イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

リアクション公開中!

【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

リアクション

 新宿の闇市、その片隅。
 ただでさえ薄暗いこの街の、ますますもって薄暗いところだ。
「エリザベートちゃん……?」
 どこ、と大きな声で呼びかけたかったが、神代 明日香(かみしろ・あすか)は自制した。あまり注目を浴びてはいけない。騒動になって時間の流れが狂えば、最悪歴史が書き換わってしまって、エリザベートと出会うことすら白紙撤回になりかねない。そんなこと、想像するのも恐ろしかった。
 インテグラルから勾玉と石原肥満を守るため、明日香は多数の仲間、もちろんエリザベートを含む一行で特別な装置を使って過去へ旅した。
 ところが時間の流れを進む途上、何かの手違いがあってエリザベートが青白い光の奔流からこぼれ落ちそうになった。慌てて手を伸ばした……はずが、明日香は単身、今日からさかのぼることちょうど二十四時間前の横浜付近に出現していたのである。当然、エリザベートの行方は知れない。
 そこから一日かけて新宿までやってきた。もう本日が渋谷と新宿の抗争がはじまる当日のはずだ。だとすれば時間がない。明日香は渋谷には行かなかった。ここ新宿にエリザベートがいるはずだ……そんな予感がしたからだ。
 エリザベートのことを思うと胸が張り裂けそうだ。彼女は、時間跳躍に力を使ったためにあまり魔法が使えないはずだ。魔法が使えなければ、エリザベートはとてもか弱い。正直に言ってほとんど無力だろう。この時代、生き馬の目を抜くような社会で生きていけるのか。
 一途にエリザベートを想い続けたこと、それが明日香に奇蹟をもたらしたのだろうか。
「……!」
 このとき明日香は、今日まで誰もなしとげられなかったエリザベートの発見に成功したのだった。
「よくもまあ俺たちを突き止めたもんよ。……ここまで着いてきて、わかってんだろうな」
 ハンチング帽を被ったブルドッグみたいな顔の男、それに、首の辺りまで入れ墨が見えている男、この、どこからどう見てもヤクザな男たちが、エリザベートを挟むようにして立っていた。
「わかってますぅ」
 エリザベートは、きりりとその両者を見上げて言った。
「チヨちゃんのところまで連れていくですぅ!」
「それはおめえも、さらわれるってことなんだぜぇ」
 ブルドッグが言った。
 けれどそんな彼らのやりとりは、明日香にはまるで届いていない。
 無我夢中な走りを見せて、
「エリザベートちゃん!」
 明日香は駆けだしていた。
「明日香ちゃん!」
 エリザベートも、目を輝かせ大きな声を上げていた。
 むぎゅーっと抱きあう。明日香はその腕でエリザベートを抱き上げていた。抱き返すエリザベートの腕が、背中に食い込むくらい力強かった。エリザベートは明日香の知っている彼女より、ずっと痩せ、ずっと汚れていた。可哀想に、随分早い時期にタイムワープが到達してしまったのだろう。今日までのエリザベートの不安、恐れを考えると明日香は胸が詰まるのだ。
「とっても心配……心配したんですよぅ」
 周りの状況なんていまは考えられない。明日香はただ、涙ぐんでいた。
「おいこら……」
 と二人に声をかけようとしたブルドッグは、自分の背中に相棒がもたれかかってくるのを感じた。
 どうした、と振り向くいて見れば、入れ墨男はどすんと地面に倒れてそのままのびてしまっている。
「エリザベート校長、お迎えにあがりました」
 うやうやしく一礼したのは伏見流香、すなわちルカルカ・ルーである。
「イルミンの騎士、ここに参上!」
 そう、来ていたのはルカルカだけではなかった。
「テレパシーを取りながら校長に近づいていた我々を追い越してしまうとは……明日香、君の校長への愛は、我々の計算を超越したようだな。非論理的だが、ありえることだ」
 一文字長光ことダリル・ガイザックも言う。このところ、非論理的なことも受け入れるようになった彼である。。
「ダリルは妙な言い回しをしてるが、要は、『おまえって凄いな』ってことだ」
 三編みオサゲの女学生(……)こと夏侯淵もぴったりと付いていた。
「とりあえず一人は片付けましたが、もう一人の方からは情報をいただかなくてはね」
 これは小坂巡すなわちザカコ・グーメルだ。目にも止まらぬ早業で、彼が入れ墨ヤクザを気絶させたのである。
 忽然と現れた見慣れぬ人々に動揺し、仲間を捨てて逃げようとしたハンチング帽だが、見えない壁に遮られていた。
「残念でした。一回休み、だぜ」
 見えない壁の正体が、強盗ヘルであるのは言うまでもないだろう。ヘルはいともたやすくヤクザを叩きのめしたのだった。
「で、どうするダリル? このヤクザたち、一応縛っておこうか?」
 月崎羽純が訊くと、遠野歌菜が応じた。
「一旦、エリザベート校長先生を安全なところまで送るとしましょうか。ついでに、ヤクザのどっちかからチヨさんの居場所を割り出してみましょうか」
「チヨちゃんを助けに行きますぅ」
 エリザベートことエツコが主張するも、明日香はふたたび、彼女を背後から抱きしめて首を振った。
「いけません。たくさんの契約者さんたちがこの時代に来てチヨちゃんの捜査に協力しているんです。信用してあげてください。それに……エリザベートちゃんがいなければ、私たちみんな、元の時代に戻れないんですよ。こらえてください」
「でもぉ……」
「エリザベートちゃんは、無事でいることが務めなんです。わかってください。ね?」
 かくも明日香に頼まれては、断れるエリザベートではなかった。