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【カナン再生記】すべてが砂に埋もれぬうちに

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【カナン再生記】すべてが砂に埋もれぬうちに

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 新たな作物の模索
 
 
 
 ユトの畑は砂に埋もれては掻き分け、を繰り返した痕跡が見受けられた。
 カナンに積もった砂の下には本来の大地がある。上にある砂をどければ作物の育つ土壌が顔を出す。
 けれど降る砂が掻き分けても掻き分けても、その大地を埋めてしまうのだ。
 大地ばかりではない。そこから生えた作物も砂は埋めてしまう。弱いうちに砂に痛めつけられた作物は、たとえ砂を取り除いてもそのダメージは大きく残り続け、枯れてしまうものも出てくる。
 そんな砂との闘いの跡が、畑には如実に表れていた。
「ユトではどないな作物が主流なんや?」
 フィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)の質問に、共に畑にやってきたグリゼルが答える。
「基本的には麦だね。あとはそれに付随する野菜や果物……といってもあまり残っちゃいないが」
 砂が降るようになるまで温暖な気候だったユトでは、それにあわせた作物が植えられていた。急速な砂漠化が進む中、乾燥に弱い作物は次々と枯れていってしまう。かといって、気候に対応できるような乾燥に強い作物をすぐに手に入れられるというわけにはいかず。
 結局、今の状態に不向な作物を栽培し、その為に余計に収穫が思うようにいかなくなっているのだとグリゼルは言った。
 この状態が続けば、そのうちカナンにも乾燥に強い作物が出回るようになるだろうけれど、それまでユトが持ちこたえられるかどうか……。
「乾燥に強い作物か……。そうだ、ちょっと意見を聞きたいんだけど」
 和原樹はセーフェルに預けていた野菜図鑑を返してもらうと、あるページを開いて見せた。
「これはアスパラガスっていって、株から出る若芽を食べる野菜なんだけど、葉が退化してて代わりに茎が細く分かれてるんだ。砂が積もりにくい構造だし、乾燥にも強いし、いっそ土に埋めてしまってホワイトアスパラガスとして食べたりも出来るし、って野菜だからユトの露地でも作れそうな気がするんだけどどう思う?」
「うちの町では作ったことのない野菜だね。けど、乾燥に強いってんならやってみる価値はあるだろうよ。苗はどこに行けば手に入るんだい?」
「今は手持ちはないけど、興味があるなら苗とか詳しい資料を調達してくるよ」
「それなら是非お願いしたいね。ユトは急速に変わってしまった。あたしたちもそれに対応しなきゃいけないってのに、なかなかままならなくてねぇ」
 グリゼルが樹に頼むのを聞いて、七枷 陣(ななかせ・じん)も提案する。
「救荒作物を作ってみるのはどうや? ジャガイモやサツマイモなら痩せた土地でも大量生産可能、栄養価高くて腹持ちも上等。良いことずくめなチート作物や」
「種芋も持ってきたんだよー。サツマイモならそのまま焼くだけで十分美味しいし、ジャガイモも焼くかゆでるかしてお塩をぱらぱらってかけるだけで美味しく食べられるんだよ〜」
 リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)はにははと笑った後、そうそうと注意する。
「ただし、ジャガイモは芽や日に当たって緑になったところは取り除いてから、ね。中毒になったら大変だもん」
「芋類はここでも栽培してるが、それとは少し種類が違うようだね」
 渡された種芋をグリゼルは手の中でひっくかえしては眺めた。
「その品種は育てやすいらしいし、ほっこりしてうまいんや。地球人の……つーか、日本人の食に関する執着心は並みじゃねぇからな」
「種芋でなく料理用にも持ってきています。そのうちに弥十郎様が干し肉を持ってユトにくるかと思いますから、その時にでも料理していただきましょう」
 きっと美味しく料理してくれるはず、と小尾田 真奈(おびた・まな)は言った。
「じゃあ植えてみるかねぇ」
「後で一緒に植えようよ。種芋いっぱいあるからねー」
 その時に育て方も教えるからとリーズが袋から持てるだけ種芋を取り出して見せる。
 作物の話が一区切りついたのを見計らって、フィルラントは質問を続ける。
「農業用の水はどうなってるんかな?」
「今までは雨だけで十分に畑はやっていけた。余程天気が続いた時だけ、井戸から水を運んで撒きはしたがね。最近は雨の代わりに砂が降ってくるし、砂は土ほどには水をためてくれないからね。井戸の水を撒くことも増えたよ」
 そう言いながらグリゼルは畑に積もった砂を握った。さらさらと……指の間からむなしく砂がこぼれてゆく。
「風はどうなんかな?」
「この季節なら、向こうから吹くことが多いね。以前より強く吹いているように感じるけど、遮る木が倒れてしまったり、砂混じりだったりするからなのかねぇ」
 グリゼルから聞いた現状を元に、陣と藍澤 黎(あいざわ・れい)らは今後の畑をどうすれば良いのかを相談した。
 何をするにも、まずは腹が膨れて気力体力に余裕が出来てからだと、陣は作物の少ない畑を見渡す。
「この布は砂除けの為にしてあるのか?」
「ああ。多少は砂を防げるかと思ってね。だけど砂は布の隙間を通り抜けるし、布がお日様の光を遮るしであんまり効果的とは言えないねぇ」
 グリゼルが布を払うと、砂がこぼれ落ちた。それなりに砂を止める効果はあるようだけれど、結果は今ひとつ、というところなのだろう。
「この素材ならどうや? 砂は防ぐし太陽の光は通す。これならいけるん違うか」
 陣は持参したビニールをグリゼルに見せた。
「へぇ、なんだか不思議なモンだね。つるつるして透き通っていて……布でも皮でも無さそうだ」
 グリゼルの皺深い指が、興味津々といった様子でビニールをこする。
「地球では作物の栽培に普通に使われている、ビニールという素材だ。砂どころか水も通さないんや」
「どうやって織るんだい? ユトでも出来そうかねぇ?」
「ここでは無理やな。織って作るもんでもないし」
 そう説明しているところに、笹奈紅鵡もやってくる。
「良かったらこれも使ってよ。町の人に配ろうとしたんだけど、どう使うのか分からないみたいだったから」
 こっちで使ってもらった方が役立つだろうと、紅鵡はビニールを置いていった。
「……よろしければ……これも……」
「植物園用にって用意してた土に還るビニールシートなんだってー。今はかんきょーとか色々あるだろうからって、みゆうが言ってたー」
 プリムとリンが持ってきたのは、土に埋めれば数週間から数ヶ月で微生物に分解される為に環境への悪影響を与えにくいとされている、生分解性プラスチック製ビニールシートだった。
「お、これは助かるわ」
 陣もパートナーのリーズと真奈にも頼み、ビニルハウスの材料を持ってきてはいたものの、ビニールにパイプ、畑に植えるための種芋と食べるための芋、と運びたいものは多く、詰めるだけ積んでもやはり広い畑を覆うものとしては不十分だった。
 けれど、皆が持ち寄ってくれたビニールを足せば、かなりの範囲をカバーできそうだ。
「はい、これもどうぞ」
 リカインが小型飛空艇にくくりつけてあったパイプを下ろしてきて畑の隅に並べる。
 普通、ビニルハウスを建てる時には畑を平らに整地するが、ユトの場合、今ある作物を守るのが先決だ。周囲だけを均してそこに軽量化された鉄パイプを埋め込んでゆく。
 陣がパイプを設置しているうちに、真奈は畑の砂を取り除く作業にかかった。
「掃除ならメイドにお任せ、です。すぐにきれいになりますから」
 何をしているのだろうと不審そうに見ている町の人々へは、優しい微笑のメイドインヘブン。メイドがいる安心感を与えて元気づける。
 大きな屋敷の掃除でも、メイドのハウスキーパー能力にかかれば造作もない。その要領で真奈は手際よく作物にかかっている砂、畝を埋める砂を除去していった。
「リーズ、トップの結合を頼むわ」
「うん。これを繋いでいけばいいんだね」
 飛べるのを利用して、リーズは左右からのパイプを結合していった。
 資材節約の為、高さは人が何とか通れる程度が限界だ。
 骨組みが出来れば、今度はそれにビニールを留める作業に入る。
「ビニールで密閉するから熱がこもりやすいんや。砂が降らない間はビニールを開けて少しでも放熱するように気ぃつけてな」
 見物人やグリゼルに陣はハウスの扱いを教えながらも、手は止めずに作業にいそしむ。
 そんなにユトに留まってもいられない。限りある時間だからこそ出来る限り何かをしたいから。
 そこにイナンナが通りかかるのを見て、陣は手伝ってくれと呼び止めた。
「畑に張ってある布をビニールに張り替えて欲しいんや。まずは信者の腹をふくらせないと、信仰もへったくれもねぇやろ?」
「いいよ。これを畑に張っていけばいいんだね?」
 気さくにやってきて手伝いだすイナンナに、グリゼルが目を丸くする。
「女神様に畑仕事……」
 そこまで言って、グリゼルはこらえかねたように笑った。
「さすが、コントラクターとやらは型破りとみえる」
 
 
 畑にビニルハウスが設置されてゆく様子を確認すると、黎はフィルラントがリサーチした風の向き等の情報をもとに、防砂林の植え付けを検討した。
 降ってくる砂は止められないが、風に乗って砂が動き、植物や人々に害をなすのを軽減できる。防砂林は防風林にもなり、砂混じりの風が町に吹き付けるのを受け止めてもくれる。
 とはいえ、今の状況でただ植樹したら根を張る前に砂に流されて倒れてしまいかねない。砂の問題の1つは、風で移動して固定されにくいところにもあるのだ。そのことをプラントピアに所属している黎は良く知っていた。
 緑化用の装備も持ってきている。といっても大がかりな持ち物ではなく、背負う程度の藁とスコップ等の道具、肥料と保水土で種をコーティングした泥団子、というようなものが主だ。
 まずは砂地に1m程度の格子状に線を引き、それに直角に藁を並べてゆく。線の上に泥団子を載せ、それごとスコップで藁の中央部を切らないように押さえ、まっすぐに地面に突き刺して埋め込む。
 すると、二つ折りになった藁で地面から垂直に突き出した低い柵ができる。
「何じゃこれは?」
 突き出した藁で出来てゆく格子模様に、通りかかったサルモンが狐につままれたような顔になった。
「これで砂の動きを止めることが出来る」
「こんな藁が砂を止めるじゃと?」
 信じられないというようにサルモンは首をしきりに振った。
「木の柵でも倒れてしまったというのに、これしきのものが役に立つとな?」
「逆に、木のように風を通さない柵では砂を止めることは出来ない。草方格と言う手法だ。地球では実際に砂漠を緑化するのに使われている」
「こっちでもまた、珍しいことをやってるねぇ」
 サルモンと黎とのやり取りに気づき、グリゼルもやってきて腰に手を当てて草方格を見た。目の大きな網を広げたかのような、巨大なワッフルを置いたような、不思議な眺めだ。
 通りかかった町の人々もその風景に足を止め、黎が草方格を設置し終える頃には随分とギャラリーが増えていた。
 発芽を促す為に黎が水を撒こうとすると、町の人々が手伝って運んできてくれる。まだ水が井戸を満たしていない為、井戸さらいの際に汲み出した水の残りを撒き、それでも足りないところは濡れた砂を撒いて湿気を与えておいた。
「こうしておけば緑が生えるのかい?」
 グリゼルに聞かれ、黎はそうだと答える。
「藁と共に地中に埋めた種が発芽し、緑が生えるはずだ。それだけでなく、ここに木を植えることによって防砂林を作ることも出来る。ユト付近ではどのような木が一般的なのかは分からないが、地球ではこの砂地の升目に灌木を植える。更に、育ちの早いポプラという樹とナツメヤシという生育が遅いが利用価値の高い植物を一緒に植えたりもする。ポプラが育ち建築材に切り落とした頃にはナツメヤシが立派に育ち、その防砂林の木陰で立派に農作業ができるようになっているんだ」
 明日が来て、そのまた明日が来て。
 少しずつでも良くなると、再び緑が戻り生活が楽になると信じられるならば人は頑張れる。
 興味津々に見物している町の人々の目には、不安の影でも覆えない希望の光が見えた――。
 
 
 
 萌え萌えもやし
 
 
 
「こんなに荒廃が進んで……これは可哀想なのです」
 ユトの町の様子を見たオルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)はいたましげに眉を寄せた。
 何か自分に出来ることはないだろうか。そう考えているところに、富永 佐那(とみなが・さな)が大きな荷物を重そうに背負ってやってくる。
「うぅ……重かったです……ですが、イコンパイロットとしてだてに体力を涵養してきたわけではありません。くじけるなんて選択肢は私にはないのです!」
 砂漠用の装備と服装に、祖父から御守りに貰ったベレー帽という格好でやってきた佐那が運んできたのは、ショルダーキーボード、そして袋いっぱいに詰まった豆とモヤシだ。
「これで炊きだしをして、『萌やし』をアピールするのです!」
 力をこめて言う佐那に、オルフェリアも頷いた。
「分かりました。オルフェも一緒に手伝うのですよー」
「そうですね。こういう時こそご飯を食べるべきです。お玉の花嫁ルクレーシャ・オルグレン、料理の腕には自信ありなのです!」
 調理は任せてとばかりに、ルクレーシャ・オルグレン(るくれーしゃ・おるぐれん)もはりきった。
 町の広場で火を焚いて、さっそくもやしを料理する。もやしだけではボリュームがないからと、オルフェリアが持ってきた種もみもあわせてかさを増やす。
 料理の良い匂いが漂い始めると、佐那はショルダーキーボードを弾いて『萌え萌え萌やしの歌』を歌い始めた。
 
 ♪――モヤシ☆モヤシ☆育ててモヤシ
    美味い☆手軽☆簡単モヤシ
    太陽いらずで手軽に出来ちゃう☆
    お手軽便利な それが憎い野菜☆
    豆を洗おう10分間
    浸す水は3倍の量
    一晩ゆっくり寝かせましょ
    そしたらお湯で15分☆
    殺菌終了! 水の取り替え忘れずに
    暗所で芽が出るのを待つ
    10日で発芽! 発芽! 発芽!
    美味しいモヤシの出来上がり☆――♪

 佐那が歌うのに、オルフェリアも声をあわせる。
「萌やし萌やし〜育てて萌やし♪ 萌やし萌やし〜育てて萌やし〜♪」
「さぁ、皆さんも美味しくて育ちやすい『萌やし』をどうぞ召し上がって下さいな♪」
 ルクレーシャは歌って踊りながら調理したモヤシを、町の人々に振る舞った。
 けれど、彼女たちの一番の目的はモヤシ料理をふるまうことではない。ある程度モヤシ料理を食べてもらうと、ルクレーシャはお玉を振りかざした。
「ごらんください、この萌やし、光が少なくていいから凄く栽培しやすいのです♪」
「モヤシは成長が早く、約10日で発芽が望める上に太陽光も必要としません。さらには通年で栽培できる為、農業復興までの橋渡しの食料足り得るのです」
 そう説明し、佐那はもう一度『萌え萌え萌やしの歌』を、今度はゆっくりと区切りながら歌っていった。
 シード覚醒したオルフェリアは、実際に豆を取り出して栽培の仕方を見物人に教える。
「こうやって豆を洗って、3倍の水に一晩漬けるのですよー♪」
 部屋の中で栽培できるから、砂の影響も受けにくい。腹持ちの点では劣るけれど、栄養価は高く育てやすい作物だ。
「覚えていただけましたか? 豆を水で洗って一晩水に漬け、お湯に15分浸して殺菌。あとは通気の良い薄暗い部屋で水を換えながら栽培するのです。農作物が再び実るまでの間、モヤシを食べて繋いで下さい」
 佐那は栽培方法を丁寧に何度も繰り返して教えると、持ってきた豆を町の人々に分けた。
 光がなくともすくすくと伸びて育つモヤシの存在が、少しでもユトの人々の心を支えてくれるよう、そしてモヤシのことを好きになってくれるようにと願いながら。