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出会ったあの頃に

 あの人を追いかけていた。

 どんなに手を伸ばしても、追いついたと思っても、あの人は常に私の前を歩んでいた。

 あの人の隣に立ちたい、仲間として背中を預けられるだけの力を持ちたい。

 望むものは尽きなかった、あの頃――


 ◇   ◇   ◇


「未来はまだ楽しみにとっておいて……昔の、出会った頃を振り返ってみてもいいかな?」
 リネン・ロスヴァイセ(りねん・ろすヴぁいせ)は時間旅行の募集にフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)を誘い、懐かしい頃を一緒に見てみようと2020年初めごろの時間軸へ降り立った。
「懐かしいわね、あの頃はリネンとこうして一緒に居るっていう“未来”は予想してなかったと思うわ」
 2人は物影に隠れ、今より少し幼さが残った顔立ちのリネンと既に一匹狼の空賊としてペガサスに乗り、空を駆けていたフリューネを見ていた。
「もしかしたら、恋だって自覚する前からフリューネに恋してたのかもしれないわね……認められたくて、隣に立つ資格を得たくて」
「で、良く無謀な事もしてたわね……だから、私も手を差し伸べていたのかもしれないわ、今見ている光景が正にそうだもの」

 それは、リネンがフリューネに憧れて空賊となり、彼女の仲間として1つの冒険を終えた頃――
 【『シャーウッドの森』空賊団】の副団長として率いていたリネンは、フリューネに初めて会ったあの時に自分の生き方を見い出せた。それから義賊として活動を始め、ならずものの空賊達を相手に次第に【『シャーウッドの森』空賊団】の名が知れ渡っていくのだが、リネンも最初から大きな力を手にしていたわけではなかった。

「く、ぅ……私じゃ、ダメなの……?」
 ならずもの空賊達を相手に独りで挑んだが、数に押されて返り討ちに遭ってしまった。膝を付いたリネンだが、それでも愛用している片手剣は手放さずに握ったまま、いかにも下品な笑いを顔に浮かべた空賊達がリネンを見下ろしていた。
「まだまだだなぁ? 嬢ちゃん。オレらに挑もうってのがそもそも間違いなんだよ!」
 リネンに止めを差す為、振り下ろされた剣を前に覚悟した彼女だったが、その前に『飛竜の槍』が飛んできた。
「多勢に無勢、本当にやる事きたないわ」
 ペガサスに乗ったフリューネが心底呆れた口調で言うと、空賊が振り下ろした剣を止めた『飛竜の槍』を再び手にしたところで素早く突きを繰り出した。その槍先は空賊の眉間を正確に捉えている。
「退けば何もしないわ、でも……」
「わ……っ、わかった! わかったから槍を引っ込めろ……っ!」
 フリューネの実力は解っているらしく、すぐに逃げ出した空賊の後姿に大きな溜め息を吐くと改めてリネンの方を向いた。
「独りで挑むなんて無理よ、そういう時は契約したパートナーを頼るべきじゃない? ……頼むから、無茶はしないで」
 身体を起こそうとするリネンを助けながら、フリューネは呟くように諭した。しかし、返って来た反応はリネンらしいといえばリネンらしい。
「いや……絶対やめない! フリューネの隣に居られるように、飛べるように……絶対、フリューネに追いつくから! 飛びたいよ……フリューネと……」
 リネンの反論に、いつしかフリューネも諭し続けながらも追い付いてくるのをどこか楽しみにしていたのかもしれない――

「今となっては、あの頃の気持ちって……リネンが私を追いかけてきてどんどん成長する姿が楽しみだったのかもね?」
「え、そんな事思ってたの?」
 フリューネに反論しながらも、ちゃんと助言を聞いて単独行動を控えるようになったリネンをフリューネは知っていた。一途に自分を追いかけ、目標のために行動する力のあるリネンをどこかで認めていたのかもしれなかった。
「勿論、リネンとこうなるとはあの当時私も意識していなかったけどね。……ただ、あの時……あの空賊達がリネンに剣を振り下ろそうとした時、身体が勝手に動いたわ」
 今見ている光景は、2人が積み重ねた時間のほんの一時――しかし、小さな一時を積み重ねて現在に至る事を、リネンもフリューネも過去の自分達の姿から再確認出来た。
「未来を知っていたら、私もうちょっとフリューネに素直な言葉で言う事聞いてたかもしれないよ」
「あら、それじゃあ私は容赦なく叱ってたかしら」
 え? とフリューネに顔を向けたリネンと、そんなリネンに笑みを見せるフリューネはもう一度過去の自分達を見つめた。
「……帰りましょうか、現代へ」
「そうね、魔道書達も待ってるでしょう」


 ◇   ◇   ◇


 戻ってきた現代を実感すると、過去の冒険を見てきたリネンとフリューネはどちらからともなく、手を握り合った。
「すごく、迷惑かけてたけど……約束は果たせたかな?」
「ん……大事な約束をちゃんと果たしてくれたわ」

 隣に並ぶことが出来た。
 追いかけていた憧れの人に、追い付いた。
 一緒に飛ぶ事が出来た。

「約束じゃないけど、それ以上に大切なものをリネンは守ってくれたわ」
 握り合った手を見つめて、フリューネは小さな声で言葉を告げる。今も、きっとこれからも育つ気持ちはリネンでなければ果たせない“約束”――
「ありがとう、リネン。誘ってくれて嬉しかったわ」
「……ううん、私が見たかったのよ。あの頃の冒険を……」

 懐かしくなったあの頃を見てみたい、もしかしたらもっと未来の自分達が現在の自分達を見にやってくるかもしれない。その時の為に、魔道書達はリネンとフリューネに時間旅行を約束するのでした。