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運命の赤い糸

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運命の赤い糸

リアクション



狭量への説得


 まさか饕餮を動かせると思っていなかったアツシは、試しに押してみてラッキーだったっス、と調子に乗っていた。
 饕餮の足に何かくっついているような気がしたが、あまり気にしなかった。
「このまま邪魔するイコンを蹴散らすっス!」
 意気込んだ時、鋭い声がリモコンを操作する手を止めた。
「火口敦! あんた、本気でエリュシオンを信じてるの!?」
 重い駆動音を響かせながら現れたのは鋼竜だった。肩には典韋 オ來が仁王立ちしている。声の主かどうかはわからない。
 同じ声が続けて言った。
「利用するだけ利用して、ポイ捨てするとは考えなかったの? どうしてアスコルドをそこまで信じられるの。そもそも、あんたの好みはちゃんと理解されてるの? 目玉の化け物なアスコルドにそっくりな、目玉だらけの彼女を紹介されても、あんたは付き合うつもり?」
 典韋の口が動いていないことから、アツシは声の主は別にいると知った。
「大国の帝王ともあろう人が、そんな愚かな真似するはずがないっスよ! もしそんなことをしたら、恥をかくのは大帝のほうっス」
 負けずに言い返すアツシに、声の主はこう断言した。
「エリュシオンに美人なんていないわ!」
「……まじっスか?」
 あまりに力強い断言に、わずかに揺らぐアツシ。
 声は急にやさしい調子で自分の望みを言う。
「私が欲しいのは曹操孟徳よ。解放してくれれば、ここにいる典韋があんたの彼女になるわ」
「むむ……。──さっきの言葉、そっくり返すっスよ。顔も見せない人の言うことを聞くと、あっさりポイ捨てされるかもしれないっス」
 典韋を見て、アツシはだいぶ葛藤したようだが、結局断った。
 残念ね、と呟いた声が聞こえた瞬間、アツシの手元を弾丸が掠めた。
 思わずリモコンを取り落としそうになるのをどうにかこらえるが、次にはその手に違和感を覚える。
「言うこと聞いてくれないなら仕方ない……」
「わわっ、なんスかこれ!」
 典韋はサイコキネシスでアツシの指を無理矢理動かし、饕餮のハッチを開こうとしていた。
 抵抗するアツシ。
 曹操の乗る饕餮がいいようにされて怒りの頂点を越え、かえって心が静かになっていた典韋だったが、とうとうその激情を噴出させた。
「曹操、あたしは、生まれ変わってもあんたを護りてぇんだ! そこんとこ、わかれよ! それほどまでに惚れてんだ! あんたのために幾度死んでもいいほどにな!」
 聞こえてんのか、と吼える典韋の声はリモコンを通して途切れ途切れだが曹操へ届いていた。
 しかし、曹操がいくら返事を叫んだところで、リモコンの小さな音量では典韋まで届かない。
 いよいよアツシの指の抵抗が終わりそうな時、早口に彼は言った。
「今ハッチを開いたら、曹操は空中に投げ出されて死ぬっスよ!」
 ピタリ、と指への強制力が消える。
 アツシは大急ぎで鋼竜の前から逃げ出した。
 休む間もなくアツシに怒鳴り声が飛んでくる。
「敦! 見損なったぞ!」
 空気が震えるほどの怒りを見せて行く手に現れたのは夏候惇・元譲(かこうとん・げんじょう)だった。
 低レベルな理由でミツエに、いや曹操に弓引くことでさえ許しがたいのに、典韋の説得(実際にあたっていたのはローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)だが)を無碍にしたことでその怒りで身が燃えてしまいそうだった。
「私と同じ『カコウトン』の名で呼ばれるお前が、このように愚かだったとは……っ。叩き斬ってくれる! 勝負しろ!」
 馬上からアツシを睨みつける元譲。
 愚かと言われ、ムッとしたのか、アツシはその挑戦を受けた。
 アツシに合わせて馬から降りた元譲はブージを構え、アツシは剣を抜く。
「はぁッ!」
 気合の充実した掛け声と共に元譲が力強く大地を蹴る。
 打ち合っては離れ、力比べになっては射殺すような視線でアツシを睨みつけ──。
 二人の戦いを、水橋 エリス(みずばし・えりす)リッシュ・アーク(りっしゅ・あーく)は厳しい表情で見ていた。
 リッシュに至っては臨戦態勢であり、ハルバードを握る手にじょじょに力がこもっていっている。
 しかし、内心はため息をつきたい気持ちだった。
 元譲の曹操への忠誠心は嫌というほどわかっているつもりだが、恋人としてはとても複雑だ。
 エリスはアツシの強さを知っているので、純粋に元譲の身を案じている。
 そしてもう一つ。
「元譲さん、リモコンのこと完全に忘れてますね……」
「ああ。最近少しはかわいいところも見るようになったが……今のあいつは猛将120%ってとこだな」
「でも、ちょっときついですね……」
 エリスの言うことはもっともで、轟雷閃、爆炎波と連続で放っても効いていないとなれば、迫力で元譲が勝っていても勝負に勝てるかどうか。
 火花を散らし合いながら元譲とアツシは何か言い合っているが、エリス達のところまではほとんど聞こえてこない。
 おそらく元譲の鋭い面罵にアツシがムキになって反論しているのだろうけれど、そろそろ言葉も尽きてきたようで、バカだのハゲだのという悪口がたまに拾える。
 エリスが予想した通り、次第に元譲が押され気味になってきた。
「マスター、俺ちょっともう……!」
 リッシュが我慢の限界を小さく訴えた時、元譲のブージが弾き飛ばされた。
 これにはエリスも「いけない」と思い、ハーフムーンロッドの先に氷術の輝きを集める。
 すでにリッシュは飛び出していた。
 アツシはさんざん罵倒されて頭にきていたが、元譲の命を奪おうとまでは考えていなかった。ただ、この勢いで追いかけられても困るから、しばらく眠っていてもらおうとは思っていた。
 が、聞こえてくる地響きにそれは無理と悟る。
 リッシュとエリスが元譲を守ろうとしているから、というのもあるが、もっと大勢が押し寄せてきていることを察知したからだ。
 小型飛空艇で1000人を率いて、ネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)はアツシに特攻を仕掛けていた。
 彼女の目には、アツシが元譲を刺し殺そうとしているように見えた。
「火口敦を引き離せ!」
 女王のソードブレイカーを振っての指揮に、斜め下から1000人分の応が返ってくる。
 ふと、ネルはいつだったかはミツエに敵対していたな、と思い出した。
 が、誰も何も言ってこないので良しとする。
 もしかしたらミツエは覚えていないかもしれないし、覚えていても今が味方なら良いと言うかもしれない。
「そもそも顔を見られていないし」
 大丈夫だろう、とネルは思った。
 アツシはあっという間に1000人に飲み込まれた。
 その間にエリスとリッシュが元譲を担ぎ出す。
 ネルは、アイアスがアツシの救援に龍騎士達を差し向けたのを見た。そうなると、イリアスもエリスやネル達を援けるために配下の龍騎士を行かせる。
「邦彦は──」
 自分の声さえ聞こえなくなりそうな争う音の中、ネルは斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)がうまくリモコンを奪うことを願った。
 邦彦は1000人の中に紛れ込んでアツシの死角に接近していた。
 リモコンは壊さないで、とミツエから聞いたので奪い取ったらすぐにここから離れなければならない。
 ミツエは運命の赤い糸を退けるためにも、饕餮は失えないと言っていた。
 あおいのシューティングスター☆彡にビクともしなかった様子から、赤い糸は確かに強敵だと思われる。
 雪崩れ込む1000人の休む間もない攻撃と、龍騎士の戦いの余波でアツシは邦彦が思った通り自分のことで手一杯のようだ。
「思ったよりやるな……」
 ナラカの深部から戻ってきただけあり、なかなか入り込む隙がない。
 この混戦が長引けばアツシはそれだけ疲れるので隙も増えるのだが、どうもその前にこちらが負けそうな予感がしてきた。
「彼女を紹介してもらうまでは、負けられないッス!」
 アツシの叫びが聞こえたとたん、あたりが炎に包まれた。
「魔法も使えたんかい」
 目の前の誰かをとっさに盾にして炎をかわした邦彦は、いつまでも待てないなと判断し行動に出ることにした。
 人の群をすり抜けさらにアツシに近づく。
 そしてぶつかるようにしてその手からリモコンをもぎ取った。
 喜ぶ間もなくすぐに人々の中に紛れ込む。
 後ろからアツシの呼ぶ声が聞こえた。
 さっさと撒いてしまおう、と足を早めた時、今までの比ではない悲鳴やら剣戟音やら魔法特有の音やらが急速接近していた。
 ちらりと振り向くと、敵兵を弾き飛ばすようにアツシが追い迫ってきている。
「……マジかい」
「リモコン返すっスよー!」
 氷の礫が邦彦の手元を狙って飛んでくる。
「おい、当たったら壊れるだろう」
「そんなヘマはしないっス!」
 どんな根拠の自信か謎だが、怒りに吊り上がった目が本気であることは伝わってきた。
 ネルが指揮する声がかすかに聞こえた邦彦は、兵が集まるだろう箇所へ走る。
「絶対に逃がさないっス!」
 おりゃあ、とか何とか気合を吐き出した声が聞こえたと思った瞬間、邦彦は背中を強く突かれて一瞬息が詰まり、態勢を崩す。
 人の壁を突き崩して追いついたアツシは、邦彦の手からリモコンを奪い返すと、反撃される前に凄いスピードでいなくなったのだった。

 充分離れた岩陰で呼吸を整えたアツシは、襲撃によりすっかりお留守になっていた饕餮の操作を再開し始めた。
 饕餮がどこにいたかというと、空中戦の戦闘区域手前でぼーっと浮いていた。
 ウィングやリーゼロッテが気づいていないわけではなかったが、ひとまず何もしてこないので放っておいたのだ。
「あのワイバーンとイーグリットを落としてやるっス」
 リモコンのボタンに指が触れた時だ。
「ここにいたのか、やっと見つけた……」
 邦彦か、とアツシはドキッとして声のほうを振り返ったが、そこにいたのは同じパラ実生の高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)だった。
 しかし、同じ学校の生徒だからと油断はできない。
 アツシの警戒の目に気づいた悠司は、丸腰であることを示すように両腕を広げてみせた。
「話し合いに来ただけだよ。あんた、良雄に負けたって思ってるみたいだけど……」
「その名前は聞きたくないっス!」
「まあ、聞けって」
 表情を歪ませたアツシを宥めるように肩を叩いた悠司は、そのまま腰を下ろすように促す。
 しぶしぶと従うアツシに、悠司は言い聞かせるように言った。
「人生には三回のモテ期があるらしい。今の良雄はそのモテ期ってのが来てるだけさ。これからどうなるか、わかったもんじゃない」
「でも、現に今彼女ができて絶好調っス。俺はあいつの一個後ろ……」
 暗い目をしてブツブツ言い始めたアツシを、再び「まあまあ」と落ち着かせる悠司。
「アスコルド大帝に彼女紹介してもらうそうだけどよ、最近、紹介してもらう女なんて地雷ばっかりだぜ? 婚活婚活っつって、男に寄生することしか考えてない女ばっかだしな」
 関係ないが、この時アツシは鋼竜と対峙した時に言われた『目玉だらけの彼女』を思い出していた。
 目玉だらけなら周りに気味悪がられて、社会に出て働くのは困難だろう。
 ふとできた隙間に付け込むように悠司が言葉を重ねる。
「紹介してもらったはいいけど、かえってトラウマになって女が嫌いになっちまうかもな。もう少し待ってりゃ、まともな恋愛ができたかもしれねーのに……」
「ちょ、ちょっと、もう決定したような言い方はやめてほしいっス。不吉な……」
「だから、今ならまだ間に合うんだよ。どーよ、もっかい自分の手で運命の恋人ってのを引き当ててみねーかい?」
 アツシは何かに打たれたように悠司を見つめていた。
 自分がとてつもない間違いを犯していたような気持ちになった。
 と、そこに、
「その通りだぜ!」
 と、ひょっこり顔を出すミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)
「与えられた彼女より、自力で作ったほうが絶対いい!」
「いや、紹介された彼女でもうまくやれれば特にこだわらないっスよ」
 とは言っても、妙に現実味のある悠司の言葉も気になる。もしかして彼はすでに体験済みなのか、と様子をうかがうが表情からは何もわからない。
 それなら、とミューレリアは一つ提案をした。
「私の頼みを聞いてくれたら、百合園の友達呼んで合コン開くぜ! うちの学校の女の子達なら得体が知れないなんてことはないだろ?」
「百合園の女の子っスか……」
 制服かわいいっスよねぇ、とほわんとした顔になるアツシ。
 一応、その頼みというのを聞いてみた。
「ナラカに行って、ドージェを探してきてほしいんだ。こんなこと、お前にしか頼めないんだ。頼む、行ってくれないか?」
「いやっス」
 ミューレリアの必死の頼みは容赦なく断られてしまった。
 勢い余ってこけそうになるミューレリア。
「何で!?」
「面倒っス。それに、ドージェさんなら死んでないっスよ」
「本当か!? だったら、この通り頼むから、連れて帰ってくれないか?」
「帰るかどうかはドージェさんが決めることっス」
 そう言われては、確かにアツシが行ったところで仕方ないだろう。
「じゃあ、火口はやっぱりミツエと戦うのか?」
 アツシは返事に詰まった。
 悠司もどうするのかと、じっと見つめる。
 ナラカに落ちた董卓を迎えに行った彼のことをそれなりに評価していただけに、ダチのミツエを裏切ったのはがっかりだったのだ。
 「あー」とか「んー」とか迷っていると、上のほうから歌のような言葉が降ってきた。
「──地獄を長引かせるために
 痛みを長引かせるために
 悦びを長引かせるために
 楽園を長引かせるために──」
 饕餮の前で、輪郭をぼやけさせて鎧と化すラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)
 中学からの友達同士が敵対し、双子が敵対したこの醜い状況への悦びが、ラズンを纏った牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)にも伝わってくる。
「往こう、アルコリア。この世の地獄を見に。誰某かまわず、味方だった者が別れて争うロクデモない世界へ──守るよ、倒れさせない」
「ええ、参りましょう」
「マイロードに祝福を……」
 先にかけておいた空飛ぶ魔法↑↑に加え、パワーブレスを送るナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)
 ナコトは同じ魔法で宙に浮いているシーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)のフライトユニットに捕まっていた。
 饕餮はアツシの事情により、ただ浮いているだけなので、アルコリアは手始めに大魔弾『コキュートス』を構えた。
「開け冥界の門、来たれ嘆きの川……コキュートス!」
 暗闇と氷の筋が饕餮を飲み込もうと迸る。
 気づいたアツシが慌ててリモコンを操作して回避させた。
 饕餮の向こうにいた双方の龍騎士で逃げ遅れた者が巻き込まれた。
「手強そうな奴っスね!」
 悠司とミューレリアの言葉を気にしつつも、饕餮を壊されたくなくてアツシは応戦することにした。
 向かってくる饕餮に対し、シーマがメモリープロジェクターで複数の自分達の像を投影する。
 アツシが一瞬迷ったため、饕餮の動きが鈍った。
 アルコリアとシーマは一気に距離を詰める。
「そこっスか!」
 急速に動いた人影にアツシは反応し、ヒュドラ使いを一撃で沈めた豪腕で叩き落そうと腕を振り上げさせた。
 アルコリアとシーマはとっさに二手に分かれてかわす。
 空中でくるりと一回転したアルコリアが、龍の波動を饕餮にぶつけた。
 上体が揺れたものの、大きなダメージを与えられた様子はない。
 饕餮がアルコリアに迫る。
「マイロードに選ばれしわたくしを忘れては困りますわ!」
 ナコトがアルコリアを守るため、饕餮の進路に凍てつく炎を放ったが、腕の一振りでかき消されてしまった。
 ナコトがわずかに眉を寄せたが、
「まったく効いていないわけじゃなさそうだ」
 と、シーマが言った。
 見れば、龍の波動が当たった箇所やナコトの魔法に触れた箇所が、わずかにへこんだり傷んだりしている。
「落とせなければ、こちらが倒れるのみです……。コントラクター・アルコリアが命ずる! 私に命を預けろ!」
 アルコリアはチャージブレイクを自らにかけると、矢よりも速く饕餮に接近した。
 シーマもすぐにそれに続く。
 魔銃モービッド・エンジェルの照準を合わせる先で、饕餮も攻撃態勢をとっているのがわかった。
 ラズンが残心でアルコリアの防御にのみ意識を集中させる。
 シーマはロケットパンチの準備を整え、ナコトは魔道銃を向けた。
 もうこれ以上ないくらいに研ぎ澄まされたアルコリアの集中力が、魔弾の射手によって解放される。同時にシーマとナコトも、その一点に攻撃を集めた。
 饕餮も引かなかった。
 両者の攻撃がぶつかり合う瞬間、ミツエが「バカー!」と叫んだ。
 ミツエと未沙は、まだ饕餮と繋がったままだったのだ。