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リアクション
2.計画と作業と問題と
「一夜城のようにうまくはいかないか……けど、あれも実際に一夜でなったわけではないしな」
大岡 永谷(おおおか・とと)は施工中の防御柵の様子を見て言う。
まだ敷地全体を覆うほどでもなく、また壁としても貧相な柵だ。資材不足と時間不足から作業の進展はのんびりとしたものになっている。
「廃棄されたイコンのパーツだと、どうしても不恰好になってしまうな」
門を眺める神豪 軍羅(しんごう・ぐんら)もまた、同じような問題に悩まされていた。
彼が用意している門は、恐らく防衛の機能としては必要なものではないだろう。永谷の施工している柵が完成したとしても、それで得られる防御力はさして高くない。
二人とも、優先しているのは門や柵を用意することによる精神の安寧だ。壁の無い家なんて家と呼べないように、柵や門で囲まれていない陣地を安全とは人は思わないだろう。
そのために必要なのは、永谷は橋頭堡の敷地を全て柵で囲い、軍羅は威圧感をある門を置くことだ。そのため、特に門は見た目を重視して防御力に関しては正直残念以下のことになっている。
門はそのためあまり資材を用意できず、以前の戦闘で廃棄されたイコンの装甲などを集めているのだが、そうしてできあがるものはどうしても不恰好だ。むしろこれでは、士気が下がりそうである。
「防御力が皆無なのはむしろ歓迎なのだがな……」
思うところある様子で軍羅はそう零す。
「しかしこれでは意味がないか、困ったものだな」
理想とする形はあれど、状況はそれに追いつかない。よくある事ではる。
思い通りに行かない部分は知恵で解決するものだ。腕を組み、まだ予定の半分も進んでいない門を見つめて軍羅はせめてもう少し見た目をよくする方法を考える。
一方、永谷の方は資材さえ届けば作業は進む。問題は、全体を囲むだけの材料が届くのに時間がかかるという点だ。もう一度、搬入口に問い合わせに行こうかと思ったところで、浅間 那未(あさま・なみ)が声をかけてきた。
彼女は搬入口で物資の仕分けをしている月島 悠のところで補佐をしていたはずだ。
「柵用の資材が届いています。多くて早くどかして欲しいとのことです」
それもそうだろう。相当な量のはずだ。
頷くと、同じ作業をしている教導団の生徒を集めて引き取りにいく。ちなみに、これもまた結構な大仕事だ。重機のような機材があればいいのだが、今のところは全部手作業でするしかない。だからこそ、城の建築方法を参考にしたのだ。
「少々お待ちいただけますか?」
「早くどかして欲しいんじゃないのか?」
「運ぶのをお手伝いはできませんが……」
そう言って、永谷を含む作業員に那未はパワーブレスをかけてくれた。
「ありがとう、助かる」
礼を言って、永谷達は急いで資材の回収に向かった。
パワーブレスの効果が切れる前に資材を運び出すためだ。
橋頭堡地下司令部建設計画。
未知の敵に備え、高い防御力を期待できる地下に司令部などの重要拠点を設置するこの計画の立案者は、クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)である。
当然ではあるが、この計画には大量の資材と大量の人員を要することになるが、建設が完成すればそれらのコストを鑑みても、大きな価値を得ることができる。
提出された計画は、少佐の許可を得ることができ、現在はその下準備の段階になっていた。
「地質調査の結果、地下施設の建設は可能、か」
地質調査を担当していた島本 優子(しまもと・ゆうこ)の報告により、地下の利用は可能であると判明した。これで計画が初期段階で潰れる心配は無くなったことになる。
「ちょっと期待してたんだけど、ニルヴァーナ人が作ったようなものは見当たらなかったわ」
優子が期待していた、地下にニルヴァーナ人が逃げ込んだ証拠は見当たらなかった。
「この真下は利用されていないだけかもしれないし、今回用意できた小型のボーリングマシンでは調べられる深さにも限度がある」
もし地下施設をニルヴァーナ人が建設し、利用していたのなら大問題に発展する可能性もある。これはむしろ、見つからない方が良かったのかもしれない。
「これから掘り進めば、見つかるかもしれませんわ」
三田 麗子(みた・れいこ)は立ち上がりながら優子にそう声をかけて、それからクレーメックにへと振り返る。
「それでは、私はこれから少佐殿に今回の調査結果を報告してまいりますわ。」
「頼む。こちらで予想の工務期間と必要人員の計算を先にしておこう。少佐のことだ、資料の数字一桁まで突っ込まれるだろうしな」
「技術屋さんへの説得は大変ですわね」
「じゃあ、私も施設予定地の地質調査を進めておくわ。岩とか見つけたら計画の変更もあるものね」
現在の状況では、岩盤のようなものを発破したりして目的を達するよりも、最初から避けて建設した方が効率的だ。ボーリングでは点での調査になるため、全体像は掘ってみるまでわからないが、綿密な調査をすれば予測はできる。
「ああ、もしも何か見つけたらすぐに報告してくれ」
「わかってるわよ」
「全てに電気を行き渡せるには、まだ少し時間がかかりそうですわね」
同じ間隔、同じ大きさのプレハブ小屋が並んでいく様子は見ているだけで中々壮観だった。これらは、優秀な工兵隊とハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)が着々と建設を進めている。
この並ぶプレハブは、兵舎として利用される予定だ。
最終的には個人部屋にできるようにするのが目的で、今は大部屋から建築されている。まだ少しは大人数で寝ることになるが、それでもテントよりはずっとマシだろう。床も壁も屋根もしっかりしたものと、そうでないものでは感じる安心感は別物だ。
これらの大部屋に、電気を通すのがクリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)の役割だ。どれぐらの電気が必要か、というのを計算し、用意する発電機を決めるのだ。
一通り各施設を見回って、といってもほとんどは計画段階なわけだが、必要な資料を作る準備が整った頃に、ハインリヒを見かけた。
金槌を片手に何かしているようだが、不思議に思って近づいてみる。
「何をしていらっしゃるの?」
「うん? 目安箱を作ってるんだ」
「目安箱、というのは」
「ほら、ここには色んな人が来てるだろ。教導団の人間じゃないからって、遠慮して欲しいものを我慢する奴もいるだろうし、そういう人のためにさ置いておこうかと思ったんだ。案外、気付かない大事なものとかあるかもしれないだろ?」
「はぁ、けど仕事はいいんですの?」
「今は休憩中だ、あと五分だけどな」
「休憩中は、休憩するのが任務ですわよ」
「わかってるよ。そっちこそ、任務中にふらふらしてないで仕事をしろよ」
「わかってますわ」
今が忙しい時期だというのに。呆れつつも、クリストバルは少し関心してその場を離れた。
箱を作ってしまえば終わり、ではないのだ。むしろそれはスタート地点であって、そこから先はもっと細かい問題が順次出てくるだろう。ハインリヒはそれらに対応する方法を自分で考えて行動しているのだ。
自分も早く、目標である携帯やインターネットの設置を進められるようにしなければ、とクリストバルは少し歩調を速めた。
一方、既に問題を抱えかけている部分というのもある。
「いつまでも我慢ってわけにはいかないわよね」
「っても、これを設置して気軽に使われちゃ水がいくらあっても足りないですさぁ」
天津 亜衣(あまつ・あい)とキルラス・ケイ(きるらす・けい)の二人は共に難しい顔で、組み立てられたシャワールームを眺めていた。
物が無いから我慢するしかない、というのは誰だって理解できる。難しい問題ではないのだ。無いからできない、それだけだ。
だが、今日搬入されたものの中に簡易ではあるがシャワールームがあった。見てみぬ振りをしてもいいのだが、亜衣自身シャワーに未練があった。作業を行っていたキルラスの手をかりてちょっとの希望を元に組み立ててみたのである。
「どこにでもある、普通のもんだねぇ」
キルラスが言うように、ごくごく普通のものだ。リフォーム用などで売られるもので、特別水に対して考えを持ったものではない。発注したものではなく、大量発注に対する返礼としておまけとしてつけてくれたものらしい。
「俺はサバイバルとか慣れてるから全然平気なんだけどねぇ」
同じものを見る目でも、二人は明らかに違っていた。それを意識していたのは、亜衣だけだった。
「せっかくあるんだし、利用するべきよ」
「まぁ、捨てちまうのは勿体無いですもんねぇ」
だが、大量の水を浪費することになるのは避けなければいけない。今は順次荷物が届いているが、途切れる可能性だってゼロではないのだ。どうしようか、そう考える亜衣と違って、そもそもキルラスは興味が無いようだった。
「そいじゃプレハブ作る仕事あるんで、俺はそっちも行くですさぁ」
と何でもないように立ち去ろうとする。
「ちょっと、待ちなさい」
「はい?」
呼び止められた本人は、何で呼び止められたのか分かってない様子で亜衣の顔を見る。
「これを勝手に使われないように、見張りが必要よ」
「へ? んな事言ったって、水もガスも繋がってないんですさぁ。使おうと思っても、使えないんじゃないんでさぁね」
「誰かが繋ぐかもしれないでしょ。いいから、見張りをしてるの。いいわね?」
亜衣の言っていることは半分も納得できなかったが、仕方なく見張りを引き受けることになった。たぶん、どう足掻いても見張りをさせられるだろうという空気を感じたからだ。
見張りを置いて、離れていく彼女の様子が妙に機嫌がよさそうに見えたのは、きっと気のせいだとキラルスは思うことにした。
現場の人間と、それを指示する立場の人間というのはそもそも見ている視点が違う。何故自分の言ってる事が相手に理解できないのか、何故見当違いな返答が返ってくるのか考えてみれば当然のことなのだが、それに気付くのは案外難しいものだ。
現場から離れたくないという理由で長曽禰 広明(ながそね・ひろあき)少佐は昇進を断っていると聞くが、この煩わしさもその理由の一つなのかもしれない。気苦労が多い割りには、達成感は案外すくないのものだ。
「回廊に不審者が近づいたりはしてはいませんね。静かなものです」
「そうかご苦労。そのまま監視は続けてくれたまえ」
ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)の報告を受けながら、クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は早足で歩く。
少佐は文字通り、現在この橋頭堡における最高責任者としての役割があり、こまごまとした管理まではできない。メルヴィア・聆珈(めるう゛ぃあ・れいか)は周囲の探索のための部隊を用意している最中だ。
厄介ごととまでは言わないが、細かい管理や予定の確認などを引き受ける形になった。小さな食い違いや、細かい予定の修正などはあちこちで発生しており、それを一つにまとめるだけで結構な作業だ。
それらが、教導団主導のものであればまだ内側の問題として処理もできるが、他校の生徒の建造物になると厄介ごとが増す。彼らはあくまで協力者であって、部下でもないし、兵士でもないのだ。彼らの存在価値を考えれば、許容できる範囲でもあるが正直あまり揉め事や問題を作りたくはないのも事実である。
今のところ大きな問題はこれといっては存在しないが、今後起こらないとも限らない。そうならない為の対策としてできることとしての活動として、彼女は声かけを続けていた。あちこちで声をかけて、不満や問題を前もって聞きだして対処する。導火線が長い内に切ってしまえば、どんな爆弾も怖いものではないのだ。
「ここは確か、見張り櫓の建造だったな、ちょっといいか?」
大きな背中に声をかける。作業の手を一旦休めたクァイトス・サンダーボルト(くぁいとす・さんだーぼると)がゆっくりと振り返った。
「作業の方は順調か?」
「…………」
「見張り櫓の建築中なのだよな? 何か問題があったりするのか?」
「…………」
声のかけ方がいけなかったのだろうか。何も応えてくれないクァイトスに、クレアは若干の苛立ちを覚えた。
「何か不満があるのでしょうか?」
ハンスが小声でクレアに尋ねる。何か不満を感じさせることをしたつもりはないのだが、クァイストはだんまりを決め込んでしまっているようだ。
「困りましたね」
教導団に対してあまりいい感情を持ってないのだろうか、となるとこれこそ大きな爆弾になりうるかもしれない。などと考えたりしはじめた頃に、獅子神 刹那(ししがみ・せつな)が三人の様子に気付いてやってきた。
「なになに、どうかしたのか?」
「どうやら機嫌を悪くしてしまったみたいで」
ハンスがそう言うと、刹那はクァイトスの背中をバンバン叩いた。
「誰か来たなら呼べよな。ああ、悪いね軍人さん。こいつ会話機能が無いんで喋れないだけなんだ。気を悪くさせちまったら謝るよ」
「ああ、そういう事ですか」
嫌われたわけではないのか、と内心安堵する。
「それで、何か用かい?」
「大したものではない。見張り櫓の建築をしているというので、少し様子を見に来たのだ」
「そういう事なら、おーい」
ここからは見えない影になったところで作業していたらしい閃崎 静麻(せんざき・しずま)とレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)が声を聞いてやってきた。
刹那は二人に、クレア達が様子を見に来たと伝えると、「あとはよろしく」とだけ言ってその場を去ろうとする。静麻はその肩をさっと捉えると、持っていたレンチを手渡し、「サボるなよ」と言ってから開放した。
「わぁったよ、ちぇ」
二人のやり取りが終わってから、クレアは視察の趣旨を説明した。
「足りないものはないな。頼んだものはちゃんと届いてるし、こっちはあとは組み立てるだけだ」
「そうか。随分と早く工事が進んでいるようだな。ふむ、我々も利用させてもらいたいのだが―――」
「強度に関してはご安心ください。多少のことでは崩れないようにしてあります」
若干食い気味に、レイナが発言する。虚栄ではなく、この見張り櫓の強度には自信があるようだ。
「そうか。物資も行き届いているのなら心配もないだろうな。何かあったら、こちらに言ってくれれば対処する。あまり堅くならず、気軽に声をかけてくれ」
そう言って、クレアは二人に背中を向ける。その背中に、レイナの声が耳に入った。
「静麻、あの事を尋ねておかなくてよろしいのですか?」
踏み出そうとした足を止め、クレアはもう一度二人に向き直る。
「あの事とは?」
言いにくい事なのか、静麻はすぐに口を開かなかった。だが、少ししてめんどうそうな顔になった。
「口で言うよりも、見てもらった方がいいだろ」
そう言って、ほぼできあがっている見張り櫓へと案内された。まだ建設中ではあるが、最低限の部分はもうできあがっているらしく、かなりしっかりとしていた。
「あれだ」
そう示された先にあったのは、モヒカンの集団がはりきって作業をしている様子だった。柵の向こう側だが、ここからそう離れてはいない。
「ああ……あれはやらせておいて大丈夫だ」
パラ実の作る、もう一つの橋頭堡。教導団では対処不能の、大きな爆弾だ。
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