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【蒼フロ3周年記念】小さな翼

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【蒼フロ3周年記念】小さな翼

リアクション

 布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)はこの時、契約者の本隊を離れていた。
「このフロアはいない……っと」
 アイリスを救けに行く契約者たちが階段を使用したせいで、逆にこちらが助けやすくなったのは、皮肉だったかもしれない。
「危ない危ない……」
 病院が大きくて助かったことがあるとするなら、光る箒で移動できるだけの広さがあるということだ。
 地上を這うスポーンたちの頭上を、飛びかかってくる奴らをかわしながら、くねくねと飛行する。
 エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)の方はと言えば、狭い通路を小型飛空艇に乗っていた。覚悟はしていたが、思うように進まない。
「攻めに転じたいところだけど、うまくいかないわね」
 悔しそうにエレノアが言えば、佳奈子は頷く。
「うん、大多数の人が病院の外の救出に向かってるのよね」
 そもそも、今回の作戦に携わった契約者の殆どが、アイリス救出のためにスポーンを引き付け、戦う道を選んでいる。残る救出を選んだ契約者たちも、残っている可能性が高い外部の救出を選んでいた。
 勿論の両者の活躍で、現在防衛ライン──バリケード付近と病院との中間地点、そしてここまでの救出ルートが作られている。
 二人は病院の入り口まで何とか怪我人を運べばいいのだ。とはいえ数が半端ではない。
「……しっ、静かに」
 耳を澄ませばすすり泣きの声が聞こえる。佳奈子は行くよと声を掛けると、箒を素早く声の方向に走らせた。
 声が聞こえてくるのは女子トイレ。上から見れば、その一番奥の個室に立てこもった女性の頭上の天井に、スポーンが張り付いて今にも飛びかかろうとしていた。
 手を下ろして引っ張ろうにも、一撃でも喰らえば致命傷だ。
「開けて、早く!」
 声を掛けると、泣いていた彼女は扉に取りついて鍵を開けようとする。しかしがちがちと鳴るだけだで開かないそれを、
「下がって!」
 遅れて飛空艇をトイレの入り口から飛び降りたエレノアが突進し高と思うと、ランスの先で鍵を突き破った。そのまま抱えると、飛空艇に担ぎ上げて腰が抜けた彼女を乗せる。
 佳奈子は床に飛び降りたスポーンが追って来れぬよう、サンダーブラストを浴びせる。
「怪我はない?」
 佳奈子は女性に応急処置をすると、再び巡回に戻った。



「 待ってろよ……絶対助け出してやるからよ……!!」
 階段を駆け上がる息は荒い。それは疲れからだけではなく、内心の鼓動がそのまま出てきたようだった。
 ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)が目指す先は、決まっていた。
 ……最初からだ。例えたった一人でスポーンの群れの中に飛び込むことになったとしても。
(たとえこの命が無くなろうともあいつを助け出してやる!)
 スポーンの群れに皮膚を引き裂かれながら、彼は無表情のまま、相手の行動を予測し、空を舞うように“七曜拳”を叩き込んだ。スポーンが次々に倒れていく。
「……大丈夫か?」
 ふと、脇に立ち並ぶロッカーの中に息遣いを感じて開けると、逃げ遅れた患者が目を見開いて硬直するように立っていた。
 ひどく怖い思いをしたのだろう。ラルクは頼もしげに笑顔を見せる。
「俺が安全なところまで連れて行ってやるからな」
 苦しそうに胸を抑える彼のパジャマの、胸ポケットから薬を取り出して飲ませると、彼を担ぎ出した。
 拳を振るいつつ、巡回中の佳奈子たちに彼を託す。
「テメェら……俺の邪魔をするんじゃねぇよ……!」
 そうだ。ラルクが向かう先は決まっている。通い慣れた廊下を、見慣れた景色を、敵を倒しながら進む。
「くそ……無事でいてくれよ……頼むぜ……」
 もし彼が“嫁”を第一に思うなら、スポーンなど放っておいて、とにかく辿り着くべきだっただろう。
 しかしラルクには、彼がそうして他の患者を置いて助けようとしたところで、それで嫁がよしとするとは──彼らを置いて逃げるとは、とても思えなかったのだ。
(無事逃げてればいいんだが……最悪倒れてたりとかもするしな……)
 ようやく病室の扉を開けた時、彼はその姿をベッドの上に確認して、へたり込んだ。
「よかった……本当に良かったぜ……」
 武骨な手が、胸ポケットを探った。開いた煙草の箱から、震え残る手で一本を抜き出す……。