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リアクション
■ おーじさまとおひめさま ■
延々と待ってやっと始まったと思えば、意味も良く分からないような長々とした話が続く。
それが終わって乾杯となり、これで少しは面白くなるかと思いきや、周りは大人ばかり。頭上で交わされる会話は、小学生だった秋月 葵(あきづき・あおい)にとって、ざわざわした雑音みたいなものでしかない。
空京新幹線の開通記念パーティというので、姉の秋月 梓に頼んで連れてきてもらったのだけれど、そこは葵にとって思ったほど楽しい場所ではなかった。
その上、
「葵、しばらく1人にするけど大丈夫よね?」
梓はそう言って葵をその場に残し、パーティの招待客の方へと行ってしまった。
このパーティにはパラミタ側の出席者も多くいる。
亡くなった両親に代わり、秋月財団の総帥を継いだ梓にとって、この場は人脈を広げるのにもってこいのチャンス。一分一秒が重要だから、葵に構っている余裕は無い。
分かっていたことだけれど、姉もどこかに行ってしまい、他に同年齢の子供もいない……となればかなり退屈だ。
おまけに、葵のお供として来ているイレーヌ・クルセイド(いれーぬ・くるせいど)も、何かの手配があるからといなくなってしまった。
仕方なく葵はパーティ会場を歩き回って時間をつぶしたが、それにもすぐに飽きてしまった。
梓はどうしているかと見れば、精力的に他の招待客と話をしている。秋月財団総帥としての梓に、もう帰りたいとか相手をして欲しいだなんて、とてもじゃないが言えなかった。
もうしばらくここで我慢しようか……そう思って巡らせた葵の目が、パーティ会場の扉に留まった。
「探検、探検ー!」
パーティ会場から抜け出した葵は、パーティが開かれているホテルの探検へと繰り出した。
この頃の葵は髪も短くて、男の子とよく間違われていたくらい活発だった。
好奇心の赴くまま、近辺を探検して回る。大人ばかりのパーティよりも、こちらのほうがずっと面白い。
あちらの廊下、こちらの階段、と葵は気の向くままにホテル内を歩き回った。
そして、もう自分でもどの辺りを歩いているのか分からなくなった頃、葵は通路の隅に座っている子を見付けた。
うつむいた顔に手を当て、しゃくり上げるたび、細い肩が上下している。
「君、どうしたの?」
泣いているその子を驚かさないよう、葵はそっと声をかけた。
けれどその子は、顔も上げてくれずに泣き続ける。
放っておけず、葵は泣いている子の隣に座ると、その頭を撫でた。
「もう泣かないで、一緒にお話しようよ。えっとね……」
葵はその子を慰めようと、楽しい話を選んで話していった。
この間した探検のこと、いたずらして見つかってしまったこと、とっておきの秘密の場所のこと。
話すうちにその子の泣き声は小さくなり、やがて泣きやんだ。
顔に当てていた手を放して、葵のほうを見てくれた時はとても嬉しかった。と同時に、こんな可愛い子が存在するのかと驚きもした。
白いお人形のように整った顔に、さらさらの金髪がかかっている。
澄んだ青い瞳にはまだ涙の痕跡が残り、それが光をたたえてきらきらと輝きを帯びている。
大人しそうな口元のほんのりとしたピンクに、葵の胸はきゅんとした。
「はい、これで涙を拭いて」
隅に銀糸でイニシャルが縫い取られたハンカチを、葵はその子に差し出した。
その子が恥ずかしそうに涙を拭く間に葵は尋ねた。
「どうしてこんな所で泣いてたの?」
「兄さまとはぐれてしまったの。捜したけど見つからなくて……」
女の子は新幹線の開通記念パーティに来たのだと言う。そう言われて見ると、女の子の着ている淡い水色のワンピースは上質なものだ。髪にはそれよりも少し濃い色の大きなリボンを結んでいる。
「パーティに来たの? いっしょだね。会場に連れてってあげたいけど……」
もうこの時点では、葵は会場がどこにあったのか分からなくなっていた。けれど笑顔で大丈夫だと女の子を励ました。
「すぐに迎えが来てくれるから」
「お迎え……?」
「うん。イレーヌちゃんっていう幼馴染みがいるんだけど、僕がどこに行ってもすぐに見付けて連れ戻しにくるんだ」
会場に葵の姿が無いことに気付けば、すぐにイレーヌが捜しだしてくれるはずだ。
「イレーヌちゃんに見つからないように、ってあちこち隠れてみたこともあるんだけど、いつもあっという間に見つかっちゃうんだよね。どうしてって聞いても、さあ、って笑ってはぐらかされちゃう」
不思議がる葵の様子に、女の子はやっと笑ってくれた。
それから2人はあれやこれやと話をして過ごした。
エレンと名乗った女の子は、パラミタから地球にやってきたのだと言う。
「パラミタから? いいなー、僕も行ってみたい」
目を輝かせる葵にエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)も、是非来て下さいねと微笑んだ。
そこに、黒服のSPを連れたイレーヌがやってくる。
「葵様! 勝手に会場を抜け出したりしたら、梓様が心配されるでしょう」
「ごめんー。ちょっと外に出たら、会場が分からなくなっちゃったんだよ」
「ほんとにもう……あら、葵様、この子は?」
お小言を続けようとしたイレーヌは、エレンディラに気付いて尋ねる。
「迷子になっちゃったんだって。一緒に会場まで連れてって」
「はいはい。この子の親御さんも心配してるでしょうし、早く会場に戻りましょう」
イレーヌはもう絶対に迷子なんかにさせないという意気で、葵とエレンディラをSPで囲ませて、会場に戻ったのだった。
「葵……!」
会場に戻るなり、葵は梓に抱きしめられた。梓のモデル並みのプロポーションが、ぎゅうぎゅうと押しつけられる。
「どこに行ってたの? 心配したのよ」
「ごめんなさい、梓姉さま」
葵が謝っているうちに、エレンディラのほうも無事に兄に会えた。
別れ際、エレンディラは髪に結んでいた蒼いリボンを、お礼にと葵の手首に巻いてくれた。
葵はそのリボンを大切に手で押さえ、
「僕……大きくなったら、パラミタに絶対行くから……そ、その時は……パートナーになってくれる……かな?」
真剣にエレンディラに聞いた。
「はい。待ってます」
そう即答してくれたエレンディラの為、葵はパラミタに行くと誓ったのだった。
またエレンディラに会えるように。
そう願を掛けて、葵はこの時から髪を伸ばし始めた。
それが功を奏したのか、中学卒業の時、葵はエレンディラと再会を果たした。
姉の茜の結婚式の時、偶然にもその相手がエレンディラの兄だったのだ。
「エレン、覚えてる?」
びっくりしたような顔をしていたエレンディラは、勿論ですと頷いた。
「ただ……ずっと王子……いえ、男の子だと思っていた人が可愛い女の子になっていたので、驚いただけです」
「えっ、確かにあの頃はよく男の子に間違えられてたけど」
その当時の自分を思い出して笑う葵を、エレンディラはまぶしそうに見つめた。
エレンディラにとっては、迷子になっていた時に助けてくれた葵は憧れの王子様。涙を拭くために渡されたハンカチを、宝物にしていたくらいに。その子が女の子だったと知った後も、葵がエレンディラにとっての王子様なのに変わりない。
運命の再会を果たした2人は契約を結び、パートナーとなった。
幼き日の約束のまま。
あの日の憧れを互いに抱いて――。
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