと思ってたんです」
やがて、ぽつりぽつりとナオは話し始めた。
「俺の親は、何で俺を研究所に渡したんだろう?
俺の事がいらなかったのかなって……」
「だけど、こんな風にお祝いしてくれたって事は――
もしかして俺の事好きだったんだって、思ってもいいでしょうか……?」
「きっとそうだろうな」
かつみが言った。
「味ははっきり覚えてなくても、食べていてあったかい気持ちになれるってことは……
それを食べていた時本当に、祝福されてあったかい気持ちだったことだろう」
ナオの顔にほわっと明るい色が射す。
胸の奥がじんわりと、くすぐったいような、奇妙な感じで……
笑いたいようなそれでいて涙が出そうな、不思議な気持ちが溢れてくる。
エドゥアルトはにこにこしながら、そんなナオを見つめている。
――きっとずっと昔、こんな風にナオを食べるのを、家族は嬉しそうに見てたんだろう。
今はその家族はいないが、かつみ、エドゥアルト、ノーン――仲間たちが、ケーキを食べるナオを笑顔で見守っている。
その温かな視線を受けると、不思議とナオの中で、ケーキの味ははっきりと甘く、優しい味を醸し出してくるように思われた。
あの時もそうだったと、心の奥にしまわれた何かが教えてくれるような気がした。
それを心の中で反芻するように、一層丁寧にナオは味わうのだった。
(……もう一度、捜してみようか)
ナオを見つめながら、かつみは考えていた。
ナオの捜索願を出されていないと分かった時、正直、ナオの考えていたような事情が頭をよぎらなかったわけではない。ナオの家族を捜すのを諦めたのには、捜し出しても喜ばしい結果にはならないかもしれないという思いがわずかにあったからだということは否定できない。
望まれていなかったと知るくらいなら、と。
でも。
(少なくとも、こんな風に誕生日を祝ってくれる家族がいたんだ)
自分や他の仲間にはなかった、生まれたことを祝福する声を聞いた記憶が、思い出せはしなくても彼にはあったのだったら。
捜し出す価値はあるかもしれない。
料理を食べていないのでお腹は空いたが、かつみは充分に満足していた。
空腹はまた別のどこかで満たせる。その時も仲間たちと一緒に、かもしれない。
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