校長室
【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ
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■ いたずらな女神が微笑んだら ■ 鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)は戦災孤児だった。 のたれ死んでも当然な状況で、それでも彼が生き延びられたのは、傭兵隊が彼を拾ってくれたからだ。 それから真一郎は、隊長を父とし、部隊に育てられた。 そのことを不幸だと思ったことはない。 父も部隊の皆も、真一郎を可愛がって育ててくれたから。 勿論、戦場だから傭兵隊の皆は常に死と隣り合わせだ。 わずかな判断ミス、敵の勢力、作戦、そして多くの部分で運。それらは簡単に傭兵隊を死に追いやる。 隊の仲間を失って嘆いたこともある。 だが幸いにも、多くが欠けることはなく、彼等は戦場とつかの間の休息を交互に渡ってきた。 ――その時までは。 それは事故だった。 だが大きすぎる事故だった。 傭兵隊の半数が命を落とした事故によって、真一郎は父を失った。 父の後継者として真一郎を望む声も多かったが、真一郎にはその自信は無かった。 無国籍部隊に近かった傭兵隊は、後継者も無くばらばらになっていった。 古株は事故を機に引退し、若い者は独立や移籍を選んだ。 あれほどまでに団結していた傭兵隊も、ちりぢりになるのは早かった。 そうして部隊が解体されてゆくのを眺めながら、真一郎は自身の進路を決めかねていた。 傭兵として戦場に戻ることも出来たが、どうも気が進まない。そこでいっそ一般人らしく仕事をしてみようとしたけれど、戦場しか知らない真一郎には、一般社会での常識というものが無かった。 仕事は覚えればなんとかなる。だが、感覚のずれはいかんともしがたく、真一郎を困惑させた。 戦場なら、敵を倒し、自らが生き残ることを考えていれば良かったのだが、一般社会で考えねばならないことは多岐にわたり、また煩雑だ。 世間と言われるものと自分とのギャップに戸惑う毎日だった。 真一郎がそんなしっくりしない日々を送っていた頃。 松本 可奈(まつもと・かな)は自転車メッセンジャーのアルバイトをしていた。 パラミタから地球にやってきて働いているのだが、全くギャップなど感じることなく……もしかしたら一緒に働いているバイト仲間はひしひしとギャップを感じていたのかも知れないが……、可奈はいたって元気に仕事に励んでいた。 「はい、確かにお預かりしました。これが控えですので、配達完了まで保管しておいて下さいね」 頼まれた荷物を迅速に届けるのが仕事。すいすいと風を切って道路を走るのは気分も良い。 今日もまた、書類らしき封筒を届ける為に自転車をこいでいたのだけれど、 「わっ!」 飛び出してきた子供をよけようとして、可奈はバランスを崩し……ちょうど歩いてきた男性……真一郎にぶつかった。 「すみませ……ああっ、地図が……!」 住所だけでは少し分かりにくい場所だからと、依頼主からもらった詳しい地図が、風に飛ばされてしまった。 「待ってー」 慌てて地図を拾おうとする可奈を、真一郎の腕が止めた。 「道路に飛び出したりしたら危険ですよ」 「でも、でも、ああーっ」 次々に通る車に巻き上げられ、地図はぼろぼろになり、やがてはトラックに引っかけられてどこかに運ばれていってしまった。 「どうしよう。住所だけで分かるかしら……」 慌てる可奈に、これも乗りかかった船かと、真一郎は申し出る。 「良かったら配達につきあいますよ。2人で探せばなんとかなるでしょう」 「いいの? ありがとう!」 可奈は有り難くその申し出を受けた。 それから2人は配達先を探し、期限ぎりぎりではあったが無事に書類を届けることが出来た。 「ほんとに助かったわ。ね、よかったらお礼にごちそうさせてもらえない?」 「いや、これしきのこと別に構わない……」 別に構わないからお礼はいらない、と言いかけた真一郎の話を途中聞きで、可奈は嬉しそうに頷いた。 「構わないってことは、いいのね。じゃあ腕をふるってご馳走するから、期待してね」 「あ……」 可奈があまりに嬉しそうだったので、真一郎は早とちりを指摘できなかった。 そして成り行き上、真一郎は可奈の手料理をご馳走になることになってしまったのだった。 真一郎を招待した日、可奈はうきうきと料理を食卓に並べた。料理をするのが好きだというだけあって、盛りつけられた料理はそこそこ美味しそうにみえる。 だが実は……今まで可奈の料理を食べきった人はいない。大抵の人は1口食べると用事を思い出したと言って帰ってしまう。2口目を口にした猛者は、理由も言わずに全速力で玄関から走り出ていった。 「みんな遠慮深くて、たくさん食べてくれないのよね」 可奈はそう前向きに思っているが、まあ……知らぬは本人ばかりなり。 「すみません、却って気を遣わせてしまいましたね」 何も知らない真一郎は、可奈の手料理を口に運んだ。 「……どう?」 「食べられるんじゃないですか」 「良かった。たくさん食べてね」 「では遠慮無く……」 1口、2口、3口……真一郎は何事もなく可奈の料理を完食した。 真一郎にとって食べ物は、毒だったり不可食だったりでは困るが、食べられれば問題はないものなのだ。 「ごちそうさまでした」 きれいに平らげてくれた真一郎に、可奈は涙ぐまんばかりに感動した。 今までこんなに自分の料理を食べてくれた人はいなかった。そしてこれからも出てくるかどうか分からない。 こんな貴重な人と出会えたことに感謝すると、可奈は真一郎を逃がすまいとするように、腕を掴んだ。 「きっとこれは運命なんだわ。真一郎さん、私と契約して下さい!」 傍目からみればまるで告白だけれど、可奈は大真面目だ。ここで逃がしたらもう二度と、可奈の料理を食べきってくれる人とは出会えないかも知れない。 「いや、俺はそういうのはいいです……」 「いいんですね? ありがとうございます!」 「……え?」 そして契約は成立した。 運命、それとも勘違い。 何の女神が微笑んだのかは分からないが、真一郎は可奈とパートナー契約を結び、パラミタへの第一歩を踏み出すことになったのだった。