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一会→十会 —鍛錬の儀—

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【頂上を目指して・2】


 パラミタ――とりわけシャンバラの契約者達の周囲では、このところ『君臨する者』たちの気配が、そこかしこに現れ始めていた。
 とはいえ、現在のところ差し迫った脅威はなく、登山自体はどこかのんびりとしたものだった。それはメンバーにも原因があるのかもしれない。
 アレクの大太刀を鍛えたのが北門 平太であるという話を聞いて、多くの者が驚いた。忍野 ポチの助もその一人――いや一匹で、
「む……鈍くさの分際でアレクさんのお役に立っていたなどと!」
と一しきり怒った後、「まぁ、本来僕の一番弟子なので当然ですね。その調子で修行の成果を見せるがいいのです」と勝手に納得し、命令していた。
 ちなみにポチの助はビグの助に乗っていこうとしたのだが、豊美ちゃんに「ハイナさんの申し付けに従ってください!」と叱られ、(あんなの嘘に決まってます)と大方の契約者が思う所に行き着いていたものの、結局は徒歩になっていた。
 そんな一人と一匹の様子をほのぼのと眺めているのが、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)である。
「……ポチは今日も平太さんと仲睦まじく安心です」
「あれを仲睦まじいと表現するか」
 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)は息を吐いた。彼はフレンディスほどには、呑気になれなかった。敵――妖怪かもしれない、そうでないかもしれない――がいつ何時襲ってくるか分からない。出来れば二度と来たくなかった場所である。それほどまでに、前回の登山は、キツかった。
 せめて、術が使える間に体力を温存しておくべきだろう、とベルクは考えた。
「って、言ってる傍から!」
 フレンディスは先頭を歩くスヴェトラーナに対抗意識を燃やしたのか、いつの間にかずんずん先を行っている。
「ジブリール、お前はすべきことを分かっているな?」
「オレも自分の体力試したいんだけどねえ」
 ベルクに睨まれ、ジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)は苦笑した。
「分かってるよ。オレは平太さんやアッシュさんにくっついてる」
 ジブリールはスヴェトラーナ同様、道順を記憶していた。こんな山中であるからどこまで信用が置けるか分からないが、はぐれたときには役立つだろう。
「ちょっと、楽しみだね」
 ジブリールはくすりと笑った。


「よかったですね。ダイエットになりますよ」
と言ったのは、平太を挟んでポチの助と反対側を歩くニケ・ファインタック(にけ・ふぁいんたっく)だ。
「僕、そんなに太ってません。そう見えるだけです」
 平太はぷうっと頬を膨らませた。十七歳になっているはずだが、そういうところはまだまだ子供っぽい。だがいつものツナギではなく、刀を打つための装束――としてハイナが指定した白装束――を着た平太は、いつもと違っていてニケをどぎまぎさせた。
 それを悟られまいと、話題を変える。
「先日空京で、メアリーを見つけまして」
 メアリー・ノイジー(めありー・のいじー)はニケのパートナーだ。
「本当ですか!?」
 平太の顔がぱっと輝く。ニケとメアリーの状況は、かつての平太とベルナデット・オッドに似ている。故に平太には、他人事と思えないのだ。
「……逃げられてしまいましたが」
 それどころか捕まって首を絞められ打ち捨てられたのだが、それは言わないでおく。平太がとたんにがっかりした顔をした。他人のことなのに、本気で落ち込んでいるようだった。
「――まあでも、まだ諦めませんよ」
 せっかちで短気な自分が、随分気長になったものだと思う。のんびりした平太との付き合いも、多少は影響しているかもしれない。
「そのためにも――新しい武器が欲しいものですね」
「……頑張ります」
 猛烈なプレッシャーを感じて、平太は思わず唾を飲み込んだ。


「つーか、面倒くせぇ。普通に行けばいいだろ」
 一行の殿部分を進みながら、高柳 陣(たかやなぎ・じん)は実にやる気のないというか何か言いたそうな顔を終始浮かべていた。今の彼のツッコミ対象は、力の一部を制限した状態で山登りをしなくてはならない、という点であった。
「あら、陣だって二つ名もらえたら楽しそうでしょ? 大丈夫、私が陣とティエンの分も考えてあげるから♪」
「わーい!」
 陣のそんな態度もいざ知らず、ユピリア・クォーレ(ゆぴりあ・くぉーれ)は二つ名という響きにうっとりとしていたし、ティエン・シア(てぃえん・しあ)はよく分からないけどユピリアが「みんなで付けましょ」と言ったからそれでいいかな、という思いでいた。
「……それは勘弁してくれ」
 ユピリアに任せたが最後、不名誉な二つ名を付けられかねない。陣はそれだけはなんとしても阻止するべく、二人を(特にユピリアを)勝手に進ませないようにしようと声を発した。
「ユピリアとティエンは、なるべく視界に入る範囲にいろ。特にユピリア、金玉とか出ても追いかけるな。取りに行くな」
「だ、大丈夫よ、そんな事しないわ。
 ……それにほら、私、陣の物の方が――」
「ハリセンチョップ! ……ってこれはスリッパだがまあいい、とにかくそういう気分だ!」
 最初は視線を泳がせていたユピリアが、陣の下腹部をいかにもな色を含んだ目で見つめた瞬間、陣の標準装備であったスリッパが疾風の速さでユピリアの顔面にクリーンヒットした。
「いったあああぁぁぁ! ちょっと陣、女の子の顔を打つなんてひどすぎ! 何考えてるの!」
「お前が変なことしてるからだ。……行くぞ、バカなことしてる間に引き離されてる」
 ユピリアの抗議を受け流し、陣が先を促す。ムッとしたユピリアだが、すぐに先程陣が口にした内容を思い出して身体をクネクネとさせた。
(そういえばさっき陣、俺の傍にいろ、って……キャッ♪ そんなに私の事を心配してくれてるのね)
 ……思い出した内容がまったく異なっていた。おそらくユピリアの内部で都合のいいように変換された挙句、スリッパではたかれてネジがすっ飛んでしまったのだろう。
「大丈夫よ、私は一生あなたの傍にいるから。……きゃ、言っちゃった♪」
「……もう一発ぶっ叩いておいた方がいいか?」
 ぞっとしない震えを覚えた陣がスリッパを抜き、ティエンが慌てて陣を止めにかかった。
「ほ、ほら、早くしないとスヴェータさんに置いて行かれちゃうよ?」
 一行の案内役を務めているスヴェトラーナはもうとっくに姿が見えないものの、使役しているペットが匂いをたどってくれる。……これもハイナの申し付けを厳格に守るならルール違反かもしれないが、常時でないのでギリギリレベルだろう。
「……。そうだな」
 冷静になった陣がスリッパを仕舞い、先を急ぐ。ユピリアは妄想空間を辺りに漂わせながら彼の後に続いた。
 ……彼らは最後まで知らなかったが、ユピリアのこのピンクというか紫というかとにかく危険だなと感じる空間は、妖怪をも遠ざける効果を発揮していたのだった。


「……ふふっ」
「ん? どうしたアッシュ、いきなり笑ったりして」
 突然自分たちを見て笑みを浮かべたアッシュに、千返 かつみ(ちがえ・かつみ)が首を傾げた。
「いや、ごめん。君たちを見ているとどうも、ピクニックをしているように見えてね」
 その発言で、かつみの視線が千返 ナオ(ちがえ・なお)へと向けられた。
「……犯人はお前だ」
「お、俺!?」
 犯人扱いされたナオが、飛び退いた拍子に背負っていたリュックサックからポロポロと中の物が転がり落ちた。
「おっと、危ない危ない」
 危うく地面に落ちそうになるのを、エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)がキャッチして事無きを得る。
「あ、ありがとうございます」
「……で、ナオ、それは何だ?」
 エドゥアルトから物を受け取り、ホッとした表情を浮かべたナオだったが、かつみからの指摘にうっ、と声を詰まらせた。
「こ、これは……体力回復のためです!」
「ふーん……まあ、チョコレートは確かに疲れた時にはいいよな。……そっちに持ってる冷凍みかんは?」
「…………チョコレートが溶けないためです!」
 決して夏だからというわけではない汗をダラダラと流しながら、ナオが懸命に言い訳をしていた。そういえば出発する前、妙に上機嫌で準備をしていたのをかつみは思い出していた。
「まあまあ、彼を悪く言わないであげてくれ。力の制限をされている今、ナオの心遣いはありがたい。
 あまりゆっくりもしていられないだろうけど、急ぎ過ぎても疲れるだけだし、少し休憩としないか?」
「……そうだな。俺もお神酒とか運んで疲れたし」
「じゃあ、荷物はまとめてここへ置いておこう」
 かつみやエドゥアルトが運んでいたお神酒等を入れたリュックがまとめて保管され、ナオのリュックからチョコレートやみかんが各人に配られていった。
「なんか、昔を思い出すな」
 みかんの冷たさを心地よく感じながら、アッシュがふと、過去を思い出すように呟いた。
「向こうの世界にもこんな習慣があったのか?」
「まあ、流石に同じ果実はなかったし、凍らせるのも魔法を使っていたけどね。母さんによく持たされたな……」
 そう話すアッシュの表情は、昔を懐かしんでいるようでもあり、今は決して見ることの出来ない光景に悲しんでいるようにも見えた。
「……うん、楽になった。ありがとう、分けてくれて」
「ああ、はい。良かったです、役に立って」
 アッシュが微笑を浮かべて礼を言うのに、ナオがホッとした表情で応えた。
「じゃあそろそろ、行こうか」
 エドゥアルトがリュックサックを持ってくる。かつみが渡されたリュックサックを背負って、よし、と気合を入れ直した。