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一会→十会 —鍛錬の儀—

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一会→十会 —鍛錬の儀—

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【禊】


「皆お疲れさま」
「まずはゆっくり休んで下さいねぇ〜」
 過酷な山登りを終え、待っていたのはミリアとスノゥら先についたもの達の労いと、温かなスープだった。暑い日ではあるが、塩気と水分が疲れた身体を優しく癒してくれる。
「冷たい飲み物もあるからね」
 ノーンが持参していたそれらを広げるのを見て、翠とサリアは頬をしょんぼりしていた。今のグループが最後尾だったようなのに、アレクがやってくる気配がないのだ。
「なんとか辿り着けましたね……」
 舞花が重い日本酒を下ろして息をつく声を聞いて、二人の中で今度は怒りのような気持ちが湧いて来た。行く時に「あとで」と手を振ってくれたのは、何だったのだろうか。
「……おにーちゃん、酷いの」
「おにーちゃん、来てくれるって信じてたのに……」
 約束を破る筈は無いと信じたい気持ちとガッカリした気持ちを綯い交ぜにしている二人の上に、背の高い影がかかる。
「お待たせ」
「おにーちゃん!!」
 揃って声に出し飛びついてくる二人の可愛い妹を受け止めるため、アレクは引き摺っていた『荷物』から手を離した。これを持っていたから遅れていたのかもしれない、とサリアは思う。
「遅かったの! 心配したの!」
 ぽかぽかと翠の小さな拳を受け止めているアレクの顔を、サリアは覗き込んで首を傾げた。
「血がついてるよ! どこか怪我……」
「大丈夫、何も無かったよ。心配かけてごめんね。
 ほら、俺達もミリアとスノゥの手伝いに行こう」
「は〜い!」「しゅっぱ〜つなの!」
 さくさくと進んで行く三人を遠目に、トゥリンと唯斗はアレクが山に不法投棄した『荷物』へ視線を戻す。
 氷結した身体は太陽の光りに反射してよくわからないが、この眼鏡は確実に……
「ハデスか。
 どうすんだこれ。完璧凍ってるじゃねえの」
「さあ、滝につけてみれば溶けるんじゃない?」



 ドドドドド――!!
 見上げれば、五十メートルはあろうかという滝である。マイナスイオンがたっぷり出ていそうだなあ、などと考えた者も何人かいた。
「こ、これを浴びるんですか……?」
 平太が滝を見つめ、呆然と呟いた。既に武蔵は離れているが、途中から自分の足で走ったために息も絶え絶えだ。顔中傷だらけ、手も足も擦り傷だらけで、一目見てベルナデットが、
「へーた! 誰にやられたんですか!?」
 さては先程の『君臨する者』の仕業かとベルナデットは怒り心頭だが、実は視界の悪い中走ったために、転ぶわぶつかるわであちこち傷だらけなのである。よく見れば平太以外も怪我をしているが、ベルナデットの目には入っていない。
 転んだとは言いづらく、「何でもないよ何でも」と平太は笑って見せたが、ベルナデットはますます君臨する者への怒りを募らせた。
「この滝には、多少の傷を治してくれる力があります! さあアッシュさん、平太さん、どうぞ!」
 豊美ちゃんがにこやかに言ったとたん、示し合わせていたように魔穂香が平太を、讃良がアッシュを勢いよく突き飛ばした。
「「ぎゃああ!」」
 二人分の水しぶきが上がり、――平太とアッシュは溺れた。


「ぶばっべぶぷふぅぷっごふっ!」
「目が覚めたかバカ眼鏡」
 と言う訳でハデスが昏倒から意識を取り戻したのは、滝の……頭と首と眼鏡に激しく打ち付けてくる水の中だった。後頭部はアレクの手にがっしりと固定されて、自由に動く事はかなわない。
 先程滝壺で溺れたばかりのアッシュと平太は、その様子を見て身震いしている。
「そ、そのくらいで――」
「俺は専門家だから。大丈夫」
 プロフェッショナルが何をさすのか、大丈夫がどう大丈夫なのか、詳しい事を聞くのは怖過ぎて辞めた。この後豊美ちゃんが優しく質問する――を見越している部分がアレクが駆使するプロのテクニックだ。
「ペルセポネさん、何故このような事をしたのか、聞かせてもらえますか?」
「……皆さんの邪魔をしていいんでしょうかって思いましたが…………、
 ハデス先生の命令ですし、お姉ちゃんも行くみたいだったので……」
 怖ず怖ずと答えるペルセポネから、豊美ちゃんは咲耶に視線を移す。
「咲耶さんは何故、このような事をしようと思ったのですか?」
「【喚ぶ】声が聞こえたんです。
 [契約者とその眼鏡、どっちに味方するんだよ]って……そんなの決まってるじゃないですか!」
 ――勿論兄さんですっ!
 と、咲耶は答えたらしい。……回答は非常に咲耶らしかったのでその点については触れず、最後にハデスへと身体を向けて二人にしたのと同じ質問をする。
「二つ名の力とやらを我らも手に入れるとしようと、山までやってきたのだ。
 ケーブルカーを下りた所で帽子を被った妙な子供が現れて――」
 ……その後の事は覚えていないらしい。「……それは、大変でしたねー」と豊美ちゃんが、これまで何度も敵に操られるハデスのメンタルを心配したりしつつ話していると、何人か此方へやってくる。
「そいつならアタシ達も会ったよ」
 振り返ったトゥリンに頷いたのは、唯斗らケーブルカーで先に行っていた者たちだ。
「ご丁寧に名前まで名乗ってくれたぜ」
「そのお話の男の子とぉ〜、女の人とおじさんで三人組だったのですよぉ〜……」
「『君臨する者』だって言ってたわ」
 サリアとミリアが続いたのに、豊美ちゃんはアレクの顔を見上げた。
「やはり、現れましたね。……今日の所は、向こうも顔見せ程度だったということでしょうか」
 ま、そんなところだろうな、とアレクが呟いた所で、平太とアッシュが滝から上がってきた。
「……この話はここまでにしましょう。今はここに来た目的を果たしましょう」



 ずぶ濡れになった平太とアッシュを先頭に、一行はようやく頂上に辿り着いた。
 大小様々な石が転がる、ただだだっ広いだけの場所だが、ありとあらゆる術が使えない不思議な空間でもあった。初めて訪れたときは恐怖と緊張で心臓が破裂しそうだったが、今や平太にとって最も安心できる場所だ。
オルカムイさん!」
 平太が呼びかけるや否や、空間に白髪と長い髭の老人が現れた。
「妙な形をしておるな……」
「オルカムイさんが言ったんじゃないんですか? 総奉行に」
 平太はハイナから聞いた儀式の手順を話した。
「……それはハイナ殿のからくりじゃろう。
 近頃、人が大勢来るようになったのでな……。人払いのための、出任せじゃ……」

 平太は体中から力が抜けるのを感じた。必死になって山を登り、滝にまで叩き込まれたのに全く意味がなかったというのだから当然だ。まあそうだろう、と察していた者以外は、皆同じ反応を示した。
 アレクは腕を組んだまま俯いて、笑いを堪えている。しかし肩が震えるの迄は隠しきれないようで、それを見つけた豊美ちゃんは「アレクさん知ってたんですかー?」と迫る。
「うん知ってた。でも豊美ちゃん讃良ちゃんがあまりに素直に信じ込んでたから」
「うぅ……私たちの思い込みで、皆さんに余計な手間を掛けさせてしまった気がします……」
「はい……反省、です……」
 豊美ちゃんと讃良ちゃんが揃ってしゅん、とうなだれた。それを見逃すアレクではなく、すかさず二人の頭に手をやって慰めにかかる。
 アッシュはと言えば、興味深くオルカムイを観察していた。向こう側が透けて見えることから、人間ではないだろう。平太の言うようにホログラムみたいな存在らしいが、それにしてはちゃんとやり取りをしている。聞いたところによれば、別世界の人間――だった――そうだから、もしかすると自分と同じように何かの原因でこの世界にやってきたのかもしれない。
「……して、今日は何用か?」
「ええとですね」

 平太はしどろもどろになりながら、今現在起きていることを説明した。足りない部分はアッシュが補った。
「……成程。確かにここならば、それも可能であろう……。よかろう、試してみるがいい」
「ありがとうございます!」
 平太はウキウキと準備を始めた。何だかんだ言って、武器作りが楽しくて仕方がないのだ。
「なんか手伝う?」
 平太の作業を興味深そうにしながら後ろを着いて行くアレクらを一瞥して、豊美ちゃんがアッシュに魔法石を渡す。
 そんな折に「それと」と、オルカムイは先程の続きとアッシュに目を向けた。
「わしは外のことは感知せぬが、この山の中のことならばある程度は分かる……」
「どういう意味ですか?」
 アッシュの眉が寄る。
「何者かが妖怪たちに術をかけておった……。おそらく、そなたらの言う『君臨する者』の仕業……」
「やっぱり」
 山登りの際に風を起こした者は、トゥリンらが鉢合わせになった三人が犯人だったのだ。
「心に直接呼びかける能力のようだ……」
 オルカムイの話から、アッシュはその二つ名を【風を喚ぶ】と判断した。敵の能力が分かれば、対抗することは可能だ。
 平太に呼ばれ、アッシュは豊美ちゃんと彼の下へ駆け寄った。