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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

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 ところがその小屋では、すでに異変が発生しているのだった。
 小屋の外側、数人のヤクザが見張りを務めていたこの場所であったが、異変(『白ドクロ』の出現)を聞くや二人を残して他はすべて出払った。
「どれ、やっと手薄になったな」
 ヤクザの一人が大きく伸びをしてそんなことを呟いた。
「手薄?」
 もう一人が、妙な顔をして新入りを見上げた。
 新入りの名は尼伏 賢志郎(あまふし・けんしろう)、冷たい目をした流れ者である。
 奇妙な男だった。二日前、新宿の小さな賭場で妙にツいて勝ちまくったが、最後にその稼ぎすべてを差し出し、「金は返す。その代わりに新竜組にいれてもらいたい」と異例のアピールをして杯を許されのだ。見た目は悪くないのだが、どこか謎めいて不気味なところがあり、新竜組の組員たちはこの男をなんとなく敬遠していた。
 その賢志郎が突然、もう一人の組員に振り向いた。あっ、と組員は足がすくんでしまった。賢志郎は……般若のような顔になっている!
「恨むなら……己が運の悪さを恨め!」
 賢志郎はそう言うや両手を結び、相手の後頭部に叩きつけた。
 声も洩らすことなく、組員は昏倒した。当分はこれで目が醒めまい。
 賢志郎はドアを開ける。
「さて……チヨと言ったな。暇だからちょっと、からかってやろうか」
 彼は舌なめずりしていた。その顔には、狂気と法悦がないまぜになった凄絶なまでの表情が浮かんでいる。
「な、何ですか……」
 いきなり外の風が飛び込んで来て、桜井チヨは板の間に座ったまま後じさりした。
 チヨはまだ年端もいかない幼子である。せいぜい十歳くらいだろう。安っぽい着物のほかは何も身につけておらず、白い素足を晒している。栗色の髪は大雑把に切り揃えられ、栄養不足なのか発育は未熟だ。女と呼ぶにはまだあまりに幼い。しかし、そんなチヨに、乙女として匂い立つようなものがあるのもまた事実だった。小動物のように震えるその姿が、男の加虐欲をそそるのである。無理矢理服を脱がせたら、彼女はどんな声で泣くだろう……?
 舐めるように、賢志郎はチヨの体を上から下まで鑑賞した。恐怖に引きつるその表情が、逆説的ながら愛らしい。
「フフフフ。面白そうな女だ……このこの女を取り返しに、多数の契約者がやってくるかと思えばなお面白い」
 しかし言うまでもないことだが、木製の小屋の同室には茅野虎蔵とリーラ・タイルヒュンがいる。
「ちょっと! 気持ち悪い笑い方やめなさい! 変態!」
「やめないか!」
 二人は抗うように声を上げるも、縛られている境遇だ。自由にはならない。
 どす黒い瘴気のようなものが、賢志郎の全身から噴き出した。そのとき彼は腰から、細長い針のような剣をするりと抜いている。
 その切っ先を、二度、三度、見せびらかすようにチヨに見せ、意味ありげに布で上下に拭ったりして怯える反応を確認すると、またも賢志郎は含み笑いした。
「楽しめそうだな。だがここは煩いのがいる。外で遊ぼうか……?」
 賢志郎はチヨを担ぎ上げた。
「教えてもらいたいな、女、その体にどんな秘密があるのかを……」
 ところが外に出てドアを後ろ手で閉めると、
「ま、あんまり怖がらせると可哀想だからな」
 そう言って彼は、チヨを優しく地面に下ろしたのである。
「ほら、食べるか?」
 しかも、板チョコレートの包み紙を差し出している。
「心配するな。毒ではない。弱そうな組員を脅して取り上げたものだ。無論チヨ、お前のためだ」
「ううう……」
 ところが怯えきったチヨは、チョコを手にしても封を切ろうとしない。あれだけ怖がらせたのだから致し方ないところか。
 食え、といってせかすように賢志郎は包装を破いてやった。
 ようやく口を付けたチヨを見て、彼は安心したように立ち上がる。
「変だな何でこんな事を? 本来の自分であればこんな事しないのに……」
 誰に言うでもなく口にする。賢志郎の口調は突然変化していた。
「まあ、ほんの気まぐれでしょうな、なんせ禁忌に手を出して呪われた上に過酷な運命を背負ってしまってから、半ば精神は崩壊しかかっているのですから」
 誰に話しているのだろう。そもそも、声色が違っている。自分自身と対話しているかのように。
「だが気まぐれとはいえ不思議だ……なぜだ?」
 そしてまた一人芝居のように、口調は元に戻ったのだった。同時に、動物園の熊さながらに気ぜわしく歩き回っていた。彼の中で何かが起こっているのだろうか。しかし、やがて、
「まあ、どうでもいい。ともかく、この抗争を目一杯楽しまなければな」
 賢志郎の口調は平静を取り戻していた。
 だがそれも、刹那のこと。
 ごっ、と重い一撃が彼の後頭部を打ち据えていた。
「なんなのこの人……味方なの? 敵なの?」
 見下ろしているのはリーラだ。ソーマ・ティオンの働きによって脱出したのだ。ただし虎蔵には、偶然縄が切れたと説明している。