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運命の赤い糸

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運命の赤い糸

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運命の赤い糸の消えた後に


 フィリアを近くのオアシスまで送ったアツシが、ミツエ達はどうなったかと荒野を戻っている時、大爆発を目撃した。
 衝撃波に足を止める。
「まさか、饕餮でも爆発したっスか……?」
「いや、爆発したのは運命の赤い糸とやらだ」
 独り言のつもりが、返ってきた答えに驚いて声の主へ顔を向けると、怜悧な笑みを浮かべたシャノン・マレフィキウム(しゃのん・まれふぃきうむ)が立っていた。
 危険な感じのする彼女にアツシが警戒の色を見せると、シャノンは敵意はないことを証明するように両腕を軽く広げてみせる。
「話しをしたくて君を訪ねたのだよ。はじめまして。ザナドゥのシャノン・マレフィキウムだ」
「ザナドゥの?」
 アツシの眉がぴくりと動く。
 シャノンは笑みを深くして頷いた。
「君がつい最近まで行っていたところだな」
「そんなところの人がどうしてここに?」
 シャノンとしては、もう少し世間話を楽しんでも良かったのだが、アツシが興味を示してきたため用件を伝えることにした。
「協力者が欲しいんだ。ザナドゥの、今後の活動のためにね。君がいてくれるととても嬉しいんだが」
 アツシにとっては予想外の勧誘だったようで、目を丸くしている。
 シャノンは一歩近づくと、わずかに声を潜めてさらに続けた。
「協力してくれるなら彼女を紹介しよう。それに──君は彼女の有無に加えて、あらゆる面で御人良雄より上でありたいと思っているのではないか? たとえば、大衆からの人望やイコンの所持……」
「いや、人望やイコンはいいっス。それに、ザナドゥなら俺は魔王の一人っスよ」
 今度はシャノンが目を丸くする番だった。
 董卓と共にザナドゥまで行ってしまったアツシは、その強さを大魔王に気に入られて魔王の地位を授かったのである。
「じゃあ、当然、私達に力を……?」
「それは今後しだいっスね。まだどうとも言えないっス」
「そうか……。まあいい。その時が来たらまた会おう」
 シャノンはしつこくすることなく話しを終わらせた。無理に約束を取り付けようとすることは逆効果だと思ったからだ。
 それから、もし彼女ができたら何をしたいか、という話題になった。
「車を買ってドライブに誘いたいっスね!」
 アツシの望みはとても平凡なものだった。
 これらのことを聞いたら、今頃は与えた命により別の場所にいるマッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)魄喰 迫(はくはみの・はく)はどんな顔をするだろうか、とシャノンは想像し、心の中で密かに笑った。


 運命の赤い糸の大爆発により、吹き飛ばされたミツエ達だが、幸い毒に倒れた者はいなかった。
 その代わり、地面や岩に体を強く打ったりしたため、そちらのダメージのほうが深刻だった。
 回復魔法を使える者が頑張ってどうにか動けるようになった、といったところだ。
 アイアス達はどうしたかと言うと、赤い糸が消滅したなら任務は失敗ということで引き上げていっている。
 イリアスは、彼らを見送っていた。
 是空を降りたライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)が、そっと近づいて遠慮がちに尋ねる。
「ここに残るの……?」
「ああ」
「自害なんて、しないんだね?」
「ああ」
 イリアスの返事は短すぎて、それが祖国と決別したことを寂しがっているように見えた。
「えっと、これからは乙王朝……つまり、シャンバラの仲間として一緒に戦ってくれるのかな?」
「そういうことになる。帝国へ戻れぬ以上は、今後はミツエ殿に仕えよう」
 ようやくきちんとした返事をもらえて、ライゼの顔にも笑みが浮かんだ。
 そこに、二人分の影が近づいた。
 ヒトとドラゴニュートと。
「君が、イリアス? 少し話しをしても?」
「かまわない」
 イリアスが向き合ったのは、黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)だった。
 天音は安堵の笑みを見せると、エリュシオンについて聞きたいことがあると言った。
「エリュシオンに関する資料は少なくてね。前に言っていた、エリュシオンを二分した争乱……これは、内乱が起こったということだろうか?」
「そうだ。昔、二人の皇帝が立ち、国は乱れた」
 それを再び起こさないために、イリアスはミツエと大帝の契約を阻止するほうにまわったのだ。
「ふむ……。もう少しいいかな? 龍騎士団に関することなのだけれど。『七龍騎士』という称号は、かつてかなり特殊な条件の下に叙されたものなのではないのかと思える記述があってね……『龍神族』とは、いったいどういったものなのだろうか? ドージェと共にナラカに落ちたケクロプスという人物は何者だったのか……。そして今、七龍騎士団を名乗るヘクトル達のイコン部隊が駆る機体が、龍の姿をした神の代理の聖像であることに、何か意味はあるのかな」
 目を閉じて静かに天音の言葉を聞いていたイリアスは、しばらくそうしていたが、やがて目を開き順に答えていく。
「龍神族とは、帝国にいた古代種族だ。ケクロプスは……龍騎士団創設時からの偉大な団長であった」
 ここでイリアスは黙祷するようにまぶたを伏せ、うつむいた。
「龍騎士のイコンの姿については、俺が龍騎士となった頃にはすでにこういう形だったので、おまえの知りたい答えは持っていない」
「そう。ありがとう。疲れているところ悪かったね」
「いや、かまわない。もし時間があるようなら、手当てを手伝ってやってほしい」
「そうだね」
 天音はイリアスの前を辞した。
 しばらくして、ブルーズが天音に疑問を投げかけた。
「何故、わざわざこのようなところまで来た?」
「イリアスにさっきのことを聞きたくてね。……それに、ミツエを欲する大帝。選帝神は名前の通り、皇帝を選ぶ神なのだろうと呼称だけでもわかるけれど、選帝神に選ばれて皇帝になるというのは、具体的にどういうものなんだろうね?」
「さぁな」
「皇帝は人間だと伝え聞くけれど、アスコルド大帝の姿形が人間離れしているという噂もよく耳にするよ」
「目玉か」
 そうそれ、と天音が薄く笑う。
 今頃その目玉が全滅しているかはともかく、そういう特徴があることは聞こえてくる。
「──それじゃ、手伝うとしようか」
 天音は治療に励んでいる人達のもとへ向かった。

 運命の赤い糸が跡形もなく消し飛んでしまい、一番悲しんだのは、もしかしたら親魏倭王 卑弥呼(しんぎわおう・ひみこ)だったかもしれない。
 卑弥呼はすっかり肩を落として、センチネル【ケンさん】の足元で膝を抱えていた。
 みんなが赤い糸を破壊したら、その残骸を集めて縒って、ケンさんのスピアを編み棒代わりにマフラーを編むつもりでいたのだ。
 贈る相手はもちろん董卓だ。
 萎んでしまった卑弥呼にかけるうまい言葉が見つからず、弁天屋 菊(べんてんや・きく)はミツエのもとへ足を運んだ。
 気づいたミツエが怪我はないかと聞いてくる。
「ああ、元気だよ」
 菊はやや複雑な表情でそう答えた。
 それはミツエに対する思いに由来する。
 菊にとってミツエは戦友といってもいい存在だ。たとえば、見殺しにしたら寝覚めが悪い。
 だが、イリヤ分校に強い思い入れのある菊は、そこが乙王朝の拠点となった今、何となくすっきりしない感情を抱えていた。
 ──ミツエは、イリヤ分校のために何かしてくれただろうか?
 菊が見ていないだけかもしれないが、それでも彼女は見ていないのだ。
 しかし、菊の口から出たのはそれとは違うことだった。
「ミツエは親父に認められたいのかい?」
「そんなわけないでしょ! あいつは敵よ。いつか必ずあの地位から引きずりおろしてやるんだから。あいつじゃ不幸が増えるだけよ」
 鼻息荒くまくしたてる姿に、菊は思わず苦笑してしまう。
 自分が父親に向けている感情とは違うようだ。
 菊は、認めてほしいと思っている。
「そうかい。ま、その気持ちは応援するよ」
 そう言ってミツエの背を軽く叩き、今度は卑弥呼のところへ行く。
 あのしょぼくれた彼女に元気になってほしいから。
 ミツエがその様子を何となく見守っていると、ふと名前を呼ばれた。
 振り返れば優斗がいて、何か思い詰めたような顔をしていた。
「どうしたの? まさか、どこか深刻な怪我でも?」
 優斗は赤い糸に剣で斬りかかったため、爆発した時は和希達同様一番近い場所にいたはずだ。爆発の際、赤い糸の猛毒は優斗達に影響を及ぼさなかった。形を失ったことで、力を失ったのだろう。
 ちなみにイコンを爆発させる前に脱出した祥子は赤い糸の中で気を失ったが、今は治療を受けて一命を取り留めた。
 もう少ししたら、赤い糸の猛毒に倒れた他の者達と共に病院へ運ばれるだろう。
「怪我は、もう大丈夫です。……聞きたいことがあります」
「何?」
「これから乙王朝をどのようにしていくつもりでいますか?」
「まず、エリュシオンをぶっ潰すわ!」
 即答したミツエに、やっぱり、と優斗はため息をつく。
「侵略行為をするつもりですか?」
「先に仕掛けてきたのは向こうよ。帝国は放っておくわけにはいかないわ。でも、攻めるにしてもいい対策案がないから、しばらくは無理ね。状況によっては別の道に進むかもしれないし」
 つまり保留ということだが、エリュシオンを潰したいというのが第一希望なのは、先の発言の通りだ。
 優斗は目を伏せてそれを聞いていたが、やがて何かを決めたように顔を上げた。
「僕は、侵略には力を貸せません。そういう僕は──今の乙王朝のために戦う気がない僕は、もう必要ないでしょう?」
 ミツエはびっくりした顔で優斗を見つめた。
 息も止まってしまっていたようだが、少しすると飲み込んだままの息をゆっくりと吐き出した。
「もう決めたの?」
「あなたが、帝国に攻め入るというなら」
「そう……残念ね」
 その後、何か言葉を続けようとミツエの視線が揺れた時、くぐもった破裂音がして二人は煙幕に包まれた。
 目の前のミツエの姿も粉塵にかすんでよく見えない優斗の耳に届いたのは、バイクの音とミツエの騒ぐ声。
 やがて煙が散った頃には、優斗の前からミツエは消えていた。
 ミツエをさらったのはロイ・グラード(ろい・ぐらーど)だった。
 ミツエは軍用バイク付属のサイドカーで、ぼんやりとしている。
 暴れて抵抗しないように、とロイが自称小麦粉を吸わせたのだ。
「さて、手土産はこれでよし……」
 後ろを振り向き、追っ手は来ているが追いつかれないだろうと確信した時、横から巨大生物が躍り出てきた。
 北斗が手懐けようとしていたヒュドラだ。
 北斗はまだその尻尾にしがみついていた。
 撤退していくアイアスらを見て、置いていかれると焦ったヒュドラがロイの前に飛び出してきたのである。
 両者は正面衝突をした……といっても、吹っ飛ばされたのはバイク側だが。
 そして、とうとう北斗も振り落とされてしまい、ヒュドラはアイアスを追ってエリュシオンへ帰っていった。
 ロイが目を回している少しの間に、ミツエを追ってきた者達によって彼女は保護された。
 自称小麦粉がまだ抜けていないのか、ふらふらと頼りない足取りでわけのわからないことをわめいたりしている。
 ロイは運良く彼らに見つかることはなかった。
 運命の赤い糸が破壊された時点で、大帝とミツエの縁も壊れたのだろう。