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夏最後の一日

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夏最後の一日

リアクション

 夕方少し前の車内。

「車で送ってくれるなんて、ご迷惑をお掛けします」
 吸血鬼の少女 アイシャ(きゅうけつきのしょうじょ・あいしゃ)は申し訳無さそうに言った。誘いを受け待ち合わせ場所を確認すると送迎をするという返事だったのだ。
 すると
「病み上がりのアイシャ様に無理をさせたくはなかったので、俺もリアも」
 運転するザイン・ミネラウバ(ざいん・みねらうば)が答えた。
「そうだよ。命が助かって元気になったのはつい最近なんだからさ」
 アイシャの隣に座るリア・レオニス(りあ・れおにす)が言った。
「……本当にありがとうございます」
 アイシャは二人の気遣いにお礼を言った。
 そうこうしている内に夕方の海に到着した。

 暑さ和らぐ夕方、海。

 夕日のオレンジ色の光が海を染め上げ、黄金色に輝いていた。
「……綺麗。ずっと病室にいたから余計に……世界というのは本当に素敵ですね」
 アイシャは広がる美しい海を眺め、声を上げた。感動のためか声が大きい。今までベッドの上で過ごし見るのは窓越しだったのが今は窓の外にいる。喜びが溢れて当然である。
「あぁ(折角元気になったから病室の外を楽しんで貰いたくて誘ったが、その甲斐はあったな)」
 リアは以前が嘘のように元気になって海を楽しむアイシャの姿に心底喜んでいた。
「アイシャ、ちょっと待っててくれ」
 リアは素敵な提案を思いつき、
「リア?」
 訳の分からぬアイシャを置いて何かを買いに行った。
 しばらくしてリアは手に二本の焼きトウモロコシを手に戻り
「アイシャ、食べないか」
 リアは焼きトウモロコシを一本アイシャに差し出した。
「食べます。でもこれはまるで……」
 アイシャは受け取った焼きトウモロコシを見つめるなりある夏の海での事を思い出した。
 その思い出は
「あの時と同じだね。あの時はアイシャ、焼きトウモロコシは初めてだったよね」
 夕方の海に焼きトウモロコシに花火。リアもしっかりと覚えている。まだアイシャが病んで寝込む前の事だ。
「はい。またこうして食べる事が出来て」
 アイシャはにこりと言い焼きトウモロコシに八重歯を立てて食べた。食べるのは久しぶりのため少しぎこちなかったが。
「海はあの時と同じで綺麗ですね。リアと見たあの海」
 アイシャもリアが思い出した夏の出来事を思い出していた。
「覚えていてくれたんだね。海は確かに同じだけど、アイシャが好きだって気持ちはずっと深くなったよ」
 リアは愛する人が自分と過ごした記憶を覚えていてくれる事に嬉しく思うと共に彼女への愛が深まる事を感じた。
「……リア」
 アイシャはリアの言葉と様子に深い感謝と、そして、少し寂しそうな 表情を見せた。
 ここで
「あれから体の具合はどう? 新しい家には慣れた?」
 リアはアイシャが戸惑っているのを察し一時別の話題を上げた。
「体の方はこの通り元気です。新しい家も何とか。何より生きている事がありがたくて…私はリアやみんなのおかげでこうして生きる事が出来て……もしかしたら海を見る事は出来なかったのかも」
 アイシャはリアの質問に答えながらしんみりとしていた。
「だからこうして生きている事がとても愛おしく思います。同時に今こうしてリアと過ごしている時間も」
 アイシャは見る物全てが愛おしようであった。
「それは俺もだよ……アイシャがくれた時計大事に使わせて貰ってるよ、ありがとう」
 リアはアイシャの言葉にうなずいてから本日も身に付けている時計を見せた。
「……喜んで頂けて嬉しいです」
 アイシャは贈り物を大事にしてくれている事に喜んでいた。
「なぁ、アイシャ、俺とあちこち行ってみないか? 折角元気になったのだからまだ行った事の無い森も湖も街も、美しいこの世界全部を……アイシャが守った世界を見に行かないか。アイシャの人生はこれからだ。当り前の事が出来る幸せを心に留め、当り前で大切な喜びを見つけないか」
 時計を見せ終わったリアは笑顔で言った。口にする事はアイシャの事ばかり。それがリアの全てだから。
「……リア」
 アイシャは焼きトウモロコシを食べる事も忘れてリアの話に耳を傾けていた。
「とは言っても急ぐ事はないよ。俺はずっと側にいる。アイシャが行きたい所ならどこだって連れて行く。だから何でも我が儘言ってくれ」
 リアは明るく軽い調子に変えてアイシャに笑いかけた。
「それじゃ、リアが困りますよ」
 アイシャは僅かに口元を綻ばせた。新しい人生が始まってからアイシャにはやりたい事が沢山あふれているのだろう。それも無理もない事である。ベッドの上で不自由な暮らしをしていたのだから。
「いや、むしろ困らせて欲しい。大歓迎さ」
 リアはニカと笑った。アイシャの我が儘なんぞどんと来いだ。
 ここで
「……ところで」
 リアの表情が真剣味を帯び話を切り出すなり
「手始めに”あたりまえの恋”なんてどうかな、アイシャ。俺と……この心を、この手を、離さないと俺は誓う。アイシャ、君と生きるよ」
 以前にも夢でも伝え続けた想いを言葉にする。アイシャの新しい人生が始まったからもあってリアは再び口にしたのだろう。
「……リア、ありがとうございます……でも」
 リアの真っ直ぐな言葉にアイシャは心からの感謝を告げた。それから彼女は寂しそうな面持ちで、言葉を探し、胸をおさえた。
「大丈夫。アイシャが俺に告げたい言葉は、落ち着いてからでいいよ」
 リアはアイシャを責めるような事はせず、ただ笑った。ひたすらアイシャが気に病まぬよう気遣い。
「……リア」
 アイシャはただリアの名前を口にする事しか出来なかった。
「でも話とは別に先に言ったように何かしたい事があったら何でも言ってくれ。アイシャの願いを叶える事が俺の望みだから」
 リアのアイシャのために何かしたい気持ちはこんな時でも変わらない。
「……はい。では少し浜辺を歩きませんか」
 アイシャはほんの少し考え込む様子を見せてから顔に微笑を浮かべリアを散歩に誘った。今の自分に出来る事はそれだけだと言わんばかりに。
「あぁ、喜んで」
 リアはほのかに笑んでから誘いを受けた。
 二人は焼きトウモロコシを食べながらゆっくりと浜辺を歩いた。夏最後の海を眺めながら。

 その姿を遠くから見つめるのは
「……二人が幸せになってくれたら何も言う事は無いが」
 送迎担当のザインだった。ひたすらアイシャとリアが幸せになる事を願うのだった。