イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

リアクション公開中!

【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

リアクション

 落ち着かない様子で何度か、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)は振り返った。
 タイムワープ時に自然発生した青い光はもう消えたはずだが、今でも背中あたりでバチバチと放電しているような気がする。
 落ち着かない理由はそれにとどまらない。土地勘のないこの時代の渋谷であっさりと道に迷ってしまったという事情もあった。一応、目立たないよう髪を染め粗衣を着てはいるが、七十年あまり後の時代の人間として、できるだけ当時の人間に出くわさないよう移動しているということもあった。
 けれど、現在カレンが胸騒ぎを覚える根元的な理由はきっと一つだけだ。
 ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)の不在だ。
 これまでの活動において、善きにつけ悪しきにつけ、カレンはジュレールと行動をともにしてきた。それなのに今、カレンは単身でこの見知らぬ土地にある。
 ジュレールは決して愛想のいい機晶姫ではない。むしろその逆だ。放っておけばいつまでも黙っているし、カレンが未熟な行動をとろうものなら遠慮なく指摘し批判する。顔はフランス人形のように可愛らしいくせして、ときに冷酷に見えるほどにマイペースである。
 なのに、今……。
 カレンが一番見たいのは、ジュレールの仏頂面であり、一番聞きたいのは、愛嬌ゼロで抑揚の少ない彼女の声なのだった。
 気がつけばまた雨だ。節水時のシャワーのようにちょぼちょぼで、しかもぬるま湯じみた嫌な雨、おまけに夜の黒いカーテンは遠慮なく閉じてゆく。
 この時代を訪れるにあたって、カレンはジュレールにはなにも告げず出てきた。彼女のレールガンをはじめとした近代兵器の数々は明らかにこの時代に矛盾する存在であり、そも、機晶姫という時点で時間軸の禁止コードにかかるおそれがあった。
 けれど武器はしまっておけばいいし、機晶姫という事実も、人間のふりをしておけば問題なかったのではないか――雨に濡れたままそんなことを、カレンがとりとめもなく考えていた矢先である。
 ただならぬ気配を行く手に感じて、カレンははたと足を止めた。
 気がつけば渋谷エリアから出たのかもしれない。見渡す限り瓦礫と残骸という荒廃した場所にカレンはいたのだが、このとき眼前の廃墟の奥から、何かが這い出てくるのが見えたのだ。
 現地の浮浪者のたぐいなら追い払えばいいだけだ。それはさして恐ろしいものでもない。
 だが肥満を狙うインテグラルの手の者だとすればどうだ。こちらと同等以上の能力を持つ連中が相手だと少々面倒だ。逃げるか。
 いずれでもなかった。
「ジュ……」
 見間違いかもしれない。カレンは慌てて言葉を飲み込んだ。
 されど見間違いではない。
 黄金の髪で編んだ綺麗な二つのシニヨン、小柄なカレンよりさらに頭ひとつ以上低い身長、。
「……そこにあるは、誰か」
 冷ややかにジュレール・リーヴェンディは告げた。
 その頭に、肩に、雨が染みこんでいる。眠気を我慢する子どものように、半分閉じた瞼をなんとか持ち堪えさせているようだ。
「ジュレ。ボクだよ、カレンだよ……って言ってもわからないよね」
 改めてつくづくとカレンはジュレールを見る。姿形は2022年の彼女と寸分違わない。といっても、いまだにまどろみの中にあるような口調も、雲を歩くような足取りも、カレンが知るジュレールとは違っていた。
 ところがカレンが『ジュレ』と呼びかけたにもかかわらず、まるで無感動にジュレは続けた。
「……確認。半起動モード。今は1946年、場所は日本の東京と呼ばれる所らしい。我が目覚めたのは理由があってのこと」
 半起動、という耳慣れない言葉をジュレは口走ったが、それはなんとなく、『まだ完全には覚醒していない』という意味だとカレンは理解している。
「……何をなすべきかは分かっている。石原肥満と言う男を守り、戦うことだ。何故そう思うのかは我の知るところではない。我を造ったであろう『創造主』にあたる何者かが、そう命令したのだ。この時代、このタイミングで我に起動スイッチが入るようにプログラムされていたのだから」
 ぶつぶつとしゃべり続けるジュレールは、この言葉をカレンに語っているつもりなのだろうか。それとも己に言いきかせているだけなのだろうか。
 創造主、プログラム、という言葉が気になるが、それを今、問い糾してもジュレが答えてくれないということくらいカレンにもわかっていた。
「その人を守る、っていう目的ならボクも協力できると思うよ。そもそも、ボクの目的もそうなんだから」
 はっきりと伝えた。
「誰かは知らぬが幸運なことだ。これも予めインプットされていた出来事なのだろうか?」
「知らぬが? さっき名乗ったじゃない、ジュレ」
「そうだな。カレン・クレスティア」
 やや、その言葉尻が柔和になったようにカレンは思った。
 時代も場所も普段と隔たったこの地で、『目覚めたばかりの』ジュレールと『偶然』出会ったこと、そのこと自体はカレンにとってあまり不思議なことではない。それくらいの強い絆がお互いにはあるはずだと思っているからだ。けれど一抹の不安もないではなかった。
 ――この出会いも、ジュレの『創造主』なる人物の企みではあるまいか。