校長室
【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ
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■ 時を挟んだ出会いと契約 ■ あれは、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が3人のパートナーと契約を結んだ後のこと。 契約の泉の畔にいたローザマリアに、声をかける者があった。 「ふむ、パートナー3人と契約とは、その力量なかなかのものだな」 「え?」 誰かと振り返ったローザマリアは、そこに自分とそっくりな容姿を持つグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)を見いだし……そして。 「きゃあっ!」 契約の泉へとグロリアーナを突き飛ばした。 ばしゃんと派手に水しぶきがあがる。 「――まったく、会って早々だというのに、失礼な輩だな」 全身びしょ濡れ状態ではあったが、グロリアーナは落ち着き払って立ち上がり、ローザマリアを凝視した。 心の底まで見通されそうなグロリアーナからの視線を、ローザマリアも静かに受け止める。 やがてグロリアーナはゆっくりと笑みを浮かべた。 「其方の中には妾を感じる。偶然ではない――それ故あの時、其方を助けたのだ」 その声に聞き覚えがある……あれは確か……。 ローザマリアは記憶を辿った――。 ■ ■ ■ あれは確か……巨大原子力巡航ミサイル潜水艦SSGN『オクラホマ』内部でのことだった。 所属していた年少兵だけの極秘特殊部隊の1つ「R(ロメオ)分遣隊」が政府内に渦巻く陰謀により壊滅させられ、それを知ったローザマリアは事件の関係者への復讐を続けていた。 8人目の標的はCIAの工作員。 彼がオクラホマに乗り組んでいるという情報を掴み、ローザマリアは自らも乗組員として潜入した。 潜水艦を盾に取った標的に、ローザマリアは単身立ち向かい、激闘の末に艦を取り戻すことには成功した。 だが、今の状況は絶望的だった。 ローザマリアは標的と対峙している。 自身の装備が万全ならば、標的を倒す自信はあった。 万全でなくとも、手にした銃に1発でも銃弾が残っていたのなら、ローザマリアは標的の息の根を止められていただろう。 けれど。 ローザマリアの銃はすでに弾切れだった。 それを知る標的は、にやりと余裕の笑みでローザマリアに銃口を向けている。 「どうやらここまでのようだな」 「さあ、どうかしら」 この期に及んでも涼しい顔でいるローザマリアの態度が面白くなかったのだろう。 相手は不機嫌に眉を寄せると、引き金を……。 「右に避けろ!」 その声に、ローザマリアは反射的に右に身体を捻った。 肩を銃弾がかすめる。 「伏せろ!」 続く声にも従ったローザマリアの頭上を銃弾が過ぎる。 その後も声に指示されるがままに銃弾を避け、ローザマリアは自らの手で8人目の標的に復讐を遂げたのだった――。 ■ ■ ■ 「その声はあの時の……」 「思い出したようだな」 ローザマリアの言葉に、グロリアーナは満足そうに頷いた。 あのときには姿を現さなかったが、グロリアーナはそれからずっとローザマリアの力量を見極めていたのだ。 「其方こそ今一人の妾自身。いざ、契約を結ぼうぞ」 全身を濡らす泉の水に光が映えて、きらきらと輝く。 グロリアーナの自信に満ちあふれた姿を、ローザマリアは息を呑んで見つめるのだった。 ■ 夜が朝に変わる刻 ■ 特殊部隊訓練時代に服用させられた成長を促進する新薬の副作用は、ローザマリアの身体を蝕み、その生命を脅かしていた。 入院すれば少しだけ、終わりの時を先延ばしにできると医師は言った。 けれどローザマリアは入院を拒否し、パラミタ内海を臨む丘の上に小さな家を建て、そこを終の棲家と定めた。 家族やパートナーたち、気が置けない人だけに囲まれて、心穏やかな日々を過ごす。 ローザマリアの波乱に富んだ人生の中では珍しい、ゆったりとした静かな優しい日々だ。 そんなある日のこと。 もうすぐ夜が明けようという頃、ローザマリアはベッドの上に身を起こした。 「御方様、お目覚めで御座いますか?」 その動きに気づいた上杉 菊(うえすぎ・きく)が、小さく声をかけてくる。 「起こしてしまったかしら。ごめんなさいね」 「いえ、お気になさらないで下さい」 闇を通して、菊が微笑む気配がする。 「構わず寝て……ううん、起こしてしまったついでという訳でもないんだけど……菊媛、一緒に海でも眺めない?」 「……御方様?」 菊は不安げに呼びかけたあと、はっとしたように胸に手を当て、はいと頷いた。 ローザマリアは菊と並び、海を眺めた。 まだ日は昇っていないが空は白ずみ、夜明けが近いことを告げている。 「綺麗ね……」 囁くようにローザマリアは言う。 「私、夜が朝に変わる時、夕方が夜に変わる時、その瞬間がたまらなく好きなの」 ふっと微笑み、ローザマリアは菊に目を向けた。 「菊媛、ライザと一緒にバートナーたちのことを常に気に掛け、心を砕いてくれたこと、感謝してもしきれないわ」 パートナーは総勢31人の大所帯。 それをつつがなく取り纏めてこられたのは、菊とグロリアーナの力あってのことだとローザマリアが礼を言うと、菊はとんでもないと首を振る。 「何を言われますか御方様。わたくしも、御方様と共に歩んで来れたこと、この上なく幸せに御座いまする。出来ますれば、これからも御方様と共に歩んで行きとうございます」 それに対してローザマリアは頷かなかった。 自分のことだから分かる。もう……自分には終わりの刻限が迫っている。これから先、菊と共に歩むことは出来なくなるだろう、と。 だからローザマリアは菊に言う。 「……菊媛。もし、私に何かあったら――その時は、躊躇せず新しいパートナーを探すのよ。私が大地に還ったからといって、あなたたちがそれに縛られる必要性は、何処にもないわ。自分の信じる道を、迷わず突き進んで」 「御方様……!」 菊は小さく叫んだ。 それをローザマリアは手を軽くあげて制す。 「でも、1つお願いがあるの。私の子供たちが、もし私と同じ契約者になるのだとしたら――どんな形でもいいわ。見守ってあげて欲しい」 それは恐らく遺言になるだろうローザマリアの願い、別れの言葉。 菊はこみあげる涙を、ぐっと気丈に堪えた。 「さて、御方様――わたくし、朝餉の支度をして参りまする」 「そう……お願いね」 朝食は何なのかと、ローザマリアは尋ねない。 何が食べたいのかと、菊も尋ねない。堪えきれない涙を見られないよう、菊は早足に台所へと向かった。 その背にローザマリアの声が聞こえる。 「ああ、空が――世界が、こんなにも綺麗だなんて」 夜が朝に移り変わる。 闇に滲んだ白が輝き出す。 今日最初の光がローザマリアを照らし出す。 ああ 世界は――どうしてこんなにも綺麗なんだろう。 この世界にあれたことを、ローザマリアは心から幸せに思った――。