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【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ

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【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ
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リアクション

 
 
 
 ■ ようこそ、あなたの知らない世界へ
                 ようこそ、あなたのよく知るあの世界へ ■

 
 
 
 
 幸せな家庭の定義にも色々あるけれど、それが大きな問題のない平均的な家庭を示すものならば、皆川 陽(みなかわ・よう)の家はまさしく、幸せな家庭、だと言えただろう。
 たまに残業があったり、会社の飲み会で遅くなったりすることはあっても、父親はきちんと家に帰ってきて、翌日は眠いとか言いながらも出社した。ギャンブルにはまってもいなかったし、酒は付き合い程度。昔は煙草を吸っていたらしいけれど、陽がお腹に宿ったとき、禁煙したのだと聞いた。
 母親は家計を助けるために日中だけパートに出ていたけれど、子供が帰ってくる時間までには帰宅して、おかえりなさいと迎えてくれた。ブランドものに走るわけでもなく、酒乱で暴れることもない。少々愚痴が多かったり、機械ものに弱かったりもするけれど、まあ、問題ある母親ではないだろう。
 小学生の妹は最近生意気になってきたけれど、それでも言動の端々に子供っぽさが残っていて、まだ可愛いなと思える。まあ、これが中学高校になってきたら、兄にどんな目を向けてくるやら分からないのだけれど。
 陽自身も特に頭が良くも悪くもなく、気弱なところはあるけれど、取り敢えずは普通の家庭の長男として問題はないのではないかと思っている。
 聞く人が聞けば幸せな家庭だと言うかも知れないが、平均値の中にいる陽としては、これが普通なんだろうと思うだけで、特に幸せという感覚はない。けれどそんなことを口に出せば贅沢だとそしられるかも知れないから、幸せな家庭だね、と言われたら、そうかなぁ、とぼかす程度には陽も世渡りを覚えつつあった。
 
 絵に描いたような平均的な家庭、平凡な日本人。
 それが自分のポジションだと思っていた陽が、それを脅かされる事態に遭遇したのは、13歳の時だった。
 
 そろそろ寝ようかと、洗面所でしゃかしゃかと歯を磨いていた時のこと。
 ぼやーっとした人型の靄のようなものを……見てしまったのだ。
(嘘だ、絶対に何かの見間違いに違いない! そ、そう、お風呂場の湯気とか、うん、そうだ)
 霊感なんて絶対に要らない陽は、気のせいだと自分に言い聞かせ、その夜は布団をかぶってぶるぶる震えながら……でも気が付いたらすっかり眠っていたのだった。
 
 これだけなら、単なる目の錯覚だと片づけられたのだが、その日を境に、陽の周りにはちょくちょくソレが『出る』ようになってしまった。
 怖かったけれど、誰かに『霊が見えるんだけどどうしたらいいと思う?』なんて聞けるはずもなかった。よくて心療内科、悪ければ怪しげな新興宗教に入信させられて、お祓い、だなんてことになりかねない。
 だから出来るだけそれを視界に入れないようにしようとするのに、何故かその白いもやもやは、わざとのように陽の前に回り込んできた。
 そのうちに、幽霊の出現頻度は増していき、それにつれて姿もだんだんハッキリしてきた。でもどうしたら、RPGゲームのパッケージに描かれていそうな服を着た幽霊なんてものが、この日本で存在しているのか、陽には不思議でならない。
(学芸会中にライトが頭に落下してきて死亡、とか? コスプレ大会で人波に押されて圧死、とか?)
 幽霊として出てくる前に着替えしてきたら良いのに、と思えるくらいには、陽は幽霊の存在に慣れてきていた。
 
 半年経つ頃には、ちゃんと表情も見えて、会話さえ出来るようになっていた。
 もっとこう、恨めしや〜、と湿っぽいものを想像していたのに、幽霊はやたらと陽気で、こっちを見ると嬉しそうに、や、と手を挙げてくる。
 なんでそんなに嬉しそうなのかと聞いてみると、彼の姿が見えるのは陽だけだから、という返事だった。どこかも分からないところで、ぽつんと孤独だった彼を認識してくれたのは、陽ただ1人。
 それも、最初は逃げてゆく後ろ姿しか見えなかった陽が、今はこうしてどんな顔をしているのか確認できるようになり、言葉もかわせるようになった。それが嬉しくてたまらないのだと。
「他の人に見えないって……もしかして行くとこ間違ってない? 霊媒師のとことか……あ、会話するだけならこっくりさんとかでもいいかも」
「そ、そうだったのかー!」
 ガーン、とショックを受けている幽霊に、陽は呆れた。
 何かヘンなのに取り憑かれちゃったなぁ、と思わないでもなかったが、その幽霊があんまり能天気……はっきり言ってしまえばお莫迦だったから、恐怖心なんて何時の間にかどこかに霧散していた。
 
 
 そんな風に、昼間もずっと自分だけに見える幽霊という存在を、陽がおかしなものだとも思わなくなった頃。
 ――事件が起きたのだった。
 
 その日は新作ゲームの発売日だった。
 前評判の良かったゲームだから、これは期待できそうだと駅前のショップに急ぎ、首尾良くゲームをゲット。家に帰ってゲームをやることしか考えていなかった陽に、誰かがぶつかってきた。
 弾みでよろけて……そのまま陽は道路に倒れ込んだ。
 こんな街中で恥ずかしい。早く立ち上がろうと思うのに、何だろう、身体が動かない……。
 それどころか、息もうまく出来ない。
 悲鳴が……聞こえる。1人2人なんてものじゃない。
 うるさい……こんなに苦しいのに、キンキンした悲鳴なんて聞きたくない……。
 背中にある違和感を確かめようと回した手が、あるはずのないものに触れた。
 何かの柄……そして刃。
「男の子が刺された! 早く救急車!」
「それよりアイツを追わないと……!」
 うるさいうるさい……そう思っていたのに、世界の音はどんどん遠ざかり、切れ切れに小さくなってゆく。視界も薄ぼんやりとかすんできた。
(なに……? ボク、死ぬの……? なんでなんでなんで……)
 すべてが朧に溶けてゆく、その時。
 
「僕の名前を呼べ!」
 
 それだけはっきりと声が聞こえた。あの幽霊の声だ。
 霞む目を必死に開いて見れば、幽霊はこちらに手を伸ばしていた。
 幽霊なんだから、物なんて全部すり抜けちゃうのに。けれどあんまり真剣だから、その手を無視することが出来ない。
(名前……なんだっけ……)
 確か教えてもらった。テ、テ……なんだっけ。テリー、じゃなくて、テンドン……? テディベア……ああ、もうダメだ、何も考えられない。もういいや、間違ってても気持ちは通じる、なんせこれが遺言になりそうなんだから。
 だから陽は幽霊に向かって手を伸ばす。そしてその名を呼んだ。
「テディ……!」
 伸ばした手は幽霊をすり抜け……なかった。
 しっかりと手が握り合わされたその瞬間、幽霊は幽霊ではなくなった。
「おーし、あの野郎、ギタギタにしてやる!」
 陽を襲った通り魔を元幽霊はぱぱっとやっつけてくれた。
 そしてあんなに深手だったのにもかかわらず、陽の意識ははっきりとしてきた。その時は何が起きたのか分からなかったけれど、後で知った。これが地球人とパラミタ人との契約なんだと。
 
 その日から、テオドア・アルタヴィスタはテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)となった。
 家族がつけてくれた名前はテオドアだけれど、陽が呼んでくれた名前はテディだったから。これで良いのだと。
 
 そして陽は、今までの平均的幸せ家庭から、少しはみ出すことになる。
 今までは無縁だと思っていた、『契約者』という存在として。
 
 
 ■ ■ ■
 
 
「へーへーへー、たった4文字の名前が覚えられないってバカなの、アホなの?」
 2人の出会いをのぞき見していたユウ・アルタヴィスタ(ゆう・あるたう゛ぃすた)は、早速陽をののしった。
「カタカナの名前なんて、記憶に残らないよ……」
「そーだ! 主は正しいぞ」
 おどおどと反論する陽をテディがフォローする。
「てめーの名前だろーが!」
 どちらを応援しているのだと、ユウは陽を甘やかしているテディを睨んだ。
「あの、秘術はもうこれでいいのかな? もう1回、過去見か未来見が出来るけど」
 これまで口を挟めずにいた龍杜 那由他(たつもり・なゆた)が確認する。
「未来かぁ。見てみたい気もする」
「主がそう言うなら……」
「そんなモン見るもんじゃねええええ!」
 乗り気になる陽とそれに追従するテディを、ユウは止めた。
「どうしてダメなのかな?」
「ああ? オマエ等はもし、自分が将来ハゲてるとかゆー破滅的な未来が見えてしまっても、正気で居られる自信があるご立派な精神の持ち主なのか? ああん? ハゲませんようにって心配できるから、人は今日も努力できるんだよ!
「理由ってそれだけ?」
「なーにがそれだけだ! ハゲてるかハゲてないか二択だぞ? 50パーセントだぞ? 賭けに勝てる自信があるのか?」
 その理屈よりも迫力に負けて、陽はじゃあいい、と引いた。
「じゃー立派な精神の持ち主なオレは、未来を見ちゃうもんねー。オマエ等はあっち行って、しっしっ」
 乱暴に陽とテディを追い出すと、ユウは神妙な顔をして水盤を覗いた。
「見られるのは出会いの過去、あるいは別れの未来だけど、未来のほうでいいのね?」
 那由他に聞かれ、ユウは頷いた。
 見たいものは、ここからの未来、自分にとっての過去。
 ほんの一瞬で構わない。
 庭先の花をいじりながら会話して、笑い合ってる何気ない光景、とか。
 そう、一瞬だけでいい。
 伴侶の顔が見たい。そうしたら自分は生きられるから。自分が死んでも、遺される伴侶が護れるならば。
 
 
「あ、ユウさん、未来はどうだった?」
 未来見を終えたユウに陽は何気なく尋ねた。
 と、その刹那。
 ユウの視線を受けて、陽は息を呑んだ。こちらを睨み殺しそうな、憎しみのこもった強い視線。
「……っ!?」
 だが、陽が驚いた次の瞬間には、ユウの視線は自然に外される。
「さ、用事は終わったんだから、帰るぞ」
 さっきの目つきは誤解だったのだろうかと思われるくらい、殊更軽い調子でユウは言うと、さっさと先に立って龍杜を出て行こうとした。
 陽が立ちすくんでいると、ユウはくるっと振り向き、
「オマエ、かんっぺきつるっパゲだったから!」
 びしっと陽を指さした。
「え、ええっ?」
「ざまーみやがれ、ぺぺぺっぺー! だもんね!」
 慌てて頭を抑える陽の様子に満足したのか、ユウはもうそれ以上は振り返らず、どすどすと龍社から出て行った。
 
 
 ――龍杜の秘術で那由他が見せられるのは、過去の出会い、あるいは未来の別れ。
 ユウが未来のどんな別れを見たのか……それを知るのは本人だけ、なのだった。