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リアクション
ぎっちりと詰まった筋肉質の体を狭そうに木のベンチに並べて、二人の男が夕食を食べている。
ものはどて焼き、脂ぎった肉を味噌と絡め、こんにゃくと一緒にグツグツ煮込んだものである。こんにゃくは手で千切っているので、大胆にぶつ切りされた肉とあいまって全体的にいびつだ。肉は脂身ばかりの見るからにくず肉であり、そもそも、なんの肉だかすらわかったものではないが、ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)は平気な顔で口に運び、クチャクチャと食べている。傍らのコップに注がれているのはまっ白に濁ったどぶろくだった。ぷんぷんと強烈なアルコール臭が漂い、舌が痺れるくらい酸味もきつい。まず間違いなく密造酒だろう。
「食わんのか?」
ラルクはガイ・アントゥルース(がい・あんとぅるーす)に目をやった。彼はほとんど皿に手をつけていない。
「俺はちょっと時間酔いが残ってて……あんまり食欲がねえんです」
「なんだおい。俺はとっくにそんなもの消えちまったぜ。船酔いと同じで降りたら一発だ。ほら、明日のこともあんだから食ってスタミナ付けとけ!」
「へい……俺はそのラルクの体質が羨ましいっすよ」
ガイは弱々しく肉を箸でつまむと口に放り込んだ。
「その意気その意気、しっかり飲んどけよ。酔いは酔いで吹き飛ばすに限らぁ!」
ぐいと濁酒を一気に乾すと、ガイは汚いコップをカウンターに置いた。
「兄ちゃん、おかわりだ!」
ここは場末の屋台だ。おそらく拾った木材で急造したものだろう。あちこち傾き、コップも皿も欠けてないもののほうが珍しい。メニューと言ってもどぶろくとどて焼きしかない。
カウンターの向こうから声がした。
「いい食いっぷりに飲みっぷりだな。だけどおまえら、金、ちゃんとあるんだろうな」
「あるぜ」
と言ってラルクは懐をさぐり、どんと円札を卓に置いた。荷運びに手を貸したりして集めた給金である。
「ほら大将、これで足りるか?」
「おい、これ以上飲み食いするには足りねぇぞ」
「じゃあツケといてくれや。なんとか工面すっから」
「ツケってったって、払いが七十ウン年後ってんじゃあ困るぜ」
「えっ?」
ラルクは顔を上げた。屋台の店主は若い兄ちゃん、くらいの印象しかなかったのだが……。
「俺だよ。とっくに気づいてると思ったぜ」
おなじみの長ランに学帽、姫宮 和希(ひめみや・かずき)がおたまを手に立っていた。
「おう、どうした、こんなところで」
「崩れかけたこの屋台に、ちょっかいかけてきたチンピラがいたんだよ。おっぱらってやったんだが店のオヤジは腰を打って働ける状態じゃなかった。だから俺が任されてるんだ」
白い歯を見せて和希は笑った。その『侠気』がもたらすのか、知らない人からすぐに信用されるという特技が和希にはある。
「そういうことかい。食うのに夢中で気づかなかった」
「面目ない。俺も、頭がグラグラして注意不足でしたぜ」
ガイも頭を掻いた。
どん、とコップが置かれ、そこからひしゃくで、なみなみとどぶろくが注がれた。
「ダチのよしみだ、こいつは俺の奢りでいいぜ」
「話がわかるなあ! おい!」
ラルクはガハハと笑った。
このとき、
「邪魔するよ」
暖簾をひょいと上げて、おおよそこのような場所にそぐわない姿の少女が姿を見せた。
時代考証がおかしいのではない。この時代でもありえる服装だ。だが、このような姿が似合うのはもっと高級な場所……すなわち大邸宅や、さもなくば立派なカフェーではあるまいか。
紺色、ただし限りなく黒に近いシックなワンピース。これを、白さが眩しいエプロンが飾っている。胸元のリボンも控えめ、スカートの丈も長い。そして、こういう服で見られるカチューシャではなく、レースをあしらった白い帽子を頭の乗せていた。
メイド服、である。この時代ではなんと呼ぶのかはわからないが。
ラルクとガイ、和希の奇異な視線に気づいたのだろう。急にメイドはしおらしい口調になって、
「お屋敷からお使いで、どて焼きをいただきに来ました……」
「なに今さら取り繕ってんだよ」
「お屋敷の住人がどて焼きなんか食うか〜?」
たちまちダブルで突っ込まれた。メイドは、
「なんだよ」
と砕けた口調に復して朝霧 垂(あさぎり・しづり)は言った。
「おまえらが変な顔するから、一応それっぽくしてみたんじゃないか」
「それっぽくせんでいい」
「しおらしい垂なんざ薄気味が悪ぃや」
「言いたい放題なだ。まったく」
言いながら垂はちょんと座って、置かれたどて盛りにさっそく手を出している。
「鎧姿で行動するとやっぱり浮いてしまうと思いメイド服にしたが、ま、これでも浮くわな。ただ、お屋敷のお使いで……という魔法の言葉でなんとか乗り切ってきた。あとは、ボロを出さないようこの時代の人間とは必要以上の会話をしないよう無口で無愛想な人間を演じたよ。疲れたな」
「無口はともかく無愛想は前からでは……いや、口がすぎやした」
じろりと垂に睨まれ、ガイは身を小さくした。
そこからしばらく、彼らはこの時代での冒険譚や体験したものを語り合ったが、やがておもむろに、
「運良くこうやって、決戦前夜に会えて良かった」
と垂が切り出したのである。
「肥満のことだよな」ラルクも応じる。
「ああ」
「本題というわけか」カウンターの向こうに丸椅子を持ってきて、和希は腰を下ろした。
無精髭の生えてきた顎をさすりつつラルクは言った。
「今日一日、ぐるりと新宿を散歩したんだが、やっぱり妙な動きがあるな。筋者(スジモン)が増えてやがる」
「俺もその気配は感じてた。大陸系の連中や、石原肥満とは無関係な渋谷の不平分子も集まってるらしい」
「襲撃があると見ていいな。歴史通りだとすりゃ……明日の夜だ」
どうする気だ? というような目でラルクは和希と垂を見た。
「なあに、そうなりゃ、『通りすがりの正義の味方』をやるまでよ」和希は即答した。
「同じだな」垂は左右に首を倒し、ごきごきと間接を鳴らした。
「俺もそれに乗るぜ」
ラルクはふたたびどぶろくを乾した。もう、顔は笑っていなかった。和希も同じだ。
ここで歴史が変えられた場合、最悪パラミタの出現はなくなる。そうすれば彼らの人生は、ずっとつまらないものになっていただろう。エネルギー危機等に解決策が見いだせず、世の中がもっと悪くなっている可能性も高い。
自分を守るという理由もある。
だが、負けられないという真の理由は、明日の一戦がおそらく、世を守る戦いとなるということにこそある。