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新居へ



 パラミタ内海の沿岸で燦めいた光は一瞬でしたが、それに呼応するようにして一人の少女が尻餅をつきました。
 慌ててキョロキョロと周囲を見回すと、どこかの室内のようです。
 なんだか穴に落ちる感覚はあったものの、天井を突き破ってきたという感じはありません。
「やったー! 転移成功っ! バッチリよ〜」
 フィリッパ・エリナー・アッサム(ふぃりっぱえりなー・あっさむ)が小躍りして喜びました。が、軽く飛び跳ねたところで、自分がすっぽんぽんなことに気づきます。どうやら、転移が不完全だったようです。
「こ、これはまずい……。何か着る物を探さないと……」
 慌てて誰もいない室内を物色しますが、服らしい物は見あたりません。代わりに、ファックスから吐き出された用紙が床に落ちていました。
『艦長、HMS セント・アンドリューの定期メンテナンス、ほぼ終了したわ。エンジンの一つに不具合が見つかって部品の交換に時間がかかる見込みだから、出港スケジュールの見直しをお願いね。詳細はタブレット端末の方に送っておくから――それじゃ、続きをどうぞ』
 どうやらローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)からの物のようですが、続きとはいったいなんのことなのでしょう。
「おばさまらしいなあ」
 ローザマリア・クライツァールをおばはん呼ばわりして、フィリッパ・エリナー・アッサムが言いました。
 いや、今は、そんなことよりも服です。
 こんな姿で、若い父や母に出会ってしまったら、なんと申し開きしていいものやら。完全に、変態か不審者です。
 意を決してホレーショ・ネルソン(ほれーしょ・ねるそん)の書斎を抜け出すと、フィリッパ・エリナー・アッサムは慎重に廊下を進んでいきました。なんだか、真新しい木や土の匂いがします。どうやら、この家は新築できたてのようです。
「――私は田舎の牧師の家に生まれて、食うために軍人になった。何度となく無能な上官にも巡り合ったが、最後は自分の艦を賜り、こうして生涯の伴侶と共に悠々とした日々を送っている。申し分のない幸運な人生と言うべきだろう。順番が逆だったら目もあてられぬが……」
 何やら聞き慣れた声と、たくさんの人の気配が階下から聞こえてきます。何やら、新居のお披露目パーティーが開かれているようです。
「し、下はまずい……」
 見あげられて見つからないように、軽くお尻を突きあげて廊下を匍匐前進をしながら、フィリッパ・エリナー・アッサムは進んでいきました。運よく、クローゼットのある部屋を発見します。
「ラッキー♪」
 嬉々として中に忍び込むと、急いで自分が着られそうな服を選びます。
「あっ、これ、一度着てみたかったんだ」
 真新しい何着かのドレスの中から、黒いゴスロリドレスを取り出してフィリッパ・エリナー・アッサムが言いました。マサラ・アッサム(まさら・あっさむ)用に、ホレーショ・ネルソンが作らせた物です。細身のドレスも、今ならばフィリッパ・エリナー・アッサムにピッタリでした。やや胸のあたりがきついのは、元の持ち主のためになかったことにしておきましょう。
 とにかく、これで人前に出ても変態扱いはされないでしょう。ただ、思いっきり不法侵入者のままではありますが。
 そろそろと下階の様子をうかがってみますと、ゴチメイたちとマサラ・アッサムの姉妹たちが大集合してパーティーをしているようです。
 そのままのぞいていると、チラリと執事君こと彩九龍と目があった気がしました。次の瞬間、いきなり羽交い締めにされます。
「侵入者ですが、どうしましょうか?」
 いつの間に背後に近づいてきていたのか、フィリッパ・エリナー・アッサムを押さえ込んだメイドちゃんこと流竜が、お嬢様ことシルフィール・プレシャスにおうかがいをたてました。
「そんなの、外にほっぽり出してしまいなさい」
 あっさりと、お嬢様が命じました。
「ちい姉、ちょっと待って」
 慌てて、キーマ・プレシャスがお嬢様を止めます。
「あー、私の服!?」
 マサラ・アッサムが、フィリッパ・エリナー・アッサムの着ている服を指さしました。
「泥棒……って言うよりは、なんだか、マサラに顔つきがよく似ていますね。御親戚ですか?」
 ペコ・フラワリー(ぺこ・ふらわりー)が、まじまじとフィリッパ・エリナー・アッサムとマサラ・アッサムの顔を見比べて言いました。
「親戚なの?」
 ゴチメイたち、ホレーショ・ネルソンまでも含めてが、一斉にマサラたち三姉妹を見ました。
「いや聞いたことないけれど」
 マサラ・アッサムが首をかしげます。
「ほほほほ、お父様の隠し子とか」
「うーん」
 お嬢様の言葉に、キーマ・プレシャスが考え込みます。否定しないんでしょうか。
「ありうる……」
 ボソリと、三人が声を揃えてつぶやきました。
「あのー、ええっと、実は遠縁の……」
 ちょっとひきつりながら、フィリッパ・エリナー・アッサムが言いました。
「まあ、この私たちの家に泥棒に入るなど、きっと家が没落して放浪の末に親戚を頼って辿り着いたのですわね」
 お嬢様の言葉に、いや、それは、あんたのことだとみんながツッコミたくなりました。が、実例が目の前にあるため、誰もその言葉を否定しきれません。それ以前に、ここはマサラ・アッサムとホレーショ・ネルソンの新居であって、別にお嬢様たちの新居ではないはずなのですが……。
「えっ、あたしたちの新秘密基地じゃ……」
 違うのっと、ココ・カンパーニュ(ここ・かんぱーにゅ)がみんなに聞いて回りました。
「リーダーは、自分で新居建ててもらえばいいじゃないかあ」
 ここはアパートじゃないと、マサラ・アッサムが言いました。
「大丈夫です。お姉ちゃんには、私が同居しますから」
 きっぱりと、アルディミアク・ミトゥナ(あるでぃみあく・みとぅな)が言い切りました。
「まあ、いいんじゃないかな。マサラが忙しいときは、ブルー二代目としてゴチメイに参加してもらえば」
 ココ・カンパーニュの言葉で、なんだか落ち着いたようです。
「じゃ、自分たちの部屋決めようか」
 そう言うと、一同がわらわらと新居の中に散っていきます。
 家の半分以上を兵舎の設計にしておいてよかったと思うホレーショ・ネルソンでした。