リアクション
昨日の雨でぬかるんでいた地面が、午後になる頃は乾き始めている。
といっても踏み荒らされかき混ぜられた状態で、まるでいびつなマーブル模様だ。
ここは東京。渋谷、新宿とはまた別の『東京』だ。上野公園の付近、神崎 優(かんざき・ゆう)一行が到達したのはこの地の片隅だった。
「……」
優は無言で歩いている。何か話しかけても、返す言葉は短い。
無理もない、と神崎 零(かんざき・れい)は思った。
喜怒哀楽をあまり表にしない優だが、その心根(こころね)は優しい。それだけに辛いのだろう、このような光景を見るのが。
付近には屋外居住者の群れがあり、暗い目をして、生き延びる、あるいは死にゆくための支度をしていた。いわゆる傷痍軍人の姿が圧倒的に多い。片腕片脚がない者は珍しくなかった。その両方に欠損がある者、歩くことができず板に車輪を付けただけのものに乗っている者もあった。
皆、一様に痩せていた。そして、疲れ切った表情をしていた。
「戦争の犠牲者か……」
神代 聖夜(かみしろ・せいや)が短く言った。
「敗戦国日本は当時、彼ら傷病軍人にほとんど補償らしい補償ができませんでした。それゆえの光景とも言えます」
陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)が述べる。ただし、と於いて付け加えた。
「……何年か後になれば、国の補償制度は復活します」
「そうか……」
優の口調が、少し穏やかになった。
「ほんの少し覗いただけで、こんなことを言うべきではないと思うが……石原肥満には、この時代のことが強烈な原体験としてあるのだろうな。パラミタの出現が新たな社会問題を起こした側面は否定できない。その利権を巡って新種の紛争も生んだだろう……しかし、パラミタがもたらした豊富な資源や技術が、地球から飢えや貧困、それにまつわる戦争を減らしたことは事実なんだ」
それ以上、パラミタについて優は言葉を重ねなかった。
かわりに提案したのである。
「決戦は明日だ。それまで、ほんの少しかもしれないが、ここの人たちに手を貸して行かないか?」