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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

リアクション

 渋谷警察署、正面玄関前。
 とうに夜だが、警察署からの灯りが煌々と周囲を照らしていた。そのことが、四面楚歌の状態で署が包囲されているこの状況を明らかにしていた。
 日本の歴史ではこれから何年もしてから、学生運動の春が始まることになっている。特定の建物が無数の相手から包囲される状況はこの先、十年、二十年とかけて再現されることになるが、今夜のこの状況は、その嚆矢といってよいのではないか。ただ、包囲しているのが学生と暴力団員という、明らかな差異はあるが。
 両開きのドアが開き、アキュート・クリッパー、瀬山裕輝が、山葉一郎、そして倉多輝彦が並んで立った。
「ほら、抗争があるって聞いた話、デタラメじゃなかったろう?」
 ブラックコートとカウボーイハットを取り戻し、意気揚々とアキュートは前に出る。同じく裕輝も不敵な笑みを浮かべて、
「留置所生活も、そう悪うなかったなあ……けど、タダ飯しうわけにはいかんわな。いっちょやったろか……クラちゃん、あいつら全部笑わせたらええの?」
 ひょいと首を曲げて輝彦に問う。だが輝彦はにこりともせず答えた。
「いや、撃退すればいい。そっちは得意か?」
「お笑いほどちゃうけど、まあ得意なつもりやで」
 このとき四人にもう一人、駆け寄って並んだ者があった。
「石原のところへ行けといったはずだが……」
 一郎は困惑気味な表情を浮かべた。それは山葉加夜だったから。
「私も戦えます。記憶はまだ戻りませんが……決して足でまどいにはなりませんから!」
「いいじゃないの、副署長さんよ」
 アキュートが言った。
「この嬢ちゃん、いくら断ってももう聞かないだろうよ。こうなりゃ一蓮托生だ」
「……」
 しばらく迷った後、一郎は言った。
「わかった。ただし、私が退けと言ったら必ず逃げるんだ。それだけは守ってくれ」
「はい!」
 加夜の記憶喪失はほんの一時のことだった。実はもうとっくに戻っているのだ。しかし記憶がないということにしておいたほうがなにかと便利なので、このまま通すつもりである。
 これで五人。彼らは左から裕輝、アキュート、一郎、加夜、そして輝彦の順で横一列に並んでいた。
 たのもしいメンバーだ。しかし包囲する敵の数は数え切れない。これではまだ物足りないだろう。だがこのとき。
「デデンデンデデン♪」
 彼らの頭上から、よく聞き覚えのあるフレーズが飛び出した。
「わーっはっはっ!」
 いつの間に登ったのか、警察署の屋根の上、彼はいる。
 原理は不明だが脚光が灯った。包囲する暴力団もこの演出にどよめいた。
 照らし出されたのは、マントを翻し颯爽と出現した愛と勇気の人――赤い仮面にラクダシャツ、モモヒキ姿の変熊仮面である。
「アイ ウィル ビー バック! そう言ったはずだ。そしてアーーイム バック! 戻ってきたぞ渋谷署に! 渋谷署の諸君、この私の美しい体を見よ! 助けに来たぞ!」
「あいつ……」
 裏門からこれを見上げつつ、礼二は苦笑していた。まさか彼との再会を、喜ぶことになろうとは。
 とう、と謎のかけ声を挙げ、変熊仮面はするすると縄ばしごを伝って降りてきて輝彦の右横に並んだ。
「これで六人か。警官隊があと数人いるが……」
 一郎の呟きは、すぐさま音無穣巡査部長によって訂正された。
「いえ、七……もとい八人です!」
 穣は直立の姿勢、敬礼して立っている。
「石原肥満の元に行って戻ったにしては早すぎないか。いくら自転車であっても」
 一郎は怪訝な顔をしたが、すぐに穣が説明したのである。
「途上、乗用車で観世院公彦氏が現れました。氏は署の襲撃を知って急行したものであり、石原氏の元へ僕、いえ本官を連れていってくれたのです。氏に送ってもらって急速に引き返したという次第です! 記憶喪失の彼女については……」
 言いかけた穣は加夜の姿に気づき、「失礼しました! ご協力、感謝します」と再度敬礼した。
「そちらの方は?」
 輝彦が問うた。穣のかたわらに、顔立ちの整った美しい女性がいる。
「私はローズ・ローズ、ちょっとしたいきさつでミノルと知り合った者だよ。強引に来ちゃってごめん、話は聞いたよ。ぜひ協力させてもらいたいんだ。医学のこころえがあってね、手傷の治療で手伝えると思うんだ」
「しかし一般の人は……」
 輝彦が言いかけるも、
「もうここまで来ちゃった以上無関係じゃいられないでしょ? 包囲が狭まったから今さら逃げられそうもないし」
 ローズ・ローズ……いや、九条 ジェライザ・ローズはそういって平然と笑うのだった。
「わかった。協力に感謝する」
 一郎が改めて述べて、かく八人、裕輝、アキュート、一郎、加夜、輝彦、変熊仮面、ローズ、穣の順で、包囲網に相対した。加えて署内から警官隊も出てくる。
「名づけて『荒野の八人』って感じじゃないか? 古い西部劇みたいだな」
 変熊仮面が何気なく言った。
「私はこう見えて、無声映画の頃からの西部劇のファンだが、そんなタイトルは聞いたことがないな。トーキーか? 戦時中の作品ならたしかに知らないが……」
 一郎が首をかしげたので、慌てて裕輝がフォローを入れた。
「ああ、それはほら、変熊ちゃんの記憶違いやろ。なあ、ははは」
 まさか、今から十数年後に公開されることになる映画のことです、とは言えない。
「本当は『九人』なんですけどねえ……このペトも勘定に入れるなら、ですが〜」
 アキュートのポケットの中で、ペト・ペトが言うのである。
「九人の戦鬼とか、どっかの人に言われちゃったりしますよ〜」
「余計なこと言ってるんじゃない」
 アキュートはペトにだけ聞こえる声量で呟くと、またポケットをペンと叩いた。

 鬨の声が上がった。停まっていたトラック数台が、同時にエンジンをかけた。そして全車一斉に、渋谷署に突撃をかけてくる……!