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リアクション
第一章 いざうたえ いざいわえ うれしきこの宵
1.いってらっしゃい、いってきます。
クリスマスイヴよりも、二十日ほど前のこと。
リンス・レイス(りんす・れいす)は依頼を受けた。
クリスマスイヴに行われるチャリティイベントの演目の一つ、人形劇で使う人形の作成依頼。
「チャールズ・ディケンズのクリスマスキャロルのアレンジでな」
依頼に来たザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)はそう言って、
「主人公の女の子と、精霊を三体。よろしく頼む」
詳しい人形の外見などを、さらさらと発注用紙に記入していく。
用紙を見、注文内容を確認するとリンスは依頼を受けることを了承。
幾日か後に作り上げ、ザミエルに渡すと、今度は別の依頼を賜った。
「当日不備が起こるといけないからな――メンテナンスに来てほしい」
人形制作に関わった以上、最後まで関わろうという思いと、劇が気になって二つ返事で了承。
そして日は流れ、クリスマスイヴ。
まだ朝も早い時間、客の居ない工房で。
「飾り付けか、そうか、忘れてた……」
リンスはぽつりと呟いた。
いつも通りの素っ気ない工房。
モミの木のツリーもなければ、スノースプレーのペイントもない。
サンタコスでもないし、普段と違うと言えば精々クリスマス仕様の可愛らしいお人形が棚に並んでいる程度。
さてどうしよう? クロエと顔を見合わせたところで、静かに工房のドアが開かれた。
反射的にそちらに目をやると、視界に入るはダンボール。
「……?」
疑問符しか浮かばないリンスに構うことなく、ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)が次々とダンボールを工房へ搬入して行く。
「おはようございます」
黙々と仕事をするヴァルに代わって、キリカ・キリルク(きりか・きりるく)が澄んだ声で挨拶した。
「おはよう。……これ、何?」
「クリスマスパーティです。僕たちは飾り付けのお手伝いに」
「そういうことだ、よろしく頼んだ」
説明するキリカの後ろから、ひょこんとヴァルが顔を出して挨拶。そんなヴァルへと、キリカが背伸びしてマフラーを巻いてやり。
それが終わるか否かの忙しなさで、踵を返して街へと向かう。
「え。……え?」
ほっといていいの? とただ戸惑うリンスと対照的に、キリカは落ち着き払っていた。
「帝王は街の警邏に出掛けただけですよ」
「一緒じゃなくていいの?」
「僕の今日の役目は、工房の飾り付けのお手伝いですから」
言っている間にも、ツリーが組み立てられリースが飾られ、天井や壁にガーランドが吊るされ、窓にはスノーパウダーが撒かれ。
「おねぇちゃん、すごくてぎわがいいのね、かっこいい!」
クロエはその手腕に目を輝かせていた。
「帝王のパートナーですからね」
凛としたキリカの横顔は、なるほど、言うだけある。
いいパートナーだなぁ、とぼんやり彼女を見ていたら、
「……リンスさん? 僕のことを見ていないで、支度した方がいいんじゃないですか」
訝しげに言われてしまった。
「チャリティイベント。行くんでしょう?」
どこから情報が漏れているのか。帝王のパートナーだし、情報も広いのか。勝手にそう解釈して、「行く」と頷いたはいいが、ふと気付く。
――お客さんとか、来たらまずいよな……。
普段工房に居る、アルバイトの茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)はハロウィンの日から長期休暇を取っている。客が来たら相手をできるのは、
「? なぁに、リンス!」
「クロエだけじゃ不安だしなぁ……」
「??」
けれど、キリカは行っておいでと視線を投げてくるし。
かといって、まさか店番までほっぽり出して行くわけにもいかないでしょうと悩んでいたら。
「おはようございます、リンスくん! 浮かない顔をして、どうかしました?」
火村 加夜(ひむら・かや)が、にこにこ笑顔で立っていた。
「チャリティイベントへお呼ばれされているんですね」
「お呼ばれっていうか、メンテ?」
「ふふ、お呼ばれですよ」
ドア一枚隔てて。
加夜はリンスと話をする。
ドアを隔てている理由は、クロエにクリスマスプレゼントとして渡したサンタ服を着せているから。そして自身も、サンタ服に着替えているから。
――リンスくんも着てくれればよかったのに。
サンタの衣装は、リンスにも渡したのだけど、着てもらえなかった。「いつかね?」と言ってくれてはいたけれど、あの目の泳ぎ具合からしたら着てくれないだろう。
「男物だったら着てくれたのかなぁ……」
長ズボンじゃ味気ないなと思って、スカートに手直ししたのがいけなかったのだろうか。
「どうしたの、かやおねぇちゃん?」
「ううん、なんでもないですよー……わあ、クロエちゃん可愛いっ……!」
クロエにぴったりのサイズで、ふんわりと広がったスカートの丈はミニ。胸元とスカートの裾にはリボンがあしらわれていて、それと同じ生地のリボンを髪に留めてやれば。
「〜〜っ、すっごく可愛い……」
思わず抱きしめたくなるミニサンタさんである。
きゅっと抱き締めると、くすぐったそうにクロエが笑った。
「終わったの?」
笑い声を聞きつけたのか、ドアの向こうから声がかかる。
「終わりましたよ」
ドアを開けて、はい、お披露目。
「……サンタだねぇ」
「他に、感想は?」
「ごめん、俺、語彙少ないんだ。あとなんだっけ、まーべらす?」
「まーべらすってなぁに?」
「とってもすごいこと。……たぶん」
クロエとリンスのゆるい会話に「あはは」と笑ってから。
「そういうわけですよ」
加夜は言った。
「どういう?」
無表情に首を傾げ、疑問符をつけて言葉を返すリンスに、クロエを抱っこしてから加夜は笑う。
「この、可愛いサンタさん二人組が、接客しますから。リンスくんはチャリティイベントへ行って来て下さい」
「それは、」
悪いよ、と繋げようとしたのであろう言葉を。
「いってきてください、なのよ!」
クロエが遮る。
「そうですよ、リンスさんがふんぎらない間に、僕の方は殆ど終わりました」
キリカも後押しする。
ここまで言われて躊躇っているのもどうだろう。そう思ったのか、リンスは自室に入って行って、紺色のコートを羽織った姿で部屋から出てきた。
「行ってくる」
颯爽と、背筋を伸ばして出ていく友人を見送って。
加夜は、上手く行きますように、と小さく祈る。
いつも恋愛相談をさせてもらっているから、少しでも相手の手助けになれば。
無愛想で、自分の感情に疎いあの人が、一歩前へ行けるように。
「大切な友人ですもの」
幸せになってほしい。
「頑張ってくださいね」
もう聞こえないだろうけれど、言葉を投げて。
「……私も、頑張ろうっ」
密かに、拳を握る。
大好きなあの人を、想いながら。
*...***...*
――僕の役目は、ほぼ終わったな。
キリカは、飾り付けの細部をちょこちょこと手直ししながら、そう思う。
――リンスさんはもっと、人に甘えればいい。
甘えるという、自身が積極的にならなければとれない行動は、甘えられるという受け身で居ればいい行動よりも難しい。
だけど、甘えられて嫌な人間は居ないんだ。
だから、誰かに感謝してるなら、その人に少し甘えてみればいいんだ。
人形師のくせに不器用そうだし、甘えた方が迷惑になりそうだとか考えているのだろうけれど。
周りからしたら、そうではないのだ。
――まあ、言うほど僕もできていないんですけど。
――っていうか、あの人も大概……ですよね。
どうして、今日、一人で警邏に出て行ってしまったのだろう。
聖夜だからって、慮ったのだろうか。
――僕相手に、そんな遠慮しなくていいのに。
ミニサンタの設置も終えた。ポインセチアも一番綺麗に見える場所に飾った。テーブルにはテーブルクロスも敷いた。
何もかも準備はできた。
店には、接客要員としてクロエと加夜が居る。
そしてキリカの手元には、マフラーと一緒に渡すつもりだったのに渡しそびれてしまったセーターと手袋。
クリスマスだから。特別な日だから。
大切な人に、プレゼント。
そう思って、キリカは用意しているけれど。
――どうせ、
なんて。
「行かないんですか?」
「……え」
まだ客のいない店で、椅子に座ってクロエを膝に乗せた加夜がキリカに問いかける。
「誰かを想っていて、苦しそう」
「苦しいだなんてことは」
ないですけれど。
……けれど。
どうしよう。と手持無沙汰になって、コートのポケットに手を入れた時、指先に触れるもの。
――え、
ポケットからそれを出してみると、シンプルなラッピングの施された箱が出てきた。
ないと思っていた、のに。
…………。
「帝王だけだと心配なので、僕も行ってくることにします」
仰せつかった飾り付けは、きちんとやったし。
行ってならないこともない。
「夜食も持たせ忘れましたし。……それに、彼の背中を守れるのは僕だけ」
パーティの主催に相応しい人間だって、居るだろうし。
そうだ、伝えたい言葉があったんだ。
メッセージカードにそれを書いて、机の上に置いておくのも恥ずかしいからとクロエに預けて。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
「いってらっしゃいおねぇちゃん! かざりつけ、ありがとうなのよ!」
加夜とクロエに手を振られ、キリカは急ぐ。
追いついたらまず最初に、なんて言おうか?
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