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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

リアクション

 留置所の檻に手を引っかけ、顔を押しつけるようにしてもたれかかっていた瀬山 裕輝(せやま・ひろき)は、輝彦と礼二だけが戻ってきたのを見て「あれえ?」と言った。
「なんや、変熊仮面のにーさん、帰ってこんの? 釈放カードでも出たん?」
「そんなカードは知らないけど、まあ、引受人が来て帰って行ったよ」
 さして面白くなさそうに言いつつ、礼二は鍵を開けた。
「ほら、次は瀬山、君の取り調べだ」
「お、取り調べ、言うたらあれか? 『ネタはあがっとるんや、吐けー』『いやん、刑事さん、堪忍して〜』『ほならカツ丼でも食うか』『うっう……刑事さん、わてがやりました』いう一連の様式美が繰り広げられるっちゅうあれやな?」
「吐けー、の後は『ビシ! バシ!』と殴る場面がほしいのですよ〜」
 というような声が聞こえた気がしたが、同じ留置所内のアキュート・クリッパーがなにやら咳き込んで自分の服をパンパン叩いたので誰にもはっきりとは聞こえなかった。
「あ、ええと……」
 なんとなく発言せざるを得なくなった気がして、アキュートはややつっかえながら言った。
「そ、そうだな。えと……改心早過ぎやろ!」
「せや! やっぱカツ丼食い終わってから改心せんと! 食べる前やったら取り上げられてまうし!」
「いやそういう話ちゃうから!」
「ははは、アキュートの兄さんわりとお笑いイケるようになってきたな。でもその関西弁、イントネーションちょっと変やで」
 この二人、いや、少し前までは変熊も含めて三人は留置所の同じ部屋(本当は二人用なので狭い)に放り込まれ一晩を共にしたのである。裕輝はやたらと人なつこく、いつの間にやらアキュートも彼の流儀を仕込まれてしまったというわけだ。
「おいそこ何をやってる」見かねたか輝彦が口を挟んだ。
「何て、お笑いや」
「お笑い?」
 輝彦が怪訝な顔になったのも当然だろう。この時代では、『お笑い』という言葉はあまり肯定的な意味を持たなかった。
 裕輝も他の時間旅行者同様、この時代で色々と頑張るつもりだった。少なくとも最初は。ところが文無しで来てしまったところからアヤがついてしまった。仕方がないので闇市の隅にて、お笑いで日銭を稼ごうとしたものの、彼のネタは21世紀的すぎてなかなか受けず、色々やっているうちになんだか警察に任意同行を求められてしまったという次第だ。
 最初の目的はどこへやら。輝彦に連れ出され取調室への途上、輝彦は熱く理想を語った。
「やっぱな、なにかと暗いこの時代、笑いが足りてへん思うねん。受けるギャグどんどん繰り出していけば、みんな戦争なんかやめて平和になると思わん?」
「……受(うけ)は世界を救う、とでも?」
 大真面目な顔をして輝彦が言うと、おおっ、と裕輝は声を上げた。
「倉多刑事やったっけ? いや、クラちゃん、あんた意外にセンスあるで! お笑いの世界に入らへん!?」
「せっかくだが、俺は刑事のほうが性に合ってる」
「そう言わんと! なぁ、オレ等でこの腐った世界に笑いという名の光を与えようやないか! クラちゃん、オレとお笑いコンビ組もう! 戦後初の漫才コンビや! 多分!」
「おい待て」何か理不尽なものを感じて礼二が割り込んだ。「倉多の相棒は僕だ。変なこと言うな」
「え?」
 裕輝はしばしぱちくりと、礼二と輝彦の顔をかわるがわるながめていたが、やがてポンと手を打った。
「……もしかして、自分らそーなん?」
「そー、って何が?」
「ただの友情にとどまらない、っていうか……」
「どういう意味だ?」
 輝彦は真剣に判らない様子だが、いち早く理解した礼二はみるみる顔が紅くなっていった。よりによって……なんということをいうか、この男は。
 そんな中、裕輝と輝彦はまだやっている。
「そーなん?」
「だから何が!?」
 この取り調べも疲れそうだ……と礼二は内心嘆息していた。