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【創世の絆】もう一つの地球と歪な侵略者

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【創世の絆】もう一つの地球と歪な侵略者

リアクション


アナザーの戦い 1



 ゴブリンは弾の切れたライフルを投げ捨てると、腰からぶら下げていた棍棒を手にとった。
 興奮し鼻息を荒くしながら突進するゴブリンは大きく棍棒を振り上げると、奏 美凜(そう・めいりん)に向かって振り下ろした。
 だが棍棒は標的を捉える事はできずに地面に小さな窪みを作り、持ち主のゴブリンは側頭部に強烈な蹴りを叩き込まれて地面に崩れ落ちた。
「まさか鉄砲持ってくるとは思わなかったアルよ」
 倒れたゴブリンが起き上がらないのを確認してから、美凜は息を吐いた。
「怪我してる、大丈夫?」
「こんなのかすり傷ネ」
 美凜の二の腕には銃弾が掠めていった痕がある。遭遇の際に受けたものだ、幸い相手も突然の遭遇に驚いたようでまともに狙いはつけらなかったようだ。
「今直してあげるね」
 桜月 ミィナ(さくらづき・みぃな)がヒールで傷口を塞ぐ。
「こんなの唾つけとけば直るアルよ」
 そういいつつも、美凜は素直に治療を受けた。
「みんな無事かな」
 治療しながら、ミィナが不安げな言葉を漏らす。
「絶対大丈夫アル。だから私たちも兵隊さんをちゃんと基地まで送り届けるアルよ」
「うん!」
 ミィナはしっかりと頷いた。

「見た目はゴブリンでも、シャンバラのよりは厄介ね」
 リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)はドラゴニックヴァイパーでゴブリンの身体を締め上げながら呟いた。
 ゴリゴリと締め付けられたゴブリンは、やがて何かが折れたような音を響かせると動かなくなる。それを敵の装甲車に向かってなげつける。
 装甲車はリーラの居た地点に銃弾を浴びせるが、一歩早く物陰に隠れて難を逃れた。
「さすがに硬い」
 ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)が操るPBWからのレーザーで攻撃をするが、ただの装甲板ではなく周囲に居るゴブリンと同じ黒い表皮で覆われた装甲車は、簡単に焼き切れてはくれない。
 今度はヴェルリアに機銃が向くが、それより早くリーラの腕が彼女と同じ物陰に引きずり込む。
「ありがとう」
「あまり無理しないで、今日は長いんだから」
 敵は装甲車を中心に、歩兵装備のゴブリンで部隊を組んでいる。数は十二体ほどだ。ゴブリンはライフルなどの火気を持ったものと、棍棒や斧といった武器を持ったものに分かれていた。耐久力もかなり高く、シャンバラで見かけるものと似ているのは見た目ぐらいだろう。
 だが、彼らは戦えない相手ではない。問題は装甲車で、機銃を一個乗せて火力を備え、さらに硬い装甲は多少の傷を自分で治すオマケつきだ。何より、装甲車を装甲車として利用している事が厄介な事ほかならない。
「……! 御神託が来たわ。まいちゃん、あそこよ」
 装甲車とにらみ合う二人の頭上、斜めに傾いたビルのベランダから下を覗いていた桜月 綾乃(さくらづき・あやの)が、目標を指差す。装甲車の中心、出張った機銃の部分だ。
「わかったわ、任せて」
 ここに回り込むまで使った空飛ぶ箒を片手に、桜月 舞香(さくらづき・まいか)はベランダから飛んだ。箒の力を借りて落下速度をあげ、装甲車の天辺にトワリングソードを突き立てる。
 装甲車はくの字に折れて、金属の軋みのような悲鳴をあげる。周囲のゴブリン達は突然の空からの急襲に驚き振り向き、固まっていた。
「ぼうっとしてると、危ないわよ」
 稲妻の札によって呼び出された雷が、呆然としているゴブリンに飛来する。回避動作も間に合わずに電撃を浴びたゴブリンに、さらに今だとばかりに飛び出したリーラとヴェルリアが追撃を加えた。
「誰か出てきた」
 ヴェルリアが視界の端で、装甲車から転がり出てきた影を捉える。他のゴブリンと同じ背格好だが、マントと兜をつけている。
「中に隠れてる奴がいるのはわかってた。逃がしはしないさ」
 一目散に逃走を試みるゴブリンリーダーの前に、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が立ちはだかる。
 たった一人の相手だ、力技で突破してやる。と、ゴブリンリーダーはこれまた他の棍棒よりも太く、トゲトゲのついた棍棒を振るうが、真司は後ろに飛んで避けつつM9/Avの引き金を引いた。
 銃弾がゴブリンリーダーを貫く、だが突撃は止まらない。
「さすがはリーダーだな」
 M9/Avをフルオートに切り替え、再度引き金を引いた。雪崩のような弾丸によって、ゴブリンリーダーの速度は見る間に落ちていき、やがて止まった。
「……とりあえず、終わったみたいね」
 深く突き刺さった自分の剣をやっと引き抜いた舞香は、ベランダの綾乃を回収すると、一度千代田基地への帰還を提案した。撤退する千代田基地の護衛についていってもらった二人も心配だったからだ。
「ああ、情報の共有や、コリマのところに顔を出した人の情報も仕入れておきたいな」
「では、一旦戻りましょう」



 戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は千代田基地にあるパソコンから立ち上がると、大きく伸びをした。その後ろの年代物の印刷機が動き出して独特の音を出す。
「これでひとまず、最低限はこなしましたね」
 アナザー世界にやってきた契約者達の一覧と、彼らの大まかな休憩シフトが続々と印刷されている。本人の言葉にあるように、最低限であり現場に照らし合わせれば齟齬もでるだろうが、丸一日の長丁場を乗り越えるための目安と、コリマ達がこちらを確認する手段として早急に必要だったものだ。データは持ち込んでいたが、オリジンのコンピューターは読み込んでくれなかったので、作業のやり直しになったのは少し痛かった。
「お疲れ様です、大尉」
 額に汗を浮かべ、腕まくりをした大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)が入室すると、ペットボトルのお茶を差し出した。見た事の無いラベルだが、味は普通の緑茶だった。
「そちらは終わったのですか?」
「ええ、まぁ……どこまで役に立つかはわかりませんが」
 丈二は額をかいて曖昧な表情を浮かべる。つい先ほどまで、彼は基地のあちこちに土嚢を積み上げる作業を手伝っていたのである。
「戦車砲は無理でしょうが、歩兵の火器ぐらいなら防げるでしょう。ダエーヴァは人間が使うのと同じライフルを使ってきてるようですよ。周囲の探索をしていた柊さん達から、そう報告がきてます」
「火器ですか……」
「丁度、その事で確認もありますし、話は歩きながらしましょう」
 二人は薄暗いコンピュータールームを出ると、その足で道の設置されているという地下に向かって歩いた。あまりすれ違う人が居なかった。
 急いで設置しました、といった概観の安っぽい階段を下りると、地下の空気はひんやり冷たい。裸電球が連なる通路を歩いて、道の前へとたどり着く。
 道は直径十メートルほどの、小さな池のようである。ここに飛び込む事で、アナザーとオリジンを行き来する事ができる。オリジン側は、幾重にも幾何学模様が施された魔方陣であるのだが、こちらは質素で知らなければ、ここが道であるとわかる人は居ないだろう。
「それで、銃弾の口径は合ってましたか?」
「同じ口径もあるにはあるみたいですが、この基地で利用しているものとは合いませんでした。できれば、現地のを調達したいです」
「しかし、現状物資に余裕が無いようですので、一人か二人ならまだしも、教導団の学徒全員に行き渡らせるのは難しいでしょう」
「……でしょうね。それで、こちらに何の用で?」
 道にはアナザーの兵士達と、綺羅 瑠璃(きら・るー)沙 鈴(しゃ・りん)、それと彼女らの部下が数人居た。
「結果はどうでした?」
 小次郎が尋ねると、鈴が「頑張れば頑張っただけ、結果は出るみたいよ」と、傍らに積まれたボストンバッグの山を示した。
「荷物を身体に括りつけられるだけ括りつければ、その分は持ち運べるね。ただ、いくつか行方不明になってるのがあるのよ」
 ボードの紙をめくりながら、瑠璃が眉をひそめる。
「まだ安心はできないけど、人間の行方不明者はゼロだけどね」
 二人はここで、道の実験とそれに便乗した物資の輸送を行っている。不安定とされる道は、人が行き来するにはそれなりに有用だ。
「まだ統計を言うには試行数が少なすぎるけど、概ねわかったのは、縛り付けるのが甘いと荷物は失う可能性がある。質量が重いものは、時間がかかる傾向がある、けど絶対に時間がかかるわけではない。同時に入っても、同時につくとは限らないけど、三十分以上のズレは出ないみたい。結論として、移動時間を確実に推論するのは難しい、ってところね」
 秦 良玉(しん・りょうぎょく)が居るオリジンの方の道は、大きな姿見だ。それはあくまで仮で、道ができたら不要になるものらしいが、結局のところ道とは何なのかさえよくわからない。
「イコンや、兵器だけ送るというのは無理ですね」
「どちらにせよ、向こうの道は大きさが足りないし、こちらの道は地下にあるせいで大きな物は持ち込めないわ」
 小次郎と鈴が話し合いをしている最中、丈二は積まれた荷物に視線を向けていた。今度はアレを運べと言われるのだろうか。先ほどまで、土の詰まった袋を運んでいたばかりなのに。
「それで、頼んでいたものは?」
「ああ、はい。こちらを」
 小次郎が印刷された紙を渡す。千代田基地に必要な物資を書き出したもので、先ほど印刷したものとは別物だ。そこには教導団が使う銃の弾薬なども含まれている。
「さて、大熊さん」
 ほらきた。運ぶのを手伝えを言うに違いない。そう丈二は身構えた。
「ここの物資は、我々の利用するものです。私の部下にもお願いしますが、お手伝いして頂けますか?」
「は、了解であります」
「それと、もう一つ頼みたい事があるのですが」

 千代田基地の周辺は、建物があった形跡である瓦礫の山で溢れている。よほど激しい戦闘が繰り広げられたのか、原型を留めているものはまばらだ。
 あとでこれらは人類とダエーヴァの戦闘によるものではなく、二対の天使の戦いの余波であると聞くことになるが、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)はまだその事を知らずに瓦礫の中を探索していた。
「お互い、余裕は無いのはわかりますが……」
 迷彩服を着た男の遺体の目を手で閉じ、アルツールは手を合わせた。この国ではそうするという知識を彼は持ち合わせている。
 男の遺体の周囲には、同じような人の遺体や、怪物の死骸も簡単に見つける事ができる。物色するように、小汚いネズミが間を走り回っている、餌には事欠かないだろう。
 この悲惨な状況を、ご馳走の山だと思うのはネズミだけにあらず、鳥や虫なども集まっている。それらは人間の死体も、ダエーヴァの死骸も、同じ扱いのようだ。
「できれば、基地まで連れていってあげたいところですが」
 勇敢に戦ったであろう彼らは手厚く葬られるだけの価値はあるだろう。それを行うだけの余裕が、生きている人にあれば、ではあるが。
「あ、居たわよ」
 聞こえた声に振り返ると、ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)と丈二の姿があった。
「これは、戦闘のあとみたいでありますね」
「こんな近くまで来ていたなんて……あまり、動き回るのは危ないわね」
 ヒルダが周囲を警戒しつつ、アルツールに近づく。丈二もそれにならい、近くまでくるとベルトポーチを渡した。
「契約者の居場所を知らせる発信機と、通信機。それと、最低限の食料と水が入ってるであります」
「なるほど、これはありがたい」
 受け取って中身を確認する。通信機と発信機、食料は缶詰のパンが一つに、ペットボトルの水が一つ。缶詰のパンには、見た事ないアニメ調のキャラクターが記されており、五百円のシールが貼ってあった。
「都内でかき集めたもので、文句は言わないように、とのことよ」
「東京は避難で機能停止してましたからね。食料はこういったものしか残ってないのでしょう。わかりました」
「それと、契約者の休憩の一覧も入っているであります。あくまで目安、との事でありますが、確認しておいて頂けると助かります」
「ふむ、丸一日ともなるとそういった事も考える必要がありますね。わかりました」
 次の言葉を口にしようとした丈二の口が閉じられる。物音を敏感に察知したからだ。その音に、ヒルダとアルツールの二人も気づき、三人は近くの瓦礫に身を隠した。
 瓦礫ばかりの中を我が物顔で、トラックが一台走ってくる。コンテナの代わりに、鉄格子の檻が積まれており、その後ろには装甲車も一台ついてきていた。
 トラックは三人に気づくことなく、装甲車と共に走り抜けていった。トラックの姿が見えなくなってから、三人は物陰から出て走り去っていた方向を見つめる。
「見ましたか?」
 アルツールの問いに、二人は頷く。
「トラックの運転手は人間だったわね。檻の中に入れられていたのも、人間だったわ」
「助手席にはいたのは、こっちで人間を襲ってるっていう怪物、ダエーヴァでありました」
「……どうやら、怪物に襲われている人類、という簡単な話では収まらないようですね」