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リアクション
雑踏、土埃、それらすべてを焼くような太陽。
それとともに、刺さるような視線をグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は感じていた。
ここは新宿、夜は色町となるあたり。自分と、ロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)とは、どうも人目を惹いているようだ。
「……ロア、この時代、日本人以外は珍しいのか?」
「ゼロってわけじゃない。進駐軍だの大使館員だのがいるはずだ。軍服さえ着ていれば進駐軍で押し通せるだろう」
ただ――とロアは苦い顔をした。
「目立ってる……な、俺たち」
なにせ長身のグラキエスと、さらにそれを上回る長身のロアなのである。加えて、二人して炎のような赤毛だ。人混みの中でも、ぽつんと二つ、赤い頭が飛び出るような格好になる。さすがに注目を浴びざるを得ないだろう。
「こう見られるようでは密かに守るのは難しそうだ。いったん身を隠して、方法を考え直そう」
二人は連れだち、表通りから小道へと入った。
今回の件に際して、グラキエスは単身で1946年に挑もうとした。普段ならパートナーと一緒なのだが、今回に限っては、彼らの同行が時間軸にひずみを生じさせかねない。ところがそんな彼に、気づいて同行を申し出たのがロアだった。いや、申し出た、などという控えめなものではない。
「一人で行かせるかっての。俺が一緒に行って守るぜ」
きっぱり、そう断言して着いてきたのだ。
かくて二人は時間を超え、タイムワープがもたらす軽い酔いもわかちあったというわけだ。
人々の視線に追われるようにして、二人は路地裏に入った。この時代だ。路地といっても急ごしらえのバラックが珍しくない。戦災をまぬがれた古めかしい建物が点在し、これを囲むようにして無計画に建てられたバラックが点在するという奇妙な光景である。
どうやらこのあたりは、夜にこそ目覚める地帯らしい。人の気配はなく、彼らも落ち着きを取り戻すことができた。
「やっぱり、来たこと自体が間違いだったかもしれない。俺では……」
気を落とすグラキエスの背を、ロアがパンと叩いた。
「何言ってんだ。『俺』じゃなく『俺たち』だろ? 一人じゃ無理でも、二人ならなんとかなるってもんさ。心配するな、お前には俺がついてる」
ロアも何か勝算があっての発言ではないが、自分を励ます意味でもここは前向きにいきたかった。
「さて、まずは作戦の練り直しだ」
バラックの一つに背を預け、ロアが一息ついたそのときのことだった。
運命は『彼ら』の遭遇を妨げなかった。いや、運命こそが『彼ら』の遭遇を手助けしたのかもしれない。
竜人が人々の前に姿を見せたのは、記録上、パラミタが出現してからのこととされている。
それまでは目撃例がなかった……ということになっている。だが実際はどうだろうか。地球の各所に残る異形の者の伝承、竜の物語、そういったものの数々はすべて想像の産物なのだろうか。
ここに一人、本作は地球上の竜人――正しくは地球に残された竜人の末裔を紹介する。
竜人は、廃墟のような街を征く。包帯で顔を巻き、さらに、長衣のボロ着で体をすっぽり包んだ上で、頭にはフードすらかぶっていた。さらに、高すぎる身長を酷く曲げて屈み込むようにして歩いていた。しかし、いくら身を隠そうが、人の住むところに入るのは彼にとって危険この上ない。おまけに都会とあっては、自殺行為のようなものである。
だが竜人はこの地に上陸した。本能というべきか、何か強烈に、彼をこの地に呼ぶものがあった。それはなんらかの宝か、それとも人物か。
「見たところ、こんな国に重要な物があると思えないのだが……しかし、何らかの力を感じる」
その日ずっと無言だった竜人が、にわかに口を開いた。
するとそれまで、影のように竜人に従っていた人物が、そうかな、と口を開いた。話さなければ存在を感知できないほどに、彼は気配を殺していたのである。
「さて……アラバンディット、私は君の勘を信じるだけだよ」
ロアルドは言った。彼は将来、ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)と呼ばれる存在としてグラキエスに同行することになるのだが、この時点ではその名ではなく、ただ『ロアルド』とだけ称されていた。
そうすると、この『アランバンディット』と呼ばれる竜人についても、思い当たる節がある読者もおられることだろう。そう、彼こそはゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)、やはりグラキエスのパートナーとなる者だ。
ただいずれも、まだその前段階にある。
このときゴルガイスが、唐突に爬虫類の目を見開いた。
「むっ? この感じは……もしやこれか?! ロア、行くぞ!」
早足から駆け足へ、疾風のように走り始めたのだ。
「アラバンディット? どうした……あ、待たないか!」
そして運命の導きで、『彼ら』は邂逅を遂げた。
最初に、ただならぬ気配を感じ取ったのはロアである。
「人の気配がするな……作戦練るのは後だな。隠れるか?」
ところがグラキアスの反応はそんな穏やかなものではなかった。
「この感じは……ゴルガイス?!」
言うなり顔を青くし、ガタガタと震え始めたのである。
「何故この時代に……。一緒に居るのは、キース……?」
「おい、グラキエス、どうした!?」
だが今、グラキエスはロアの声を聞いていなかった。聞いているのは、自分の内側からする声だった。
「止めろ! あの二人に近付くな!」
「うっ?! この、声……」
「どうしたグラキエス、しっかりしろって!」
ロアは彼の肩をつかんで揺さぶったが、そんなものでどうこうなる状態はとうに終わっている。
「俺に同じ思いをしろと言うのか。ロアもドゥーエも喪い、ゴルガイスに……。嫌だ! もう止めろ!」
「ぐっ! 魔力が、また……。ロ、ア…止めて、くれ……!」
「やっと俺を呼んでくれたか忘れてるのかと思ったぜ。けど、いきなり暴走だと?!」
グラキエスを抱きかかえたロアだが、その体が冷たいことに気づいて仰天した。
「冷たっ! てか痛え! こらえろよグラキエス! 今吸精幻夜で血と魔力吸ってやるから!」
だがこのとき、人の気配がどんどん近づいてくるのが判った。今の騒ぎを聞いたのだろう。
「やばい、こっち来るぞ! あちこち凍ってるし壊れてるし俺かぶりついてるし、どう誤魔化そう……」
しかし顔を上げ、ロアの動きは固まってしまった。
――なぜ、ゴルガイスとキースがここにいる?
まさしくそのゴルガイスとロアルド(※『キース』は2022年時点の彼の愛称)が立っていた。
「この感じは……もしや……貴公らが?!」
ゴルガイスは近づくのを躊躇した。だが、彼が感じた『予感』はすべて眼前の二人に起因するように思えた。怯えているのか具合でも悪いのか、青ざめて震える青年と、彼の身を支えるもう一人の男性だ。終戦直後の人間にしては小綺麗な印象も受ける。
「私が行こう」
ゴルガイスを制して、ロアルドが二人に歩み寄った。
「君たちは一体……?」
ふと、グラキエスの腕時計を見てロアルドは得心がいった。
「おや? 君の時計の刻印は私の物と同じか。では君達は『組織』の人間かな」
一方、グラキエスを抱きつつ、ロアは彼にだけ聞こえる声で言った。
「……待てよ、過去だし、キースの方は別人か……あれ? この人……おっとヤバイヤバイ。グラキエスが『俺を』思い出すまで、何も言わない方がいいよな」
「どうか……したのか……?」
「いや、何でもない。あの二人は1946年の二人だと考えてくれ。落ち着くんだぞ」
「……そうか……努力……する」
グラキエスをあまり困らせてもいけない。ロアは顔を上げ、二人に向かって告げた。
「おっと、返事が遅れてすまん。『組織』についての質問ならイエスと言っておこう。俺の同行者はまだ『力』に慣れてないんだ。ときどきこうなるのさ……いま、任務の途中でね」
「なるほど、君たちは『組織』で力を得たものか……。命令系統は異なるようだが、同じ『組織』の同志。私も君たちに協力しよう」
嫌だな、というのがロアの直感的な思いであった。2022年のゴルガイスとキースならともかく、今の二人だとどんな悪影響がグラキエスにあるか知れたものじゃない。だが断って不審に思われるほうがまずいのは事実だ。
「喜んで」
ロアは頷いて見せた。
組織の者同士だ。名乗りあうこともなければ握手することもない。ただ、仕事をともにするだけの関係が成立した。