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リアクション
■友に贈る
キュッキュッキュ。
綺麗な音を立てながらテーブルを磨きあげ、にこにこと笑いながら花瓶に花を飾る。
「……嬉しそうだな」
誰がどう見ても楽しげな彼女、遠野 歌菜(とおの・かな)に声をかけたのはパートナーの月崎 羽純(つきざき・はすみ)だ。羽純は少し呆れた様子だったが、しかし彼自身もどこか嬉しそうに歌菜には見えた。
「だって本当に嬉しいんだもの。羽純くんだってそうでしょ?」
まあ、思った以上に豪華そうだからちょっと緊張しちゃうけど、と小さく加えながらの言葉に、羽純は手元に目を落とした。
「そう、だな」
嬉しく思うからこそ、2人はあえて裏方としての参加を望んだのだ。
(ちょっとイレギュラーな出席方法になっちゃいますが……私達なりのお祝いという事で)
歌菜は羽純の視線を追いかけ、その手にあるのが一生懸命2人で選んだプレゼントだと気づく。
「当日は忙しいだろう?」
「あ、そっか。どうしよう?」
羽純の言う通り、当日の予定を思い出すと直接渡せるかはよく分からない。少し悩んだ後、2人はあらかじめ主役達の控え室においておくことにした。
喜んでくれるだろうか、という少しの不安と。
心からの祝福を込めて。
「お?い、歌菜と羽純! ちょっとこっち手伝ってくんねぇか?」
ちょうど控え室を出た時、遠くから声がかかる。振り向くとメイド服の女性が右手を振っていた。フロアを取り仕切っている朝霧 垂(あさぎり・しづり)だ。
2人は一度、控え室のドアを見てから、もちろんと頷いてそちらへと駆けていった。
広い空間に華やかな装飾がされた一番奥では、五十嵐 理沙(いがらし・りさ)とセレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)がマイクのチェックをしていた。
「あーあー……ごほんっ。今日は本当におめでとう……どう?」
「音も位置も大丈夫だな」
「ああ……しかし、俺はソレよりその人形の方が気になるんだが」
理沙に応じたのは仕事モードのドブーツ・ライキとジヴォート・ノスキーダ(じぼーと・のすきーだ)だ。背後に従えたスタッフたちと話しながら、こと細かくいろいろ確認している。
そんな中で、ドブーツはセレスティアの前に置かれた土星くんぬいぐるみが気になったようだ。かなり目立っているのが気になるらしい。
「あら、これには重要な役目が在るんですよ」
「しかしだな」
「いいじゃねーか。なんか面白そうだ」
「そうよ。可愛いからいいじゃない」
残念ながら味方がいなかったため、本番も土星くんぬいぐるみ有でいくことになった。
役目が何であるかは、当日判明するだろう。
「あ、それでプロモの方はどうなったのかしら?」
「それなら任せろ! 俺のとこの奴らが良い絵を拾ってきたからな」
「……ほお? あのごちゃごちゃして絞り込むのが大変だったあれが、か。わが社の方がいいものを選んできただろうが」
「ああ?」
理沙が話をふると、生き生きと語りだした少年達だが、段々と雲行きが怪しくなってくる。2人は友人ではあるが、番組制作会社の社長同志でもあり、ライバルでもあるわけだ。
ケンカになりそうな2人に、セレスティアは喧嘩出来るほどの仲に戻ったことを微笑ましく思いながらも、さっそくぬいぐるみを活用することにした。
ぽちっとお腹を押す。
『なんでやねん!』
「さてっと。あとは備品の最終チェックをして……」
垂は控え室を見回して、どこか感慨深そうな顔をした。
「いよいよ、か。なんというか。ようやくか、って気もするな」
親友達の門出に、至極の喜びとほんのちょびっとの寂しさを覚え
『なんでやねん!』
「ちょっと2人とも落ち着きなさいよ」
「そうですわ。せっかくのお祝い事なのですから、喧嘩はなしですわよ」
「まあ、喧嘩するほど仲がいいって言うけど、今回はねぇ」
「だ、誰と誰が仲がいいんだ!」
「そうだな。さすがに喧嘩はダメだな。よしっ仲良く行こう!」
「こ、こらっ! 肩を組むな」
「……あら? 随分と楽しそうね」
「何か問題でもあったか?」
「歌菜さんと羽純さん! いえ、明日はみなさんで協力してがんばりましょう、と話し合ってたんですよ」
「そうそう。仲良く盛り上げようって話ね」
「いつそんな話をした! 俺はただ仕事としてだな」
「そうだな。明日は精一杯、祝いたいからな。よろしく頼む」
「ええ、こちらこそ」
控え室の外から聞こえてくる騒がしい声に、苦笑。
明日ここで行われるのは、本来厳かな雰囲気を持つモノなのだろうが、きっと明日もこんな空気なのだろうと想像でき、そしてそれが何よりもあの2人らしいと思った。
垂は部屋の中を見回し、テーブルの上に丁寧に置かれた数々の贈り物に満足げに見つめた。
その中にある一つにはこんなメッセージカードがあった。
『ルカさんと鷹村さん、ご結婚おめでとうございます!
お二人の晴れの門出を心から祝福申し上げます。
お忙しいお二人ですが、どうか笑顔いっぱいの素晴らしい家庭を築いてくださいね。いつまでもどうかお幸せに!
P.S.本日は、お二人の幸せを陰ながらお手伝いさせて頂きます!
遠野 歌菜と月崎 羽純より』
明日、ここで結婚式が行われる。
* * *
「お足元、お気を付けください」
「ああ……ほほお。これは美しい」
歌菜の案内でフロアに入った紫色の髪をなびかせた美少年。ことジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)は式場内に入ってすぐ、そう感心した声をあげた。派手すぎずに、暖かな雰囲気に整えられたフロア。そのことにイの一番に気づくあたりが彼らしい。
同じく後から入場したルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)も頷いた。
「たしかに。素晴らしいですね。準備をされた方々の美しい心もこめられているのが分かります」
「ふふっ。みんな一生懸命準備してましたから、そのお言葉を聞いたらきっと喜びます」
「いや。こちらこそ呼んでもらえて嬉しいよ」
どれだけ周囲が頑張ってきたかを知っている者として、ほんとうに嬉しく感じた。
なんといっても、歌菜自身もその準備をしてきた一人なのだ。
「歌菜、少しいいか?」
「羽純君? 何かあったの?」
そんな彼女に声をかけた羽純は、少し困った顔をしていた。彼の後ろには楽しげに話し合っているダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)と小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)の姿があり、他にも団員が数名いた。どうやら彼らをここまで案内してきたようだ。
「いよいよ、か。早かったような、遅かったような。不思議な心地だな」
「ええ、そうですね」
気軽に話し合っている様子を微笑ましく思いながら、歌菜は羽純を見た。別段何か問題はなさそうだが。
「どうかしたの?」
「いや……ダリルたちと話していたら猫が」
「猫?」
にゃー、という愛らしい声に目を下へ向けると、そこにはまるでタキシードを着ているような模様の猫がいた。猫は歌菜と目が合うと、挨拶するように頭を下げた。律儀な猫だ。
「まあ、賢い猫ちゃんですね」
しゃがみこんで頭をなでる歌菜に、ダリルがそうだ、とこちらに向き直った。
「おそらくエースのところの猫だと思うんだが、見ていないか?」
「エースさんの? いいえ、まだ」
見ていません。
と彼女が答える前に
『ぎゃーっ今日もかいなー』
どこからか、悲鳴が聞こえた。
目を送れば、いままさに話題に上っていた赤毛の青年、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が驚いた顔をしていた。
「ごましおがメシエの荷物に紛れこんでいたとは知らなかったなぁ」
「どうやら結婚式の話をしていたのを、傍で話を聞いていたらしい。
よほどコーン・スーと遊びたいらしくて、荷物の中に紛れ込んでいてね。
何度つまみだしてももぐり込むから、仕方ないので連れて来てしまったよ」
肩をすくめてメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が答え、エースは「ごましおは本当に土星くんが好きだねー」と笑った。
『って、こらー! 和やかに話しとらんと、助けんかい! せっかくの一張羅が』
「そうそう。一張羅といえば、その服どうしたの?」
まん丸の物体は、何やら黒い服? スーツ? やネクタイのようなものを身につけていた。似合っているような、滑稽なような。
ずっと聞くのを我慢していたリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)がようやく質問する。そんな今日の彼女は、メシエと共に古王国時代を髣髴させる、上品で落ち着いたデザインのドレスを着ていた。メシエとついになるような洋装である。
話が少し前後するが、リリアとメシエは先日結婚した。
そのことを報告すると、土星くんは照れたような様子だったが、嬉しげに祝福を述べ、それからはやたらとハイテンションだったのもあり、質問する機会を失っていたのだ。
『む、これか? これは、その……みんなが用意してくれたんや』
「そうだったんですか? とてもお似合いですよ」
『あ、当たり前やろ!』
エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が褒めると、土星くんは照れを隠す大きな声を上げ、驚いたごましおが落ちかけ、『おっと、すまん』と頭上に謝っていた。
エースはごましおは土星くんに任せよう、と周囲を見回し、招待客やスタッフたちに「にゃー」と挨拶をしているおはぎを発見して息を吐き出した。途中ではぐれたので探していたのだ。
「おはぎ! 良かった」
「やはりエースさんのとこの子でしたか。とても賢い子ですね」
「そうなんだ。今回はこの子もお祝いしたいみたいだね」
「そうか。たくさん祝ってやってくれな」
名を呼ばれた猫、おはぎは周囲への挨拶を少し中断してエースの肩に飛び乗った。エースの言葉に頷くように鳴くおはぎに、歌菜と羽純も微笑んで答えた。
和やかな空気になったところで、ロシアンブルーの猫、もとい使い魔のシヴァとゼノンが急かすように鳴き声をあげた。
「ああ、そうでした。料理のお手伝いにいかないと」
「そうだね。僕たちもルカに渡すものあるし、今のうちに行こうか」
「彼女達はいまどこに?」
「控え室に居ると思うわ」
「案内しよう」
「ありがとう」
「ではまたあとで」
『それよりも、はよごましおをなんとかやな』
「ほら、土星くん。行くわよ」
『話をきけー!』
* * *
そんなこんなでエースらと別れて厨房へやってきたエオリアとダリルを出迎えたのは、同じく料理の手伝いにきていた朱里・ブラウ(しゅり・ぶらう)(正確には改姓手続きをしたので朱里・ブラウ)とアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)だ。
「すみません、遅れました」
「大丈夫よ。時間はまだあるから」
「ああ。それに昨日の仕込みがあるからな」
「いや、しかしほんと助かる。さすがに俺ひとりではきつかったからな」
ダリルが改めて礼をいうと、3人は3人とも笑って首を振った。
「むしろ手伝わせて欲しい。君にはいろいろ世話になった。何より、友人としてこのぐらい手伝うのは当然のこと。何の遠慮もいらない」
「そうですよ。まあ、僕に出来るのはお手伝いぐらいですが」
「あら、そんなことないわ。試作品のケーキ美味しかったもの。今日も楽しみにしてるのよ」
「ありがとうございます。そういっていただけると、嬉しいです」
そして料理に取り掛かる。全員なれた手つきだ。どうやら今回は、料理を食べて病院行き、ということはなさそうである。
和洋折衷懐石料理を、てきぱきと人数分作り上げていく。
そんな中、エオリアが作っていたのはタルトだ。色々なフルーツをたっぷり使ったもので、ハートの形をしている。にゃあカフェでの経験を生かしたスイーツだ。
「まあ、可愛い。それにおいしそう」
「上品な甘みで好評なものなんです。新郎新婦にも料理を楽しんでいただこうと想って」
「ああそうだな。新郎新婦は忙しくて料理を楽しめないというが、ちゃんと食べてもらいたい」
見るからにみずみずしい野菜を器用に刻みながら、アインが少し口元を緩めた。彼が作っているのは和洋折衷の洋の料理。実は和洋折衷を挺身したのはアインなのだ。
料理を見つめる青い目は真剣で、友の門出を心から祝いたいのだという想いが垣間見える。
使っている食材は、かつてイナテミスで、カナンで、ニルヴァーナで、アインたちが開拓した農場や漁港で採れたものばかりとこだわっている。
(これらを輸送する交通網も含めて、皆が力を合わせなければ、この成果は成しえなかったものだ。
これらのひとつひとつが、僕達契約者の、そしてパラミタの歩んできた軌跡だ)
そんな想いの詰まった料理を通して、この地で共に生きる者としての感謝と、未来への希望を、新郎新婦と招待客の皆に伝えたいと彼は強く思っているし、きっと伝わると確信もしていた。
式開始まであともうすぐ。
* * *
「では、ジェイダス殿、ルドルフ殿。こちらの部屋でもうしばしお待ち願いたい」
夏侯 淵(かこう・えん)の案内で控え室に着いたジェイダスは、しかし不満げな様子なくゆったりと椅子に腰掛けた。目線の先にはテーブルの上に置かれた花がある。エースやリリアが飾りつけたもので、控え室にいる間にも喜んでもらおうという心遣いだろう。
ルドルフも椅子に座った。控え室には、すでに何人か集まっていた
やはり、というべきか。教導団関係者が多いようだった。
その中に金 鋭峰(じん・るいふぉん)がいないのは遅れているわけではなく、おそらく仲人として打ち合わせに行っているのだろう。関羽・雲長(かんう・うんちょう)や羅 英照(ろー・いんざお)がここにいるのが何よりの証拠だ。
「いやしかし、いよいよあの2人が結婚ですか」
ぽつり、と呟いたルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)は眼鏡の奥の目を細めた。
ソレに対し、そわそわと落ち着かない様子だったレオン・ダンドリオン(れおん・たんどりおん)がいち早く反応した。
「まあ、本当ならもっと早くにしたかったのかもしんねーけど」
「余裕が出来た……ふむ。平和になったとも言える、か」
隣にいた目つきの鋭い女性。メルヴィア・聆珈(めるう゛ぃあ・れいか)がリボンを揺らしながら口を開く。ルースが笑った。
「そうですね。結婚という響きは、とても穏やかで……事実。とても幸せなものですし」
「ああ。そういやお前は結婚してたっけか」
「ええ……結婚はいいものですよ」
既婚者のルースが笑う。多くの言葉よりも、その笑顔一つが全てを語っていた。愛する人と結ばれ、真に幸福なのだろう。
今日は2人に祝福を送るとともに、そうした先輩としての助言が出来ればとルースは思っている。
「まあいいことばかりじゃなく、喧嘩もあったりしますけど……あのお2人ならそんな心配はいらないでしょう」
「……あまり喧嘩している姿は想像しにくいな」
「だなぁ」
ルースの言葉に2人は納得した。明るい新婦と穏やかな新郎に、喧嘩のイメージは無い。
「まあ、付き合いも長い方たちですしね……っと、そろそろ時間ですか」
いつの間にか時間が経っていたようで、周囲では身だしなみの最終チェックをしていた。
「うーん。普段はスーツを着込まないので、首元とかがどうにも馴染まないですね……アーデルさん、すみませんがネクタイが曲がったりしていないか見て貰えますか?」
首元を気にする素振りをみせているのはザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)だ。言葉通り、着慣れていないのだろう。どことなく動きがぎこちない。
「うむ? ……やれやれ。少し曲がっておるぞ。どれ、私が直してやろう」
「すみません、ありがとうございます」
濃い紫のドレスを身につけたアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)が、呆れた顔でネクタイを直す。慣れた様子だったが、彼女なら何ができてもおかしくない。
「アーデルさんの落ち着いたドレス姿も素敵ですよ」
「そうじゃろう? こういうこともあろうかと、準備しておったからの」
「さすがですね」
ドレス姿を褒めると、アーデルハイトは「そうじゃろう」と胸を張った。
「それにしても展望レストランを貸切とは、流石に豪勢ですね」
「じゃな。眺めもよい。私としては料理も楽しみなのじゃが」
「そういえばダリルさんが料理されるとお聞きしました。主夫の鏡ですね」
和やかに話しながら、式場へと向かっていった。