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リアクション
「やめてくださいっ、もっと丁寧に扱って……ああっ!」
リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)は、目隠しされた状態で手足を縛られ、どこかに投げ込まれていた。
「ちょっと! 丁寧に扱えって言ったでしょう! ……じゃなかった、言ったじゃないですか〜」
ほとんど荷物のようにして扱われたのだ、そりゃ、腹が立つのも無理はない。
「作り声出したって無意味じゃあないかな。あんたを連れてきたヤクザども、みんな外へ行っちまったから」
誰かの声が聞こえた。
「……あっそ」
もう演技する気はないらしい。リーラはむくりと身を起こす。拍子に目隠しがずれて視界が確保された。
コンクリート製の冷たい部屋だ。来る途上で勾配を感じた。丘にでも立っているのだろうか。
殺風景な狭い空間には、リーラとあと一人、見知らぬ青年がいた。
そもそもリーラがここに来たのは計略である。柊 真司(ひいらぎ・しんじ)に申し含められ、チヨが捕らわれている場所を探るため囮になったのだ。真司の計画は実にシンプルなものだった。
まず、新宿の闇市などの胡散臭い場所で、チヨの消息を求めてしつこいくらいに聞き込みをする。
「あの〜すみません。チヨっていう女の子を探してるんですが……」
と話しかけ、脈ありと見たらすぐさま、
「私どうしてもチヨに会いたいんです」
と畳みかける。それでも反応を示す者、つまり怪しい相手を見たら、
「どうしてもチヨに会いたいんです! 会わせてくれないなら有ること無い事言いふらして警察を呼んでやりますよ〜!」
と騒ぎ立てるという、実に力業の計画なのである。
これですぐに怪しい連中に捕まえてもらえる、チヨの居場所に拉致される……と期待していたものの、そうそう上手くはいかなかった。新竜組というヤクザは、警察という言葉を聞いてもニヤニヤしているばかりだった。この時代、弱体化の一方である警察は激しく腐敗し、半ば公然にヤクザとなれ合いあになっている地域もあったと聞く。新宿もそんな地域なのだろう。
とはいえ時間がかかったとはいえ、こうしてリーラが拉致監禁の目に遭ったのは、脈がありそうなヤクザに土佐犬のごとく噛み付き続けた結果だろう。『売り物』云々と彼らが言っていたところからして、人身売買が絡んでいるようだった。
「俺か? 茅野虎蔵って者さ」
リーラと同じ部屋で、やはり縄で縛られ転がされている青年はそう名乗った。かなり殴られたのか顔が腫れている。
青年は、グルグル巻きながら器用に這ってにじり寄って来た。
「ちょ……あんた、何者? 変なことするつもりなら、突然理由もなく指が折れたりするわよ」
リーラの言葉は嘘ではない。実は彼女は、『ナノマシン拡散』の状態にあるソーマ・ティオン(そーま・てぃおん)を帯同しているのだった。リーラの身に危機が迫れば、ソーマがサイコキネシスで不埒者を懲らしめるという算段なのだ。実際、途中でちょっかいを出そうとしたヤクザの一人は中指を折られた(リーラが気味悪がられ、荷物のように投げ込まれた理由がこれでわかっただろうか?)。
「変なことなんかするつもりはハナっからないし、そもそもこれだけ厳重に縛られてちゃしたくてもできないねえ」
虎蔵は自嘲気味に言うと自身の経歴とこれまでのいきさつを語った。
「なんだか十歳くらいの、かわいらしい女の子が捕まっていたようだから一肌脱いでみたんだよ」
ところが、その少女を見つけ出し脱出をはかったところで、新竜組の手勢に見つかってこうなったというわけである。
「奴ら俺の実家を知ってるから、身代金でも取るつもりだろうさ」
「えっ?」
「俺の実家はそれなりに旧家だ」
「違う違うそっちじゃなくて……その、捕まっていた女の子って?」
「そこにいるだろう」
虎蔵は顎をしゃくった。
「大丈夫、その子は無事だ。問題は、もうすぐ人買いがやって来るってところだがねえ」
リーラは体を巡らせて、部屋の隅に発見したのである。
膝を抱えてうずくまり、半ベソをかいている桜井チヨの姿を。