イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

リアクション公開中!

【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

リアクション

 空はまるでオレンジ色だ。蒸し暑いだけでなく、チリチリと焼かれるような気分だった。
 御神楽 陽太(みかぐら・ようた)は知った。1946年でも2022年でも、夏の暑さに変わりはない、と。
「おめえよう」
 頭には毛が一本もなく、その分顎は髭達磨、諸肌脱いだ背中一面に般若の彫り物、視力が悪いのかしきりと眼をすがめる癖があるが、なぜか目はつぶらで子どものよう……というなんともアンバランスで恐ろしげな風貌の男が、呆れたような表情を浮かべつつ顎を掻いた。
「ほんとにここで一晩待ってただか?」
「はい。昨夜『今日はもう遅い。明日まで待ってろ』と言われましたから」
「だけんどもそれは、『ここで』待ってろ、つう意味じゃなかったんだがな……ま、ええが」
 ガシャ達磨というあだ名(元は鍛冶屋で、達磨みたいな顔なので『鍛冶屋達磨』だったのがなまったらしい)のヤクザ者は、しげしげと陽太を眺めて言うのである。
「にしても、おめ、育ちも良さそうだし、ヤクザなんざ入らんでも他に仕事あるっぺ?」
 ここは『新宿芸能文化組合』という名前のついた会社の入る建物である。もちろんそんな看板は仮の姿にすぎず、実際はこの一帯を仕切る『新竜組』の拠点のひとつであった。昨日、陽太は一日かけてここを突き止め、「仕事を下さい」と言って押しかけたのである。
 その日は、遅いからまた明日、と言われたが陽太はこれも根性試しかと考え、なんと寝もせず朝まで待っていたのだ。改めて主張する。
「この街なら新竜組が羽振りよいと聞きました。喧嘩は無理ですが、料理とか雑用とか何でもします。それと土木機械の運転も。雇ってください」
「けどなあ……」
「妻の治療費と生活費が必要なんです……日当でいただけると助かります」
「そか。嫁さんが」
 ガシャ達磨は迷った。確かに、土木機械の運転手が不足しているのは事実なのである。新竜組とが仕切っている工事現場がいくつかあるが、技術のある人間が少なくて現場が回らないことはしばしばあった。
 それに――まだ公然ではないが、近々大がかりな『出入り』があるとされていた。この出入りは敵対する同業者を相手にするのではない。なんと公権力が相手らしいのだから驚きだ。あまりに荒唐無稽な話のような気もするがそうなった場合、敵のバリケードを崩すのに土木機械を使うことも考えられた。
 ガシャ達磨は目をすがめて、やれやれと溜息して言った。
「仕方なかんべ。じゃあ『新宿芸能文化組合』のアルバイトとしてつかってやっよ。ただ、勘違いするなよ。おめは会社のバイトであって、『新竜組』の舎弟ではねっからな。仮に捕まることがあっても、絶対に『新竜組』の名前は出すでねぞ」
「ありがとうございます!」
「ところでおめ、怪人『白ドクロ』って知ってるだか?」
「いえ……なんです? それ?」
 わかんねえならいいんだ、とガシャ達磨は言った。すぐに話を転換する。
「おめ、土木機械の扱いはどこで覚えた?」
「え? ……あ、学校です」
「学校、って上の学校だなや? いいなあ、俺、地元の中学の卒業式も出てねんだ。よし、おめえの呼び名はこれから『インテリ』だ。勉強できそうだから『インテリ』、いいな?」
「はい、それでお願いします」
「へっ、返事までインテリっぽいっぺ」
 毒づきながらガシャ達磨は、この『インテリ』のことを気に入っている自分に気づいた。育ちが良さそうで、パッと見は頼りなく見えるものの、なんというか、『本物』の迫力が彼の目にはあるように思った。頭もそうとうキレそうだ。鍛え上げて一人前のヤクザにすれば、いずれ幹部となるタマかもしれない。

「なんとか新竜組に入ることができたよ」
 従容としてガシャ達磨に続きながら、陽太はテレパシーを送った。相手はエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)だ。
「とりあえず第一段階はパス、ですわね」
 エリシアは陽太の呼びかけに返答した。
「ところで……えっ? ええと、ノーンからの伝言です。『環菜おねーちゃんがいなくてさみしいかもしれないけど、インテグラルの好きにさせたら、おにーちゃんと環菜おねーちゃんの未来、わたしたちとの出会いだってなくなっちゃうんだもん、がんばろうね』だって」
 陽太の頬が少し弛んだが、すぐにまた緊張気味の表情に戻った。
 ヤクザの事務所に緊張しているのではない。使命の重さに、だ。
 結婚以来、妻と離れて行動することなどほとんどない彼だが、今回ばかりは歴史改ざんの危機ゆえ、一旦妻のそばを離れ、パートナー二人とともに時間遡行する道を選んでいた。
 陽太の目的は、元凶となるインテグラルを見つけ出すことだ。すでに前日のうちに手早く、当時の人間に見つからない場所に迷彩塗装した拠点を設置し、エリシアとノーンには、その場所からのバックアップを任せてある。
 陽太へのテレパシー送信が終わると、エリシアは手早くノートパソコンの電源を入れた。
「さて……こちらも作戦開始、ですわね」
 拠点、というのは『魔女エリシアの移動工房』だ。新宿郊外の空き地に設置してある。なかなか快適でエアコンや冷蔵庫までついており、パソコンも使用できる。とはいえ念のため、バッテリーのストックもいくつか用意してあった。
 陽太が接触したのはあくまで新竜組の末端にすぎない。だが、確実に食らいつくことはできた。そこから頭(ヘッド)を求めて這い上がれるだろうか。