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空を観ようよ

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卒業そして引越し

 2026年3月。
 ツァンダにある、とある老夫婦が営むパン屋。
 その2階に、これまで瀬島 壮太(せじま・そうた)とパートナーのミミ・マリー(みみ・まりー)は下宿していた。
 学生専門の下宿であり、部屋は1つだけだった。
(あんなに狭い狭いと思ってた二人部屋だけど、壮太の荷物がなくなってなんだかガランとしてる……)
 ミミはその部屋の中で、1人、佇んでいた。
 今日、壮太はこの部屋を出ていく。
 壮太は今月、蒼空学園の大学を卒業した。
 これを機に、新しく部屋を借りて婚約者と住むことにしたのだ。
 ミミはまだ大学に通っており、老夫婦にも情が沸いているいるため、もうしばらくここに住む予定だった。
(壮太と婚約者さんのことは、2人が友達から恋人になるまで見てきたから、ああやっとここまで来たんだなって感じだけど……)
 やっぱり少しさみしいな、とも思う。
 壮太の引っ越し先は、同じツァンダで、距離もそれほど離れてはいない。
 離れていてもパートナーはパートナーだし、今生の別れというわけでもないのだが……。
「挨拶、済ませて来た」
 壮太が部屋に戻ってきた。
 そして、小さなバッグに部屋に残っていた生活用品を詰めていく。
「壮太、忙しくてもきちんとご飯食べるんだよ」
「はいはい」
「あんまり我侭ばっかり言って困らせちゃだめだよ」
「わかってるよ」
「喧嘩してもここに戻ってこないで、きちんと話し合って解決するんだよ」
「うるせえな」
 2人の口から出る言葉は、母親と息子の台詞のようだった。
 本当はお互い、もっと言いたいことがあるのに。
 相手に、伝えたいこと、伝えたい想いがあるのに――。
 小さなバッグはすぐにぱんぱんになり、いつでも出れる状態になった。
 壮太はミミの小言のような言葉に適当な返事をしながら、バッグの中を整理する。
 壮太とミミが契約したのは、壮太がまだ地球に居た頃だった。
 壮太は当時、問題児で高校にも行っておらず、事故みたいな成り行きまかせの契約だった。
(契約なんかするつもりもなかったんだけど、ポロっとしちまって……ミミのことなんてほんとにどうでもよかった)
 だけれど、更生しようと決めてパラミタに来て。
 なんだかんだでミミと一緒の生活を始めて。
 決して楽しい事ばかりではなかたったし、喧嘩もしたけれど。
(なんつーか……家族っていうのか。弟がいたらきっとこんなカンジなんだろうなって思った)
 壮太はコインロッカーベイビーで、血のつながった家族を知らなかった。
(多分ミミがいなかったら、オレはここまでまっとうな人間になれなかっただろうし……だから、感謝してるんだ)
 バッグを背負って、壮太は玄関へと向かう。
「……忘れ物ない?」
 出て行こうとする壮太に、ミミはそう言葉をかけるので精一杯だった。
 本当は、もっと『今まで楽しかったよ』とか『ありがとう』とかそういうことを言いたいのに。
 ドアを開けて、外へ足を踏み出した壮太が振り返った。
「おまえと契約してよかったよ」
 ミミの顔を見て、壮太は言う。
「ありがとな」
「……」
 突然の彼の言葉に、ミミの目からじわっと涙が溢れ、ぽろぽろと落ちた。
 ミミはただ、うんうんと頷くことしかできない。
 壮太は笑みを浮かべて、ぽんぽんとミミの頭を撫でた。
 ミミの目からまたぽたりと涙が落ちる。ただただ、うんうんと頷きながら。
「じゃあな」
「うん」
 ミミは壮太を見送った。
「……壮太、元気でね。
 ずっとひとりぼっちで家族を探して、さ迷ってた僕と契約してくれて、壮太は僕のほんとの兄弟みたいだよ」
 目から涙をこぼしながら、ミミは微笑んだ。
「どうか幸せになって」
 聞きなれた壮太の足音が、遠くなっていく。

 ミミは1人、寂しくなった部屋の中に戻ると、窓に近づいた。
 窓の外に、彼の姿があった。
 背を向けて歩きながら、片手を上げて振っている。
 涙を拭って、ミミも手を振った――。