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【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ

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【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ
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 ■ 早すぎる別れ ■
 
 
 
 
 そこに見える未来は確定ではない。
 だがこのままでいけば、今後起こりうる確率の高いものだとも言う。
 龍杜の秘術の話を聞いた佐野 和輝(さの・かずき)は、来るべき日に向けての覚悟を決めるため、3人のパートナーとの別れを自分1人で視ることにした。
 
 
 ■ ■ ■
 
 
 それは想像していたよりもあまりに早い、数年後。
 
 アニス・パラス(あにす・ぱらす)は病院のベッドの上にいた。
 アニスの身体を蝕んでいるのは、強化手術に失敗した後遺症であり、医師にできるのは治療ではなく、彼女の苦しみを僅かに軽減することでしかない。
 麻痺してゆく身体、衰えていく五感。
 明日、目が覚めたとき、身体はまだ動くだろうか、目は見えるだろうか、いやそもそも……目覚めることができるのか。そう思うと眠ることさえ怖くなる。
 死への強化はアニスを日に日に追い詰めて行った。
 けれど……自分を暗闇から救い出してくれた和輝に心配をかけたくなくて、アニスは会話能力を失い精神感応でしか話せなくなっても、天真爛漫でい続けた。
 病は気から。
 それが本当ならば、アニスはすぐにでも完治していただろうに。残念ながらそれはアニスには適用されなかった。
 
 終わりが近い。
 自分の身体のことだから、アニスにはよく分かってしまう。
 それでもアニスは普段どおりを通し続ける。
 最期の一瞬まで、彼との楽しい『日常』を感受したいから……。
 
「ねぇ、和輝。今日は……外行きたい」
「分かった。すぐに用意するからな」
 車椅子をベッド横まで持ってこようとする和輝に、アニスは珍しく我がままを言った。
「車椅子は、嫌。抱っこして、和輝」
 分かったと答えて抱き上げれば、アニスの身体はか細く軽く、その身体に科せられた運命の過酷さを思わせる。
「大丈夫か? 何か変な感じがしたら、すぐに言ってくれよ」
 そう聞いたのは、心をよぎる不安の影の所為。けれどアニスは、大丈夫だと答える。いつものように。
 
 アニスを抱いた和輝は、病院の中庭をゆっくりと歩いた。
 もう目もほとんど見えず、耳もよく聞こえないアニスにどのくらいこの中庭の様子が認識できるのかは分からないけれど、今のアニスを連れて出られるのは、ここが限界だ。
「今日はよく晴れてるよ。穏やかで良い日だ」
「うん、分かるよ。もう殆ど感じなくなったけど、和輝のあったかい気持ちや、和輝からのイメージで、アニスも感じてる」
 今やアニスにとって和輝こそが、外界に通じる窓だった。
 花は見えなくとも、花をアニスに見せてやりたい知らせてやりたいと思う和輝の気持ちが、美しい花となってアニスの心に咲く。ぎりぎりまでアニスが心穏やかにいられるのは、和輝の存在があるからだ。
 
 けどそれももう。
 
「ねぇ、和輝。アニスのこと、好き?」
 どうしても聞いておきたいことをアニスは和輝に尋ねる。
「ああ、好きだよ。アニスが居てくれたお陰で、俺は“人間”で居られたんだ」
「そっか……アニスもね、和輝のこと、大好き」
 それが聞ければ良い。アニスは幸せだと感じることが出来る。
「……今まで、ありがとう……“また、ね”。かず……き」
「アニス……っ!?」
 途切れ途切れの精神感応に、和輝の心は騒ぐ。けれど和輝はぐっとそれを押し込めた。
「……ぁぁ、そうだな……“また、ね”だ。アニス」
 直ぐは無理だけど大丈夫。俺も後から行く。
 そう囁いた和輝の声は届いたのかどうか。
 アニスはひっそりと呼吸を止めた……。
 
 
 
 ■ ■ ■
 
 
 アニスを失ったショックから和輝を立ち直らせてくれたのは、家族たちだった。
 だが……それをあざ笑うかのように、和輝の身体は40歳という若さで病魔に襲われた。
 
 妻と松永 久秀(まつなが・ひさひで)は連日必死の看護をし、スノー・クライム(すのー・くらいむ)は表ではなく裏で和輝を救おうと尽力した。
 けれどそのどちらも報われることはなかった。
 日に日に衰えて行く自分の身体と、進行して行く病魔の恐怖に、和輝はアニスのことを思わずにはいられない。
 ああ、アニスはこの恐怖に怯えながらも、いつもの笑顔で居続けたのか……。
(やっぱり、お前は凄いよ、アニス)
 和輝にも分かる。自分の身体がもう長くは保たないことが。
 ならばアニスのように、最期の1秒まで、湊笑顔で居続けてやる。それが和輝の決意だった。
 
 そんな闘病生活が続いたある日。
 “その日”が来たことを和輝は感じた。
 家族を枕元に呼んで、和輝は最後の話をする。伝えたいことが多すぎて、けれど体力がそのすべてを話すことを妨げる。けれどきっと……分かってくれている。それが家族なのだろうから。
 妻と子供たちとの話が終わると、和輝は家族であり仲間でもあった、スノーと久秀に笑いかける。
「悪いな。スノー、久秀。少し早いけどアニスに会いに行ってくるよ」
「未だに実感できないわ。貴方が死ぬなんて……」
 スノーは小さく首を振った。和輝と契約した当時と比べ、スノーは外見的な老化は全く見られない。和輝と並ぶと親子と勘違いされてしまう姿ではあるが、愛すべき相手から最後まで友にと変化した想いを胸に、スノーは彼の魔鎧で在り続け、アニスを失った彼を彼の妻と共に支え続けてきてくれた。
「……ええ、分かってはいるのよ。人が死ぬのは自然なことだと。……でも、やっぱり貴方なら“実は”なんて言いながら元気になりそうに思えるわ」
 そうであったらどんなにか良いことかと、スノーは悲しげに目を伏せた。
「……まったく。信じていないとはいえ、久秀はトコトン神様という存在に嫌われているようね。自分の半身が先に逝くのを“二度も”見送るとは、思いもしなかったわ」
 出会った時は少女だった久秀は、今は美しい女性の姿となっている。時々裏で騒ぎを起こしつつも、ミステリアスな従姉妹として、世帯を持った和輝とその家族との良好な関係を築いてきた。
「悪いな久秀。お前より長生きしたかったんだけど……」
 それはもう果たせそうにない。
「……そうね。貴方のために泣いて……あげるわ。光栄に思いなさい。貴方はあの“松永久秀”に思われ、そして涙を流させた人物よ」
 久秀はこぼれる涙を拭きもせず、そっとベッドの和輝の上に身を屈めた。
「さようなら、和輝。願わくは、貴方がアニスとあの世で会えることを。そして私たちが行くのを待っていなさい……閻魔を説き伏せてでも、久秀も遭いに行くわ」
「ああ、お前が来るのをアニスと一緒に待ってるさ……まあ、大丈夫だと思うが、閻魔の相手に手こずったら呼んでくれ、必ず助けに行ってやる」
 子供のような笑みで和輝は約束する。その顔を見て久秀は微笑み、身体を起こした。
 代わってスノーが和輝に問う。
「ねえ和輝。私は――スノー・クライムという魔鎧は、貴方に相応しい魔鎧であれたかしら?」
「ああ、スノーは俺の人生で最高のパートナーだったよ。でもだからこそ、俺が死んだら新しい相棒を見付けて欲しい、かな」
 死んでゆく自分に囚われることは無い、と告げたのだが、スノーは頷かなかった。
「ありがとう。でも、私は貴方が死んでも貴方の魔鎧で在り続けるわ」
 出来れば自分を忘れてスノーには新しい幸せを求めて欲しい。けれど、きっともう他の人を相棒とすることなど出来ないと言うスノーを止められる言葉を和輝は持たない。
 ただどうか、皆のこれからが幸せであるようにと、願う。
 妻も子供も、スノーも久秀も。
(俺は一足先に、向こうでアニスと待っている。だから再び会えるその時まで、みんなどうか……)
 
 目を閉じる瞬間――アニスの笑顔が見えた……気がした――。