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夏のS-1クライマックス

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【十 準決勝】

 準決勝第一試合は、パンツマシンvs涼介の対戦。
 パンツマシンはヴァンダレイを倒しての準決勝進出であり、最も勢いに乗っている、と思われた。
 ところが、一回戦でヴァンダレイと戦った際に受けたヴァンダレイ・キックのダメージが、今も彼の肉体に残されている。
 涼介もシャナとの対戦で蓄積された膝へのダメージが残っているが、パンツマシンが負っているダメージに比べれば、まだ浅いといって良い。
 いずれにせよ、双方とも満身創痍であることに変わりはない。
 それでも勝負は勝負である。色モノ怪人パンツマシンと、シャンバラン・バッド・アスの戦いの火蓋が、ここに切って落とされた。

「ここまでの三試合中、二試合で反則持ちの相手か……しかし、これもプロレスだッ! 大いに楽しもうじゃないかッ!」
 観客席最前列から、シャナとサフィが黄色い声援を送るのを背中に受け止めながら、涼介は胸を張って声高に叫んだ。
 一方のパンツマシンは、早くも片手を後ろ手に隠し、凶器攻撃を臭わせている。
 が、これは正直なところ、ブラフであった。というのも、ヴァンダレイとの対戦で使える凶器は全部使い尽くしており、もう替えが残っていないのである。
 こうなると後はもう、場外戦に持っていって砂地を利用した目潰し程度しか、手段が残っていない。
 しかし相手は、プロレスの達人たる涼介だ。
 パンツマシンの思惑が通用するかどうか、甚だ疑問であった。
(こうなりゃ、正攻法で行くか……)
 ゴングが鳴ると同時に、パンツマシンはするすると間合いを詰めていってローキックの連打を浴びせた。
 これまでの試合で、涼介が膝を痛めていることは、パンツマシンも知っている。ここで更に下半身を攻めて動きを封じるのが、いわばひとつのセオリーであろう。
 涼介はパンツマシンのローキックに対して、ジャブやボディブローで応戦する。
 ヴァンダレイ・キックのダメージが残る上半身への攻撃が最も有効であることは涼介も承知しており、いわばこの両者は、互いの弱点を攻め合う展開に入ろうとしていた。
 だが組み合わせの妙、というものはあるらしい。
 垂との試合では比較的に体力を温存することが出来た涼介と、ヴァンダレイとの対戦で深いダメージを負っていたパンツマシンとでは、いずれが有利であるのか、火を見るより明らかであった。
 序盤まではラリアットやバックドロップで応戦していたパンツマシンも、中盤を迎えようとする頃には手数が極端に減ってきており、涼介のフライング・クローズラインとサイドウォーク・スラムを浴びただけで、すぐにダウンを奪われてしまうようになっていた。
(えぇい、ままよッ。こうなったら、一か八かだッ!)
 長期戦では不利になることを悟ったパンツマシンは、無茶を承知で正面から魔神風車固めに入ろうとした。
 ところが涼介は、パンツマシンのこの攻めを最初から読んでいたのか、組み付こうとしてきたパンツマシンの勢いを逆手に取って上から圧し掛かり、一気にラストライドへと持っていった。
 これには、パンツマシンも高々と放り上げられる中で、仰天した。
 まさか魔神風車固めへの態勢から、ラストライドに持っていかれるとは。
 最早こうなると、受け身を取って凌ぎ切り、何とか3カウントが入る前に跳ね返すしかない――のだが、エビ固めに入ったところで、ヴァンダレイ・キックによるダメージがパンツマシンの力を奪い、そのまま、三つ目のタップを聞かざるを得なくなった。
「うぬぬぬ、終わったか……パンツマシンの夢、ここに潰えたり」
 試合後、マット中央で呆然と尻もちをついているパンツマシン。
 だが涼介は、パンツマシンの背中をぽんぽんと叩いて、健闘を称えた。
「良い試合だった。お客さんも、喜んでいるぞ」
「パンツマシンの名は、世に出回ったかねぇ」
 思わぬ切り返しに、涼介は一瞬呆けた顔を見せたが、その面はすぐに苦笑へと変じた。
「それはもう、間違いないだろう。ヴァンダレイを倒し、この準決勝でも熱闘を繰り広げたんだ」


     * * *


 ―― S−1クライマックス準決勝、第一試合 ――

 ○涼介・フォレスト (10分34秒、エビ固め) パンツマシン●


     * * *


 準決勝第二試合は、あらゆる意味でプロレスを知り尽くした者同士の対戦である。
 ろざりぃぬvsエレーン。
 普通に考えれば、ろざりぃぬはエレーン陣営三人を相手に廻さなければならず、数的不利は否めない筈、だった。
 ところが、この直前の試合で典韋が菊の木刀をまともに喰らっており、治療の為、ドクタールームから出ることを禁じられてしまっていた。
 こうなると、悪徳マネージャー・ローザの仕事内容が大きく変わってくる。
 単にレフェリーの注意を引くだけでは、エレーンを援護することにはならないのだ。
 試合開始後も、エレーン陣営の誤算は容易に修正出来ない。
 ろざりぃぬは猛突進してくるエレーンの勢いを利用して巧みにグラウンドへの展開に持ち込み、じわじわと体力を奪いにかかる。
 エレーンは、ろざりぃぬの小技をひと通り受け続け、その上でペースを握るべく反撃に転ずるのだが、矢張りどうにも凶暴化というギミックがここではマイナスに働いてしまい、落ち着いた試合展開に対応し切れずにいるのが実情であった。
 やっとろざりぃぬが大技の展開に応じる姿勢を見せ始めた頃には、エレーンは既に息が上がり始めていた。
 実は、菊との試合で受けたダメージが、意外な程、エレーンの肉体上で後を引きずっているのである。
 これは駄目かも知れない――ローザマリアは、悪徳マネージャーのギミックで会場内のブーイングを誘いながらも、内心では冷静に分析を重ねていた。
 こうなるともう、勝敗は度外視して、お客さんを喜ばせる方向にシフトチェンジした方が無難であろう。
 腹を括れば、ローザマリアの行動は早い。
 エレーンがスリーアミーゴスでマットに叩きつけられるのを見るや、レフェリーであるラブの制止を振り切ってリングに足を踏み入れ、ろざりぃぬに襲いかかろうとした。
 が、ローザマリアは敢えて、時間を使ってろざりぃぬの背後に近づいていく。ローザマリアとしては、ろざりぃぬに気付いて貰わなければならないのだ。
 一方のろざりぃぬも、ローザマリアの意図をすぐに理解した。
 ローザマリアが敢えて乱入に出てきたということは、勝利は譲るから、とにかく試合を盛り上げようというメッセージを送ってきているということに、他ならないのである。
(ようし、OKッ! その心意気、受け止めるよッ!)
 ろざりぃぬは全てを承知し、エレーンとローザマリアを相手に廻して、派手な立ち回りを演じ始めた。
 対するエレーンとローザマリアも、パイプ椅子を持ち出したり、羽交い絞めでの二対一攻撃を仕掛けるなどして徹底的に客席のブーイングを誘いつつ、最後にはろざりぃぬからの一撃で同時にダウンを喰らうというパフォーマンスを見せ、やんやの大歓声を場内に沸き起こさせることに成功。
 後はもう成り行きで、ろざりぃぬが勝つかエレーンが勝つか、というところであった。
 ろざりぃぬのバックドロップを浴びて場外へと転げ落ちたローザマリアは、ここでお役御免である。
 駆けつけてきた理沙とセレスティアに肩を借りて、リングサイドの審判本部へと引き下がっていった。
(後は、任せたからね)
 尚も続く大歓声の中で、ローザマリアはゆっくりと実況席の横に椅子を借りた。
 実況席では学人が相変わらず、スペイン語で絶叫している。

 結局、試合はろざりぃぬのブラックタイガーボムで勝負がついた。
 エレーンは最後まで凶暴化ギミックを崩すことなく、半狂乱状態を演じながら花道を駆け戻ってゆく。
「この大歓声……まだ決勝が残ってるけど、興業としては間違いなく、成功ね」
 ローザマリアは、満足げに頷いた。

 これだから、プロレスはやめられない。


     * * *


 ―― S−1クライマックス準決勝、第二試合 ――

 ○魔女っ子ヒート・ろざりぃぬ (16分42秒、エビ固め) エレーン・ルナ・マッキングリス●