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国境の防衛戦

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国境の防衛戦

リアクション

 
 
 当初、クレア達のトンネル砲は、一撃を放った後で、崩して埋めてしまう予定だった。
 それで龍騎士が生き埋めにされて死ぬことは有り得ないにしても、とにかく、洞窟は塞いでしまう予定だったのだ。
 だが、テオフィロスとの戦闘に予想外にてこずり、また他に気を回していられるほど、余裕のある戦いでもなかった為、侵入者を許してしまったのである。

 ――5日が過ぎていた。

 ついにチャンスは訪れた。
 トラッパーや破壊工作、殺気看破やカモフラージュ等のスキルを駆使して、何日もかけて要塞内部の複数の場所に、密かに仕掛けていた爆弾を、一度に爆発させる。

「何だ!?」
 振動は、都築少佐のいる司令室にも伝わって、はっと顔を上げる。
「またトンネル砲か!?」
「確認します」
 藤堂が答え、鈴木周達も、改めて身を引き締める。
 ハインリヒ・ヴェーゼルが、パートナーと共に現場に駆けつけて、素早く補修する。
「特別、酷い状況ではございませんね」
 ハインリヒは、そう呟きながら、自分の言葉に違和感を感じた。
 爆弾は、通路を崩して塞いだりしていたが、どれも、特に大きな損害になるような場所には無かった。
 ――設置が容易い、そんな場所に仕掛けられていたのだ。
 つまり、と、ハインリヒは気付く。
 つまり、それらは陽動だった。

「あれっ??」
 声に、ロイ・グラードは振り向いた。
 しまった、と思う。
 まだ、変装が完成していない。
 振り向けば、初日に自分へ、要塞内部の案内をした、あの子供だった。
 不思議そうなその声は、ロイが、鏖殺寺院の制服を着ているからだろう。
 ちっ、と舌打ちをして、ロイは素早く行動に出た。
「……っ!!」
 その子供はびくりと驚いたが、逃げ出そうとするより、ロイの方が早い。
「……悪いな」
 倒れる子供を見下ろして、ロイは呟いた。
「まだ、教導団を放校されるわけにはいかないんでね」


「……ツヅキ」
 暗くなる視界の中で、最後に、呟く。
 役に立てなくて、ごめんなさい。


「!!!??」
 突然、がくんと都築少佐が頭を押さえてうずくまった。
 椅子に座っていたので、がつんと顔を机にぶつけるが、そのまま床に倒れる。
「少佐!?」
 藤堂と周達が、驚いて駆け寄った。
「どうしたんだよ、おっさん!?」
「あ、あ、あ、頭、が――」
 脂汗をびっしりと滲ませて、都築少佐が呻く。
 はっ、とレミが青ざめた。
「レミ殿?」
 訊ねるカールに、レミは声を震わせる。
「も……もしかして、都築少佐の、パートナーに、何か……」
 もしかして、これは、パートナーロストの影響なのではないだろうか。
 はっとした藤堂が、慌てて通信機に飛び付いた。
「ゲオルグの居場所を確認してくれ! 早く!」
「ゲオルグ?」
 それが、都築少佐のパートナーの名か。
「……まだ子供なんですが……色々、手伝いたがって。
 常に誰かと一緒にいるようにと言いつけてはあったんですが……」
 苦い顔で、周の問いに、藤堂は答える。
 程なくして、彼等の元に、簡易更衣室で息絶えている子供を発見したという報告が入った。
「くそっ!!」
 周が拳を壁に叩き付ける。
「……どうすべきか? 少佐を担いで脱出するのか」
 カールが訊ねるが、外からは今正に、敵が侵入しようとしているところだ。
 そこに、先程の爆音とは比べ物にならない地響きが届いた。
 間を置いて、数回。
「今度は何だ?」
 ぎり、と周が奥歯を噛む。

 それは、ロイによって、武器庫や弾薬庫が爆破される音だった。
 爆弾を仕掛ける隙は無かったので、直接機晶ロケットランチャーで爆破する。
 武器庫や弾薬庫は、誘爆を引き起こして、地崩れと崩落を引き起こしていた。
 何故かロイが設置した覚えのない場所でまで爆発が起きて、予期していなかったロイは逃亡の際に慌てたものの、妨げになるというよりは、むしろ渡りに船だった。


「くっ! 気をつけていたつもりだったのに!」
 明らかに、内部からのものである攻撃に、香取翔子は常にある冷静さを失いながら走った。
 寝返りや内通を見逃さないように、監視の目を厳しくしていたつもりだった。
 報告によれば、目撃された爆破の犯人は、鏖殺寺院メンバーだという。
 ――まさか、同じ教導団に属する者が裏切っていたなどと、彼女には想像もつかない。
「翔子!!」
 発見したのはクレアだった。
 脱ぎ捨ててある、鏖殺寺院制服と、パンプキンヘッド。
「――既に逃亡済み、ということね」
 翔子はぎゅっと拳を握り締めた。



「痛!!」
 何かに足を取られ、派手に転んだ東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)は、何に滑ったのかと足元を見て、布を巻いて隠している顔をしかめた。
「……バナナ……?」
 そこには、すっかり黒ずんで色だけは地面の一部と化したバナナの皮が、びっしりと敷き詰められていたのだ。
 ちなみに、見えない壁は、効力時間を失って、なくなっている。
「……何故、こんなところにバナナトラップが……!?」
 さっぱりワケが解らなかったし、腹立たしいことこの上なかったが、今はそんなことを詮索している場合ではない。
 どんな反応をしたらいいのか微妙な顔をしているパートナーのバルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)を無視して、雄軒は洞窟内部に突入する。
「司令官が見つかればよいが」
 気を取り直したように、バルトが言った。
 最大の目的である要塞の破壊は、ロイ・グラードの後を引き継いで、メニエスが全壊させる手はずだ。
 あとは司令官を殺れば、それでこの戦闘は勝利する。
「構いませんよ。乱戦状態を少しでも長く維持できれば」
 しかし雄軒にとって、その辺はどうでもいいのか、あっさりとそう言う。
 雄軒にとっては、ここで派手に暴れて、エリュシオンとのコネを作っておきたいのだ。
 派手に暴れて、とは言っても、数で圧倒的に負けているので、身を隠しながらではある。
 乱戦状態にしておけば、見つかり難いと判断したのだ。


「あはははは! 楽しいね!」
 パートナー共々、襟を深く立てた上着に光学モザイクで顔を隠して、マッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)は、向かって来る兵達に、片っ端からペトロファイを掛けまくっていた。
 石化した人間がそこら中に転がっているのが、愉快でたまらない。
 大体、契約者などの強敵は、龍騎士や従龍騎士にかかずらっているので、相手は、クセのある各学校の生徒達などではなく、元々ここを護っていた教導団兵や、獣人達が多い。
「そんなのが、僕達に敵うわけないよねっ」
 二人のパートナー、シャノン・マレフィキウム(しゃのん・まれふぃきうむ)魄喰 迫(はくはみの・はく)も、ガンガンやりたい放題である。
 契約者からの伏兵、ということに対して、警備隊は、全くのノーマークだったのだ。
 とは言え、質より量で来られたら、数的には圧倒的に不利なので、必要以上に無理はしない。
 しないが、これから先、エリュシオンに付こうと思っているマッシュにとって、この基地は邪魔なものでしかない。
「ははっ、こんな基地、潰れちまえ〜」
 迫の言葉にマッシュも
「潰れちゃえ♪」
と歌うように続けた。

 また、国頭 武尊(くにがみ・たける)とそのパートナー、猫井 又吉(ねこい・またきち)の狙いは最初から、より手強い契約者連中ではなく、現地徴用の獣人達だった。 獣人達も、普段大概人間の姿をしているので解り難いが、教導団の正規兵や学生と違い、契約者を持たない彼等であれば、赤子の手を捻るようなものだ。
 そうして自分達が派手に教導団連中を掻き回していれば、後方で被害も少なく控えている神クラスの龍騎士達が、優位にことを進めることになるだろう。
 要塞内部で基地そのものの破壊活動をしているメニエスの援護にもなるはずだ。
「待ってたぜえ! この瞬間を!」
 又吉が放つ放電実験が、周囲の教導団兵を撫で広がる。
 この混乱を乗り越え、守備兵達が冷静さを取り戻す前に、徹底的にやる。
 火炎放射器を持ち出して、最大火力で振り回した。
 ばたばた倒れて行く兵達を見るのが、気持ちいい。
「不運と躍っちまいな!」
「――させませんよッ!」
 獣人達は、契約者達に比べ、戦闘能力に劣る。
 そんなことは始めから解っていたことで、だから、ジークフリート・ベルンハルトは最初から、獣人達を護ることを重視してきた。
 それを、あえて彼等を狙ってくるとは、卑怯者にしか見えない。
 力の差はあっても、倒すことはできなくても、立て直して逃げるまで、足止めをすることくらいはできるはずだ。
 少しでも。少しでも、時間を稼ぐ。
「いい度胸だ」
 武尊がにやりと笑う。まとう帯電フィールドが、ばちりと弾けた。


「あら、いい具合になってるわね」
 メニエス・レインが、あちこちから聞える崩落音を、気持ち良さそうに聞く。
「誰かさんは、いい仕事をしたようね」
「退却路まで塞がれないよう、お気をつけください」
 ミストラルが注意を促すが、促すだけで、実際にはミストラル自身が、退却路については気をつけている。
「きゃはははは! 久しぶり! 本気で殺していいんだね!」
 テンションが上がりまくりのロザリアスに
「いいわよ」
と言いながら、
「でも、メインは基地の破壊だからね」
と、一応言っておく。
 メニエスらは、内部からぼろぼろになっている要塞を、駄目押しで完膚なきまでに破壊する為に、乗り込んでいるのだ。

 ハインリヒ・ヴェーゼルは、パートナーやサポート要員として派遣して貰った教導団兵と共に、少しでも破壊された場所を補強すべく走り回ったが、基地内は、あちこち満遍なく爆破されていて、とても手が回らなかった。
「……ハインリヒ!」
 パートナーの亜衣が悲鳴を上げて、はっとする。
「獲物みーつけ!」
 返り血で顔を真紅に染めながら、尚楽しそうに、ロザリアスが立っている。
 咄嗟に反応しようとした教導団兵の一人が、血飛沫を上げた。
「……撤退! 戦わないで、逃げてください!」
 ハインリヒの声に、全員が逃げ出す。
「あーあ、つまんない。まあいいや。追わないであげる」
 くすくす笑いながらの声が、瓦礫の崩れる音に掻き消えた。



 医務室に、怪我人が溢れている。
 次々と運ばれる怪我人に、治療回復がまるで追い付かない。
 命に別状のない人は後回しに、緊急の人を優先して治療しているのだが、この怪我人の多さが、状況の厳しさを物語っている。
「……場所、移した方がいいですね」
 止まない地響きに、夜住彩蓮が苦渋の決断をした。
 爆破なり誘爆なり、このままでは、いずれここも崩れてしまう。
 しかし、外に出れば出たで危険だし、怪我人全員を運ぶのは大変だ。
 その為に、今迄決断ができなかった。
「あたし、ここでギリギリまで治療してる!
 そうすれば、自力で逃げ出せる人も増えるし!」
 ミルディア・ディスティンが、悲壮な顔をしながら言って、和泉真奈もそれに頷いた。
「では、私達は負傷者の輸送を行う」
 前線からここまで怪我人の輸送を行っていたデュランダル・ウォルボルフ(でゅらんだる・うぉるぼるふ)が、今度は彼等を外に運び出す、と言う言葉を聞きながら、彩蓮は、急いで携帯電話を手にした。
 デュランダルと同様に、戦場から怪我人を回収してここまで運んでいる、神裂刹那に連絡を取る為だ。
 国頭武尊やマッシュ・ザ・ペトリファイアーが暴れまわっている危険な場所で、パートナの魔鎧、ノエル・ノワール(のえる・のわーる)を装備して、怪我人を運び続けていた刹那は、すぐに電話に出て、状況を伝えられ、頷いた。
「解りました。確かに、中はもう、危険ですね。
 怪我人を運び出せそうな場所を探してみます」
「基地は放棄するのか」
 電話を切った刹那に、ノエルが訊ねた。
「……そうなりそうですね」
 落ちるのか。この砦は。
 刹那は東シャンバラに属するが、それでも、心が痛む。
 敵も味方も、できるだけの犠牲を無くしたいと、そう願っていたのに。
「……無力です……」
 ただ戦場に在って、何も出来ない。こんなにも無力で、悔しい。
 西も東も関係なく、誰にも傷ついて欲しくないと思うから、ここまで駆けつけたのに。
「……刹那」
「……大丈夫。さあ、皆を運び出す場所を、探さなくては」
 心配そうなノエルの声に、刹那は気力を振り絞った。

 刹那は、砦の外に出る途中で会った教導団兵に事情を話して近隣の地形を聞き、怪我人を運び出すのに適した場所のアドバイスを貰って、それを彩蓮に電話で伝える。
「よかった、デュランダル、既に怪我人抱えて外に向かっているのです。
 立ち往生にならなくて済みます」
 会ったら案内してあげてください、と言う彩蓮に、そこまで切羽詰っているのかと唇を噛み締める。
 ――いや、解っていた。改めて、事実として伝えられただけだ。
 程なくしてデュランダルと合流し、選んだ場所へ誘導する。
「私も怪我人を運びます」
「いや、ここで怪我人の治療をしつつ、見張っていてやって欲しい。
 外に転がされて、何があるか解らない」
「……そうですね」
 確かにそのとおりだと思ったので、刹那は頷いた。

「……ミルディアさん」
 パラパラと、細かい小石や砂が天井から落ちてくる。
「待ってて、今治療するから!」
 怪我人の一人から声をかけられて、ミルディアは殊更元気に答えた。
 声を掛けた負傷兵は苦笑して、
「もう、いいですよ」
と言う。
「え?」
「早く逃げないと。もう、いつ崩れるか解りません」
「じょーだん言わないで! 皆置いて、行けないよ!
 すぐに治すから、自分の足で、先に逃げてよ!」
「…………いいえ…………」
 掠れた声で呟いて、負傷兵は目を閉じる。
 もう、ここを死に場所と決めてしまったようだ。
「ちょっと! しっかりしてよ、男のくせに!!」
 ミルディアは叫んだ。
 叫んでいる内にも、地響きの音は酷くなる。
 どうしたらいいの。全員助けられないで、ここで、瓦礫に埋まって死んじゃうの?
 あたしは、役に立てないの!?
 悔しくて泣きそうになっていたら、
「……しっ」
 不意に、真奈が、人差し指を口元にあてた。
「……真奈?」
「何か聞こえます」
 今迄聞こえなかった、別の音が聞こえる。
 それは負傷兵達をぞっとさせたが、その頃、外では、全く予想外の出来事が起きていたのだった。