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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(後編)

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第24章 ドージェ・1

 目標を確認して、長曽禰少佐が艦を降りる。
「あとは任せてください」
ルカルカ・ルーが送り出し、ドージェに興味を持つ、彼を目的とする契約者達が、長曽禰少佐に続いた。

 一方都築少佐は艦に留まり、帰還の準備を進める。
 外が気になる様子の大熊丈二に、
「行ってもいいぜ」
と言ったが、
「いいえ」
 丈二はきっぱり、仕事を優先した。
「……少佐は気にならないのでありますか?」
「ああ、特にはな」
 個人的に俺は、ナラカに興味はない。
 都築少佐はあっさり言った。
「死後の世界なんざ、死んでから行けばいいと思ってる。
 どうせいつかは必ず行くところなんだしな」
「……」
 丈二は黙って外を見る。
 青白い光の海の底。
 そこだけは、また周囲とは違った、開けた地だった。
 “世界”の一角に築き上げられた、荒々しい大地。
 ドージェの領域だった。


 そこには、二人の人物が立っていた。
 仁王立ちして腕を組み、艦隊を迎える巨体のひとつは、ドージェ・カイラス。

 その傍ら、死して尚倒れず、地に足を踏みしめている巨体のひとつは、老いた龍騎士、ケクロプスだった。

 そう、地上での噂は正しかった。
 ナラカの底へ落ちることになった二人の戦い、その決着はついたのだ。
 ドージェが勝利し、ケクロプスが敗北する、という形で。

「連れ帰れ」
 低く響く、太い声。
 ドージェは、現れた面々を見据えて言った。
「もはやこの男に、ここに在る理由はない」
 ケクロプスを連れて帰らせる。
 それが、ドージェが彼等をここに呼んだ理由だった。



「……そんな……マジかよ……」
 呆然と呟いたのは、弁天屋 菊(べんてんや・きく)だった。
 ケクロプスと、彼の弟子であるセリヌンティウスの首を再会させてやりたいという思いのみでここまで来た菊にとって、その死は全く考えていなかったことだった。
「……そこに在るのは、我が弟子の首か。
 情けない姿に成り下がったものよ」
 背後から声がして、菊はばっと振り返った。
 そこに、龍騎士ケクロプスが立っていて驚く。
「ケクロプス!?」
 いかにも、と彼は頷く。
 その姿は、薄くぼやけていた。だが想像の具現化ではない。
「ナラカだからか、まだ多少の意識が残っているな……。
 ご足労をかけた。
 皇帝にも、お詫び申しあげたいが」
 それは、彼の残留思念だった。
 ダイヤモンドの騎士と共に、アスコルドの姿をした良雄が彼の前に現れる。

『大帝の代理として、長らくの任務に労いを申しあげる』
 寿命の尽きる、最後の時まで、ドージェと対峙したその龍騎士に、ダイヤモンドの騎士は言った。
「お疲れさまっス……」
 良雄も小声で、恐々と言う。
 ケクロプスはふと笑った。
「痛み入る。
 大帝に対しては、どうやら大変なことになってしまっているようだが、面倒でももう暫く、皇帝を続けていただきたい」
 うっ、と良雄は小さく呻く。
「仕方ないっス……」
「そして最後の我侭が許されるのであれば、我が遺体を『竜神族の谷』に葬っていただけまいか」
「竜神族の谷?」
 菊が訊ねる。
『エリュシオンに、そう呼ばれる場所がある』
 ダイヤモンドの騎士が短く答え、ケクロプスは菊を見た。
「その首は、ここに残して行くのがよかろう」
 菊はセリヌンティウスの首を見、それをケクロプスに渡そうとする。
 彼は実体化はされていなかったので、直接には渡せず、その足元に置いた。
「……積もる話もあるだろ……」
 呟いて、ケクロプスを見上げる。
「あんたは、これから、ずっとここに?」
「……さて」
 ケクロプスは苦笑した。
「もしも機会があるならば、いずれまた、見えることもあるだろう……」



「ドージェ・カイラス」
 長曽禰少佐は、手紙を取り出した。
「マレーナ・サエフから、手紙を預かっている。
 そして、そこに書いてあるのかどうかは知らないが、我々も貴方に頼みたいことがある。
 ある目的の為に、我々はその武器、ブライド・オブ・シックルを必要としている。
 譲ってもらえないだろうか」
 ドージェは、ちらりと傍らの地面に突き立ててある鎖鎌を見て、それを引き抜くと、投げやりに投げ付けた。
 それは、測ったように、長曽禰少佐のギリギリの手前に突き立つ。
 じゃり、と太い鎖が波打った。

 あまりにもあっさり手放したので、驚きを隠せなかった織田 信長(おだ・のぶなが)
「いいのか」
と訊ねた。
「縁あって、我が元にあったが。
 武器に頼る生き方をするつもりは無い。
 これまでも、これからも」
「……ふん……」
 既にその鎌には見向きもしないドージェの返答に、信長はふんと笑った。

 渡された手紙を、ドージェは開く。
 睨むような表情で読んで、やがてにやりと笑った。
 ぐしゃりと握ってそれを投げ捨て、用は済んだとばかりに、踵を返す。


「ドージェ」
 早川呼雪が呼び掛けた。
「あんたの弟に会ったよ」
 ぴくり、とドージェの眉が動いた。
 彼も、ウゲンがシャンバラで行ったことを、少しは知っているのだろうか。
「ふたつの世界、何もかも、あんた以外を壊そうとして、死んだ……多分」
 ウゲンは不器用な人間だった。
 自分の中の寂しさにも気付けず、ドージェへの感情を、憎悪として育てることしかできなかったのだろう。
 そう、呼雪は思う。
 兄のことを、正面から見たことも、あまりなかったのでないか、と。
 ついに相対することなく終わってしまったが、手を取り合うことができたなら、二人の、そしてシャンバラの未来は、どこかで違う方向に進んでいたろうか。

「ドージェ、頼みがあるんだ。
 それを伝える為に、俺はここまで来た。
 少しでもいい、どんな形でも。
 ――あいつのこと、忘れないでやってくれないか」

「忘れるはずはない。弟なのだから」
 ドージェは静かに、だがはっきりとそう言った。
「……弟が、世話をかけた」
 ウゲンは、ドージェを徹底的に避けていたのだ。
 だからドージェにも手を出しようがなかったのが実情だが、それでも、ウゲンは、ドージェにとって、弟だった。

 呼雪のパートナーのヘル・ラージャが、密かにほっと安堵する。
 ドージェが、話を聞いてくれて、そして、暖かい言葉を返してくれてよかった、と、心底思った。
 ウゲンに対しても、――呼雪に対しても。
 ウゲンに対して彼は、一方的だったかもしれないが友情を感じていた。
 世界の敵になってしまったが、少しは救いも欲しいよね、と、思う。
(そりゃ、こうして救いが欲しいのは、結局、残された人の方かもしれないけどさ)
 そっと呼雪の背後から、彼に抱き付いて、額を彼の肩に押し付けた。
「……ヘル」
 呼雪は無表情に窘めるが、それにすら、くすくすと笑う。
「いーじゃん。ちょっと懐かせて」
 ぐりぐりと額を押し付けながら、ヘルは笑った。
 呼雪の支えになりたい。
 だから、どこまでも共に行き、どこにいても、共に在る。