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イナテミス防衛戦~颯爽の支城、氷雪の要塞~

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イナテミス防衛戦~颯爽の支城、氷雪の要塞~

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●イナテミス中心部

「蒼十字? ……なるほど、そのような組織が……」
 イナテミスの町長室で、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)から説明を受けた町長、カラム・バークレーが『蒼十字』という言葉を口にして頷く。
「蒼十字の活動は、エリュシオン側も理解を示しています。戦傷者のために中立の立場を取ることは、この先においても有用だと思います」

 先日、シャンバラ政府の承認を受け、戦場での負傷者の治療と避難活動を主とした組織『蒼十字』が設立された。
 青い菱形の中に十字を添えた標章、これを例えば腕章に用いれば、『自分は蒼十字として活動している』という意思表示が出来、そのままでいるよりも敵の誤攻撃を防ぐことが出来るかもしれない。また、例えば旗として街の主要施設に掲げれば、その街は負傷者の治療を行うために中立の立場を取っているという意思表示が出来、街の安全が図られるかもしれない。

「話は理解した。個人的には非常に素晴らしい組織だと思う。
 ……しかし、私たちが勝手に蒼十字として活動していると宣言してしまってよいのだろうか。ここにはイナテミス精霊塔を始め、活用次第では自衛力以上の力を有する物がある。私が思うに、蒼十字として活動することを受け入れた自治体は、中立であることを求められると思うのだ。そうなれば当然、これらの設備は使用が出来なくなる」
「? 戦傷者のためであれば、中立を取ることは街にとって有用でもあるのではないですか?」

 メイベルの疑問に、カラムは頷きつつも、一つの懸念を口にする。

「一旦、蒼十字の活動を受け入れてしまうと、私たちは有事の際、シャンバラに与することが出来なくなることになる。
 それでも国が安泰だというなら良いのだが、今はエリュシオンの侵攻を受けている。エリュシオンのことは君たちの方がよく知っているとは思うが、シャンバラ全体で抵抗しなければ、私たちはエリュシオンの占領下に組み込まれることになるかもしれないという危機感を抱いている。

 イナテミスが蒼十字として活動する、つまり“中立都市”であることを主張したとして、万が一シャンバラがエリュシオンに攻め落とされてしまえば、もう中立を主張出来なくなる。都市は国に依存するからね。“中立国”であればまた違ってくるだろうが、イナテミスにそこまでの力はない。
 そもそも、シャンバラ王国の国力を考えると、蒼十字の運営は小規模に留めておいた方が良いのではないだろうか。敵の兵士まで治療するとなると、それだけ余計に物資や人力を手配しなければならないのだから」

 蒼十字の理想は素晴らしい。だが、実際に実行するとなると、シャンバラ王国の国力では、『手を差し伸べ続けた結果崩壊する』という事態が起きかねない。

「これについては私がどうこう言える立場ではないだろうけどね。
 しかし、私はイナテミスの町長として、またシャンバラ王国の一員として、今は“王国の味方”である必要があると思うのだ。決して“中立”になってはいけない。エリュシオンが私たちの都市を保証してくれるかどうかは、望みが薄いように思うからね。差し出がましい話だが、私たちの力がシャンバラ王国のためになるのであれば、力を行使したいと思う。そうすることが結果として、イナテミスを守ることに繋がると私は考えるのだ。

 ……長々と話した挙句、君の意見を否定するようで申し訳ない。私としては、蒼十字の理念は尊重すべきだと思っている。そこで君には是非、蒼十字としての活動ではなく、イナテミスとしての活動として、敵味方問わず負傷者を治療することに努めてもらいたいと思っている。
 イナテミスに協力姿勢を示してもらえるのであれば、例えエリュシオンの民であれ、この街は受け入れる。私はそう宣言しているし、民も一定の理解はしてくれるものと信じているのだ」

「あっ、メイベル。どうだった?」
 町長室のある建物から出てきたメイベルを、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)ヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)が出迎える。
「蒼十字としての活動ではありませんけど、シャンバラもエリュシオンも関係なく、戦傷者の収容と治療に努めてほしいとのことでした。精霊長の皆さんには『ブライトコクーン』を精霊塔を使って張ってもらいたいと言っていました」
「ふーん、ひとまず町長さんの理解は得られたってわけだね。じゃ、傷ついた人たちを収容できる場所を確保しないとね」
「イナテミス総合魔法病院に、イナテミス市民学校、イルミンスール武術イナテミス道場、そしてイナテミス文化協会。これら公共性の強い、もしくは収容人数を多く取れる施設が、適していると思われますわ」
「そうだね。じゃあ僕とフィリッパが手分けしてそこに向かって、話をつけてこよう。メイベルとヘリシャは、精霊塔に行って精霊長さんたちに、ブライトコクーンを張ってもらうように伝えて」
「はい、分かりました。こちらの用件が済みましたら、お二人に合流します」
 言ったヘリシャが、メイベルと共に『イナテミス精霊塔』へと向かい、セシリアとフィリッパがそれぞれ施設へと足を運ぶ――。

 精霊塔の前には『闇黒の精霊長』ケイオース・サイフィード(けいおーす・さいふぃーど)『光輝の精霊長』セイラン・サイフィード(せいらん・さいふぃーど)『炎熱の精霊長』サラ・ヴォルテール(さら・う゛ぉるてーる)と、精霊塔の発案者であるソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)、彼女に付き添う雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)の姿があった。
「私とベアは、この精霊塔からウィール支城と雪だるま王国、二つの戦場を見張り、戦況を適時連絡したいと思います。
 精霊塔にはもともと、見張り台としての役目がありますから」
「そうだな。……だが、昼間に俺が上に上がって見てみたが、流石に距離があり過ぎるようだ。
 氷雪の洞穴はかろうじて見えるが、ウィール支城は見えない。空高く上がった竜兵の動きは確認できるかもしれないが、低空に降りられると厳しくなるだろう。無論、雪だるま王国へ向かう歩兵の動きは、追うのが厳しい。
 二つの戦場の状況は、フレデリカ君も水晶を使った通信でフォローしてくれているし、ニーズヘッグ襲撃の時に活用された情報ネットワークが再び設置されているようだ。彼らの働きによって、ヴォルカニックシャワーを正確にニーズヘッグに直撃させることが出来たのだ、信頼は出来る。
 ソア君にはむしろ、イナテミス中心部の様子を見てもらいたい。住民の混乱等によるトラブルは、どうしても発生してしまうだろう。それらを見つけ、報告して欲しいのだ。……頼めるだろうか」
 ソアの提案を、ケイオースが自身の経験と推測から修正した案に変えて、再びソアに提案したところで、町長室のある建物の方面からメイベルとヘリシャがやって来た。
「精霊長の皆さん、お疲れさまです。私たち先程、町長さんと今後の対応について話をしました。
 それについて、皆さんに協力して欲しいのです」
 そう切り出し、ヘリシャが町長との話し合いで決まったことを告げる。
「そうか、町長もそう言っていたか。
 こちらにも、ブライトコクーンをお願いしたいという意見が寄せられていた。では、精霊塔の機能はブライトコクーンに決定だ。
 ヘリシャ君、伝えてくれてありがとう。……セイラン、サラ、力を貸してくれるか」
「ええ、もちろんですわ」
「前回は協力できなかった分、今回で借りを返させてもらおう」
 メイベルから話を聞き、ケイオースとセイラン、サラが精霊塔の機能を発動させるべく、中へと入っていく。
「んじゃ、俺様とご主人は、イナテミスに居る住民や仲間の生徒に、今の考えを伝えてくるぜ! その方がいざって時に連携を取れるようになるしな。
 負傷者の搬送とか、避難の誘導とかは俺様に任せておけ! 飛空艇でパパっと運んでやるぜ!」
「お願いします。避難場所はこちらになっています、地図を渡しておきます」
 ベアがメイベルに、住民の避難場所として定める予定の建物と場所を教えてもらう。
「それじゃ、行きましょう!」
 ソアの言葉に一行が頷いて、再びそれぞれの場所へと向かっていった。

 避難場所に定めた建物へ、イナテミスとしての方針を伝え終え、セシリアとフィリッパと合流を果たしたメイベルの、携帯が着信を知らせる。発信元は、『ミスティルテイン騎士団イナテミス支部の責任者』として、指揮系統の一本化を図ろうとしているフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)であった。
『忙しい時にごめんなさい。メイベルさんが住民の避難のために動かれているとお聞きしました。
 是非、私たちに協力して頂けないでしょうか。個別に動かれるよりも、利は大きいと思います』
 話を聞き、そういえば精霊塔前での話し合いの時にそのような話があったことを思い返したメイベルが、詳細を確認するために一路、フレデリカたちが詰めている場所へと向かう――。