リアクション
第四章
あー楽しかった!
深夜、すべての参加者がゴールまで辿り着き、肝試しが終了した。
スタッフたちが持ち込んだ差し入れのお菓子やジュースを摘みながら、イルミンスール魔法学校正面の森の前で全員が集合してわいわい話し合っていた。
「いろいろなトラブルがありましたが……」
見るからに疲れた顔で、主催の生徒が言った。
「ともあれ、最後まで進行することができて何よりです! さすがに無事とは言えませんが……」
火術が暴発したおかげで機材が壊れるわ、乱入してきた契約者が大暴れするわでスタッフたちは大わらわだった。
「今回は我々の都合に付き合っていただいて、本当にありがとうございました!」
生徒は深々と頭を下げた。
「で……その子たち、誰ですか?」
舞花の隣に、陽一の隣に、セレンフィリティの隣に、それぞれ一人ずつ少女が立っていた。
「んー、幽霊ですかね?」
「幽霊みたいだ。たぶん」
「幽霊じゃないかしら」
と、あっけらかんと答える三人。
聞けば遭遇した後に一緒に肝試しを楽しんだとかなんとか。接してみると案外普通なため、なんだかんだでここまでついて来てしまったとか。
そんな幽霊たちも交えて片付けやら何やらもあり、談笑、軽く飲食をともにしながらゆるゆると時間は過ぎていく。
幽霊話にはいろいろある。
例えば、霊が一番多く現れる時間帯の話。
古い言い伝えだが、午前2時から2時半の間だと言われている。昼間は陰陽道でいうところの陽の気が巡り、夜は陰の気が巡る。陽の気は発展、旺盛などの意味を持ち、逆の陰の気は衰退するという意味を持つ。その陰の気がもっとも満ちていく時間帯が午前2時から2時半だと言われている。
俗に言う、丑三つ時というものだ。
ちなみに昔は数字の24時間ではなく、干支の十二支で24時間をはかっていた。12時及び0時にあたる『子』を北として方角に当てはめた場合、丑三つ時はほぼ北東に当たる。この方角は鬼門と呼ばれ、冥界、すなわち黄泉の国に繋がる門があると言われている。
霊たちはこの丑三つ時に鬼門を通り、現世に現れる。科学的な証拠はどこにもないが、故にこの時間、幽霊が多く現れるのだとされている。
余談だが、満月になると寿命を迎える生命の数が最も多いという。そして霊の活動も最も活発であると言われている。
たとえば、そう。今夜のような。
丑三つ時に、空に浮かぶ見事な満月の時。
「……ん?」
主催の生徒がジュースを飲んでいるとき、服の後ろの裾をくいっと引っ張られた。
振り向いてみればそこには、また別の見慣れない少女がいた。どうみても12、3歳くらいの小さな女の子だ。
「おや、お嬢さんこんな夜更けにどうしたんだ?」
少女は話し掛けてくれたことが嬉しかったのか、くすくす笑った。
「見えるんだ?」
「へ?」
「こっち」
「え? 何?」
「こっち! こっち!」
少女は、生徒の腕をぐいぐい引っ張る。意外と強い力に振り回されながら、生徒はおたおたとついて行く。
と、その時、女性の甲高い悲鳴が上がった。
振り向けば、女子生徒たちが腰を抜かし、森の方を見ていた。
かたかた震えながら、森の方を指差していた。
明らかに、恐ろしい物を見て恐怖していた。
集まった契約者たちも、驚愕と動揺を見せている。
「な、なんだ?」
ならって、主催の生徒も少女に引っ張られながら、森の方を見た。
「…………!?」
森の中は、今は無人のはずだ。人がいたとしても、この時間、大して多くはないはずだ。
森は、木々の間から、隙間から、茂みから、闇の中から、枝の上から、少年と少女がじっとこちらを見ていた。
明らかに生きている人間とは違う、独特の冷たい雰囲気を漂わせながら。
そして彼らはどんどん増えていく。
見渡す限りのすべての森から、生気の感じられない無機質な少年少女の瞳が、じっとこちらを見ていた。
「ふふふ」
その中の一人が、無機質な声で笑った。
「くすくす」
「けたけた」
「ひひひひ」
「きししし」
するとこだまするように、周りの大量の子供たちも笑い声を出し始めた。
主催の生徒は今、少女によって、森の方へひたすら引っ張られ続けている。
まさか、と思う。
これが、辞めていった生徒達が言っていた、『説明しても信じてもらえない』何かなのか。
「ま、待て! 待ってくれ!」
「ねえ、こっち」
「ちょ……ちょっと待ってくれ! 離してくれ!」
「たくさんいて、とても嬉しいの」
「うわああ! 誰か! 誰かー!」
ぐい、と強く引っ張られ、生徒は躓いて転んだ。
地面に倒れた生徒の顔を、少女のどこか無機質で青白い顔が覗き込んだ。
「……逃げちゃうの?」
■■■
幽霊話には、色々な話がある。
例えば、百物語。順番に怖い話をしていき、百個の物語を語り終えると、本物の霊や妖怪が現れるとされる。
それは百物語という行為そのものが霊を召喚する儀式だとか、霊的なエネルギーを集める術式だとか言われたこともあるが、他にもこう言われている。
怪談話や肝試しという霊を主体とした映画や舞台、イベントなどは、霊そのものを引き寄せるという。
それらの説に確証はない。それらは発達した科学を用いても証明することはできない。
■■■
主催の生徒は、見鬼のスキルを持つルカルカ・ルーや幽霊とのコンタクトの経験がある酒杜 陽一ら契約者たちが何とか助け出すことに成功。
「ねえ! 話を聞いて! 何があったの! 私で良ければ力になるよ?」
パートナーのダリルが肝試しの仕掛けについてスタッフたちに話を聞いていたためその場に居合わせることができたルーは、子供たちの霊に必死に語り掛けていた。
「俺の腕引っ張ったり、セレンフィリティさんや舞花さんにちょっかいだしたのも君達なんだろ。一体何を伝えたかったんだ?」
陽一も、霊たちに問いかけてみる。
霊たちは笑うばかりで話がなかなかできないが、主催の生徒をぐいぐい引っ張った少女の霊が代表するかのように二人の前に立った。
「あのね」
少女はにひっと笑う。
「楽しかったの」
「あたしたち、どこに行けばいいのか分からなくて」
「大人の人たち見つけても、すぐに逃げちゃって」
「でも今日は、色んな人が来てくれて」
「一緒に歩いたり」
「一緒にイタズラしたり」
「一緒に笑ったりしたの」
「とても楽しかったの」
呼応するように、霊たちが意思を伝えてくる。
「何か……心残りがあるの?」
「ココロノコリ? ないよ?」
「行く所がないから、遊んでたの」
「なんかね。久しぶりに楽しかったの!」
「だから皆も一緒に森に連れて行きたかったけど」
「楽しかったから、いーや!」
そして少女の霊が、大きく伸びをした。
「あーーっ! 楽しかったー!」
二人が瞬きをすると、少女の霊は消えた。
気が付けば、森の中の大量の霊も、一人残らず消えていた。
ただただ、子供たちの笑い声だけが遠く遠く聞こえ続けていた。
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今回の肝試しは怖かった、と皆は口々に言う。
なぜなら数あるトラップの中でも、『本物の霊としか思えない』仕掛けがいくつかあったから。
そしてそのイベントを境に、丑三つ時に森のどこかで無邪気に笑う子供たちの声が聞こえるようになったとか、ならなかったとか。
闇夜の肝試し大会は、今宵も森のどこかで行われている。
今回の霊は浮遊霊、イタズラ大好き、遊びたい盛りのオバケたちです。恨みとかそういうものじゃないので呪い殺すとかそういうことは一切ありません。んなこと言っても怖いものは怖い佐久間豊です。
お気づきかと思いますが、今回のアクシデントはオバケたちの仕業です。ただ、悪い霊ではないです。一緒に遊んで喜ばせれば満足してやがて成仏していく設定です。ちなみに連れて行かれても森の中で鬼ごっことかかくれんぼとかやらされる設定です。無理矢理除霊しようものならばそれ相応の設定も考えていましたが、皆さんが心優しい方で良かったです。
一応今回はホラーに初挑戦ということでぞっとできるような内容で作ったつもりですが……何かヘンだったら申し訳ないです。
それでは今回はこのへんで失礼いたします。夜中の一人歩きには注意しましょうね。くくくく……。